エミール・プッテマンス(Emiel Puttemans、1947年10月8日- )は、ベルギー、ルーヴェン出身の陸上競技選手。1968年メキシコシティーオリンピックから4大会連続オリンピック出場。1972年ミュンヘンオリンピックの銀メダリストである。
経歴
プッテマンスは、21歳で初出場したメキシコオリンピックの5000mで決勝に進出したが、最下位の12位となっている。1969年、1971年のヨーロッパ選手権でも5000mに出場しており、1969年は7位、1971年では7位だったフィンランドのラッセ・ビレンを上回る6位という結果を残した。このレースの直後、プッテマンスは2マイルのレースで8分17秒8の自身最初の世界記録を樹立している。
プッテマンスは、1972年ミュンヘンオリンピックでは10000mと5000mの2種目に出場。10000mの予選で27分53秒4のオリンピック新記録を樹立。3日後の決勝、7年前の1965年にオーストラリアのロン・クラークが記録した27分39秒4の世界記録に迫る、27分39秒6を出したものの、ビレンが27分38秒4の世界新記録で金メダル。プッテマンスは銀メダルを手にした。次に出場した5000mでも、予選で13分31秒8のオリンピック新記録を樹立。決勝では、さらに13分30秒8と予選を上回る結果を残したものの、2冠を達成したビレンほか3人の選手が、プッテマンスを上回り、5位に終わった。
プッテマンスは、ミュンヘンオリンピック5000mのレース終了後の9月14日、デンマークのオーフスで行われた3000mのレースにおいて7分37秒6で走り、ケニアのキプチョゲ・ケイノの世界記録を破った。同じ日、ヘルシンキではビレンが5000mで13分16秒4の世界記録を樹立している。2人が世界新記録を出した6日後の9月20日、プッテマンスは、ブリュッセルの5000mのレースで13分13秒0で走り、6日前にビレンが出した世界記録を破り3000m、5000mの2種目の世界記録保持者となる。
プッテマンスは、1973年、室内の2マイルで8分13秒2の室内世界新記録を出す。このときの3000mの計時7分39秒2も室内世界新であった。1975年には、世界クロスカントリー選手権でベルギーの団体銅メダルの獲得に貢献した。
しかし、その後の成績は振るわず、1976年、3度目のオリンピックとなる、モントリオールオリンピックに出場したものの、5000mは予選で途中棄権。10000mは決勝で途中棄権に終わっている。1980年には4度目となるモスクワオリンピックに出場。5000mで準決勝敗退という結果に終わっている。
プッテマンスは、その後も競技を続け、1982年のローママラソンで優勝を果たしている。
自己ベスト
- 3000m - 7分37秒6 (1972年)
- 5000m - 13分13秒0 (1972年)
- 10000m - 27分39秒6 (1972年)
- マラソン - 2時間09分53秒 (1982年)
主な実績
外部リンク