エゾモモンガ

エゾモモンガ
エゾモモンガ
エゾモモンガ Pteromys volans orii
北海道上川郡東川町 (2009年3月)
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: ネズミ目(齧歯目) Rodentia
: リス科 Sciuridae
亜科 : リス亜科 Sciurinae
: モモンガ族 Pteromyini
: モモンガ属 Pteromys
: タイリクモモンガ Pteromys volans (Linnaeus, 1758)[1]
亜種 : エゾモモンガ Pteromys volans orii
学名
Pteromys volans orii (Kuroda, 1921)[2]
和名
エゾモモンガ
英名
Russian flying squirrel[3]
Siberian Flying Squirrel[4]
Eurasian small flying squirrel[4]

エゾモモンガ(蝦夷小鼯鼠[5][6]、蝦夷小飛鼠[7]Pteromys volans orii (Kuroda, 1921) [2]は、ネズミ目(齧歯目)リス科リス亜科モモンガ族モモンガ属に分類されるタイリクモモンガ Pteromys volans (Linnaeus, 1758) の亜種で、日本の北海道にのみ分布する固有亜種である[8]

黒田長礼1921年大正10年)に記録したタイリクモモンガの亜種で[2]、初の公式記録は同年のウトナイ湖(現:苫小牧市)におけるものである[9][10]

名称

和名「蝦夷小鼯鼠」の命名者は岸田久吉である[6]。亜種名の orii は採集者である折居彪二郎への献名で、原記載の学名は Sciuropterus russicus orii であった[9]

アイヌ語では「アツ・カムイ」[11]、もしくは「アッ・カムイ」(「アッカムイ」とも)と呼ばれた[12]。一説によれば「アツ」は「群棲」、「カムイ」は「神」の意味であり、即ち「アツ・カムイ」とは「群棲する神」を意味する[11]。また小児のような声で鳴くエゾモモンガを、幼子をあやし子守をする神になぞらえ「アッ・カムイ」「アッ」「アッポウ」と呼称するようになったとする説や[注 1]、エゾモモンガの鳴き声が子守唄によく似ていることにちなんで「子守唄の神」を意味する「イフンケ・カムイ」と呼ぶ地域もあると述べている文献もある[14]。このような伝承は北海道のいくつかの地域で確認されているが、十勝地方にはそのような伝承はなく、同地方ではアイヌ語で「フーニ」と呼ばれていた[15]

1940年代までは猟師山子(やまご)[注 2]から「晩鳥」(バンドリ)という俗名で呼ばれていた[6]。「晩鳥」の名前は、開拓者たちが暗くなってから活動を開始し、鳥のように飛ぶエゾモモンガの姿から名付けたものである[17]

分布・生息域

エゾモモンガは北海道全域に水平分布する[18]札幌市内の森林公園円山動物園付近にも生息しているが[3]、北海道島嶼部・千島列島には分布していない[19]。垂直分布域は、平野部から亜高山帯にかけてで[19]、分布標高は海抜0 - 2,500 mと広範囲にわたる[1]。本州・四国・九州に分布する日本固有種のニホンモモンガ P. momongaムササビ Petaurista leucogenys と巣穴などをめぐって競合するため、比較的高地に多いが、北海道にはムササビは分布しないため、エゾモモンガは低地から高地まで幅広く分布する[18]

生息域は、常緑針葉樹林落葉広葉樹林といった森林である[20]。エゾモモンガは住処・食料・移動手段をいずれも樹木に依存しており、樹木のない場所では生息できない[21]。一方である程度の面積があり、かつ巣穴にできる太さの樹木がある森林ならば生息できる[11]。市街地の公園・学校の林[21]・鉄道の線路沿いにある防風林・住宅地近くの雑木林といった環境にも生息し[11]、人家周辺に残存する数ヘクタールの林でも観察される場合がある[18]。しかし夜行性で警戒心が強いことに加え、一生のほとんどを樹上で過ごすため継続して観察することは難しく、詳しい生態はあまり知られていない[11]

北海道にはエゾモモンガ以外にも、同じリス科のエゾリスキタリスの亜種)やエゾシマリスシマリスの亜種)が分布しているが、これら3種はそれぞれ活動時間・空間・餌や巣などの資源を使い分けているため、3種とも同じ環境でも競合することなく共存できる[21]。エゾリスは常緑針葉樹林に、エゾシマリスはミズナラ・カシワなどによる落葉広葉樹林にそれぞれ好んで生息するが、エゾモモンガはどちらの林にも好んで生息する[18]エゾマツ・トドマツなど常緑針葉樹は冬季でも葉を落とさないため、エゾモモンガにとって常緑針葉樹林は空中の天敵から身を隠すことができるという利点がある[22]

特徴

成獣の大きさにはオスメスで違いがあり、体長(頭胴長)はオスの方が長く、16 - 18センチメートル (cm) 、メスは約15 cmである[6]。オスとメスを区別しない場合は頭胴長15 - 16 cm[7]体重はオスが約120グラム (g) [6]、オスとメスを区別していないデータでは81 - 120 g[20]、ないし100 - 120 g[18]、62 - 123 g[7]妊娠したメスは体重150 - 160 gに達する[23]

耳長は18 - 22ミリメートル (mm) で、後足長は32 - 35 mm[20]ないし32 - 36 mm[7]。体毛の毛先の色は1年を通して[6]、腹面[18]から胸部下腹部にかけて)は白色だが、それ以外の部位は白色または褐色で、毛の下部は黒色である[6]。背面の体毛色は保護色になっており[24]、夏毛は淡い茶褐色、冬毛は淡い灰褐色[18]、ないし白っぽい色となる[25]。ニホンモモンガの場合、背面は夏毛が茶褐色、冬毛が灰褐色で、腹面はエゾモモンガと同じく白色となる[18]

は直径7 - 9 mmと、体格に比して大きい[6]。目が大きいのは夜行性のためで[26]、その視力は真っ暗な夜の森林の中でも枝に接触することなく飛行できるほど高い[27]。目の周囲の毛は黒い毛足が裸出しているため、黒色である[6]

数は、切歯が上2本・下2本、犬歯はなし、前臼歯は上4本・下2本、後臼歯は上6本・下6本の合計22本(上12本・下10本)[6]乳頭数は胸部2対・腹部1対・鼠径部1対の合計8個(4対)[6][注 3]指趾数(指の数)は前肢が4本(×2=8本、第1指がない)・後肢が5本(×2=10本)の合計18本[6]。手の指は長くて物を握り掴むことに適しており[6]、樹木を登るため鋭い鉤爪を持つ一方[26]、足の平は無毛で細い枝などを掴みやすい体つきになっている[29]

エゾモモンガの陰茎骨は細長く二又になっている[6]。ニホンモモンガの陰茎骨は極めて短くて幅広く、ねじれている[6]染色体数はエゾモモンガ、ニホンモモンガとも同じ2n = 38である[18]

新生子は体長5.0 - 5.6 cm、尾長は2.2 - 2.5 cmで体毛はほとんど生えておらず、視力聴力はまだない[6]

飛膜・尾

エゾモモンガは滑空するための飛膜を持っている[6]。飛膜は頬後部 - 前肢まで、前肢から体側に沿って後肢まで、後肢からの付け根まである[6][30]。前肢の手首の先には、飛膜を支える硬い軟骨(長さ約4 cm)が伸びており、飛膜もこの軟骨に沿って広がっている[6]

尾長はオス・メスともほぼ同じで約10 cm(尾率=体長に対する尾の比率:52.3% - 72%)[6] - 12 cm[18]。尾の断面は扁平で[6]、滑空時は方向舵の役目を果たす[3]

生態

活動時間

エゾモモンガは主に夜行性である[18][31]。ただしからにかけての繁殖期[21]、およびの寒さが厳しい時期には夜間だけでなく日中にも活動する[32]

活動開始・終了時刻は、それぞれ日没・日の出時刻の季節変化に比例して変化する[18]。春から(5月から10月)にかけては[18]、日没から平均15 - 20分程度で巣から出て活動を開始し、何度か巣に戻って休む[21]。巣から出ている時間の約75%は摂食行動のために使い[18]、最後の活動は日の出前20 - 25分ごろに終えることが多い[21]

活動域・活動範囲

エゾモモンガはほとんど樹上生活か、それに類する生活を送っており[26]、地面に降りることはほとんどない[19]。このため雪面・地面で足跡を見ることはほとんどないが、地面を跳躍歩調する際にも飛膜を広げるため、揚力が働き、着地圧が軽減される[30]。このような理由から手足の着地痕が不鮮明になりやすい一方、新雪上では雪面に飛膜痕が残ることが多い[30]。またが鋭いため、垂直の樹木・建造物などのモルタル壁の表面を垂直・上下左右へ自由に移動できる[19]

活動範囲は巣を中心とした領域で[31]、その広さはオスで約2ヘクタール (ha) ・メスでは約1 haである[20]。メスは少なくとも繁殖期に縄張りを持ち、複数個体で互いに縄張りが重なり合うことはない[33]。一方でオスは縄張りを持たず、メスより広い行動圏を持ち、オス同士の行動圏は大きく重なる[33]。柳川 (2002) によれば、テレメトリー法で測定したメスの縄張り面積は平均1.7 ha、オスの行動圏面積は4.8 haで、うち道路・農耕地などエゾモモンガが利用できない領域を除いた森林だけの面積はメスが1.1 ha、オスが2.2 haであった[33]

エゾモモンガは基本的には単独で生活するが、1つの巣に複数の個体が同居していることも少なくない[31]。特に冬季には複数個体で1つの巣に集まって越冬する場合がある(後述[25]

エゾモモンガはキツツキの一種・アカゲラの古巣である樹洞[34]、自然にできた樹洞、人為的に樹木に架けた用の巣箱人家などの屋根裏エゾリスの古巣など、様々なものをとして利用する[35]。樹木の枝上に小枝・樹皮を利用して巣を作ったり[20]、凍結してできた樹木の割れ目を巣穴として利用したり場合もある[36]

巣穴の出口は500円硬貨程度の直径があれば出入りできる[37]。樹洞を巣穴として用いる場合、入口がほぼ円形ないし卵形で、直径4 - 6 cm程度の物を好むが、出入口を歯で齧って形状を改善する場合もある[19]。巣穴の入口が広いとエゾクロテンなどの天敵に襲われる危険性が高いため、狭い巣穴を好む[38]。小鳥用に人為的に設置された巣箱を利用する場合、口径4 cm程度の出入り口を特に好む[39]

エゾモモンガが巣穴として使う樹洞は大別して、繁殖用の巣穴と、(接近してきた天敵から一時的に避難するための)仮の巣穴の2種類があるが、前者の目的で使用する樹洞は地上からの高さ、入口の大きさおよび方向、中の広さ、餌場および針葉樹の避難場所が近いことなど、好条件がすべて満たされたものに限られる[40]。また、巣穴として使おうとしている場所に住み着いているエゾリスなどを追い出して自分の巣穴にする場合もある[41]。巣の中には枯れ木の乾燥した内皮をほぐしたもの、乾燥したコケ類・サルオガセ・枯れ草など、乾燥した柔らかい植物性巣材を運び入れ、その中で眠る[19]

エゾモモンガは夕方に目覚めて巣穴を出ると、まず尿を排泄するが、周囲に危険を感じない場合は低い場所で、危険を感じた場合は高い場所で用を足す[42]。糞は長さ7 - 15 mm、直径3 - 5 mm程度の米粒状糞、および柔らかい米粒状糞が集着した糞、不定形な軟便と3種類に大別されるが、多くの場合は長さ約10 cm、直径約4 cmである[43]。また糞の色は黄褐色から緑褐色、もしくは暗緑色・赤銅色と多様で[43]、1回の排糞量は多い時で40粒ほどである[44]。糞は食痕がある場所、巣穴がある樹木(巣木)、移動経路上の休憩場所となっている樹下によく散乱しており[43]、同じ巣に複数個体が同居している場合は巣樹の下に2,000 - 3,000粒も糞が溜まっている場合がある[44]。エゾモモンガは食巣穴近くの樹木で糞をする習性があるため[36]、巣木の巣穴付近の樹面に止まりながら排泄することも普通である[44]。このため、巣穴下の樹面・根元の雪面は糞尿で汚れていることがあり[44]、樹洞からエゾモモンガが出入りする姿を直接確認できない場合でも、樹皮面がエゾモモンガの糞尿で汚れているか、樹木の根本付近に総量50 cc以上の多量の糞(複数回の脱糞)が散在していることが確認できれば、エゾモモンガの巣木を見つける目安になる[45]

食性

食性雑食性で、基本的には植物性のものを食べている[19]。植物では木の樹皮の甘皮・種子[19]キノコなどである[7]。種子・果実ではマツ類の球果(松ぼっくり)の種子やドングリヤマグワイチイサクラの実も食べるが、クルミは食べない[19]。ほぼ完全な植物食だが[23]昆虫など動物性の食物も食べることがあり、昆虫は成虫幼虫を食べる[19]

四季ごとの主な食物は以下の通りである。

  • 冬 - 主にトドマツの葉やカラマツシラカバの冬芽・小枝の皮[46]、花穂など[23][23]
  • 春 - ヤナギ類・シラカバ・ハンノキなどの若葉[23]。3月ごろにはハンノキの雄花の花穂[46]、3月下旬にはイタヤカエデの甘い樹液を好んで食べる[47]
  • 夏・秋 - ヤマグワ・サクラ・シラカバ・カエデなどの実、未熟なドングリ(カシワ・ミズナラなど)を食べる[23]

エゾモモンガは手の指が長いため、食物を手で持って食べることができる[19]。地上には天敵の肉食動物が多いため、地上に下りて川・湖の水を飲むことはなく、水分補給は樹上で行う[48]。夏は樹木の葉に付いた水滴・冬は枝に積もった雪を飲み食いして水分を補給する[48]。基本的には目標の樹木を発見すると摂食行動が終わるまではあまりそこから動かず、1箇所の樹木で食事をする[36]。エゾモモンガが冬眠せず越冬できる要因としては、このような行動から余分なエネルギー消費が抑えられ、体力を温存できるためと考えられている[36]。しかしその一方で、食事を終えて巣に帰る途中で、その時点の巣穴とは別に天敵接近時の避難場所、冬の共同生活・子育てに用いる巣穴として適した別の樹洞を探す場合もある[49]。また1本の樹木の芽を食べつくすことはなく、樹木全体の芽のうち3分の1ほどを食べるとその樹木ではそれ以上摂食せず、他の樹木で食事を摂るようになる[40]

長らくエゾモモンガの貯食に関する報告はなく[50]、かつてはエゾシマリス・エゾリスとは異なり、秋季に種子を貯食することはないとする文献や[18]、冬眠も食料の貯蔵もしないと記載された文献があった[7]。しかし2015年時点では松岡茂の継続的な研究観察により、エゾモモンガも貯食を行っている可能性が示唆されている[50]

滑空

エゾモモンガは飛膜を開き、高所から低所へ滑空することで移動する[19]。滑空する前に、まず垂直な樹幹を鋭い鉤爪で駆け上り樹上近くに到達すると周囲の様子を窺いながら目標の樹木を目指してジャンプし、両手足をいっぱいに伸ばして飛膜を広げることで滑空する[26]。そして四肢を微妙に動かし、飛膜を使って揚力を調整しながら下降気味に飛翔し、目的の樹木手前でわずかに上昇して樹面にしがみつく[45]

滑空可能な距離としては、最長で約50 mとする文献[19]、は150 m以上滑空した姿が観察できたとする文献がある[40]。また滑空中には、尾を方向舵として使用することで旋回することができ[26]、きりもみや上昇もできる[51]。無風の時は高木から飛び降りて滑空する一方、追い風がある場合は追い風に乗り、向かい風の場合はゆっくりと飛行する[52]。離木位置と着木位置の高低差が大きければ滑空可能距離が長くなり、着地した樹木からはさらに次の樹木へと移動することができる[26]。このように滑空で移動することによる利点としては、滅多に地上に下りないため、積雪期に足跡を残さないことや、垂直移動が省略されることで樹木間の移動時間を短縮され、食事に費やす時間を多く取ることができることが挙げられている[26]

越冬

エゾシマリスは(11月から翌年4月)にかけて冬眠することが知られているが、エゾモモンガは冬眠しない[53]。冬の生息地は場合により、気温が氷点下25以下にまで低下し[53]、このような低温下ではエゾモモンガの髭が白く凍り付いたり[53]、小さな体を吹き飛ばされるほど激しい猛吹雪が吹き荒れたりすることもあるが、エゾモモンガはそのような天候下でも摂食行動のため、巣穴の外へ出て活動する[54]、ただし、冬季は活動を必要最小限にとどめるため活動時間が極端に短くなり、活動開始・終了時間とも非常に不規則になる[18]。飼育実験下では、冬季の1日の総活動時間は平均45分であった[18]

このような冬の厳しい寒さに備えるため、エゾモモンガは秋に越冬への準備としてドングリなどを大量に食べ[7]、豊富な栄養を摂取する[18]。このことにより皮下脂肪を貯え[7]、体重を15 - 20%増加させる[18]

またエゾモモンガは冬季に体を寄せ合い、保温効果を高める目的で、1つの巣穴に複数個体(通常は2 - 5匹、多い場合で10匹程度)が集まり、集団で越冬する習性がある[25]。エゾモモンガは無駄な争いを好まず、冬季に自分の巣穴へ他の個体が来ても拒絶することなく、互いに厳しい冬を乗り切る[36]

繁殖

エゾモモンガの繁殖期は初春から夏である[6]

1回目の発情期は2月下旬から3月下旬である[18]。前述のように冬季はエゾモモンガの活動が低下する時期であるが、繁殖期を迎えたオスは例外で、このころには日没前から巣を出て盛んに鳴くオスの姿が観察される[18]。エゾモモンガは1頭のメスをめぐって2、3頭のオスが争う場合もあるが、ムササビのように激しく争うわけではないとする文献がある一方[18]、オスは繁殖期の闘争が原因で命を落とすこともあるとする文献もある[55]。メスはオスとの交尾を受け入れる際は樹幹に貼りつき、じっとしているが、交尾を拒絶する際には横に突き出した枝に留まる[18]。1回の交尾時間は7 - 9分で、一晩のうちに何度も交尾を繰り返す[18]

出産回数はその年の繁殖期に1、2回で、通常は1回である[6]。交尾後のメスは樹洞・巣箱に単独で営巣し、4月中旬から5月上旬に出産する[18]妊娠期間は不明で、1回の出産の新生子数は2 - 5匹[6]、もしくは2 - 6匹で、多くの場合は3匹である[20]。子育てはメスだけで行うが、母子と成体オスが同居する場合もある[56]。柳川 (2002) によれば、授乳中の母子とオスが同居している事例が複数回観察されており、それらの事例ではいずれも子は巣立っていなかったが、開眼して成長した状態で、哺乳類においてこのように授乳中の母子とオスが同居することは非常に珍しい[33]。夏季には子育て中のメスの巣穴に入り込んで母子と同居し、確実にメスと交尾しようとするオスもいる[57]

幼獣は生後約20日で這うようになり、30日前後で腹を地面から離して歩けるようになるが、耳の穴が開くのは生後平均20日で、開眼は生後約35日である[18]。開眼後は開眼前より早く成長するようになり、生後40日で自分で巣から出歩くようになり、約50日で滑空の練習を始めると、生後約60日(6月中旬から7月上旬ごろ)には体重が60 - 70 gに達し、母親から独立する[18]。親離れした幼獣は、翌年には繁殖が可能となる[6]

幼獣にはフクロウやヘビ、ダニなどの天敵がおり、生存率は低い[58]。エゾモモンガの親はダニを避けるため、子育て中には巣穴にダニの天敵となるアリ共生させている[58]。メスはノミなどの寄生虫増加や、子の糞尿による巣の汚染に対処するため、保育中に何度か巣を移転するが、移動中に誤って子を落としてしまう場合がある[57]。その際、地面に落ちた子は母親に見つかるか、疲れ切るまで成獣と似た鳴き声(後述)を上げ、自分の場所を親に知らせる場合がある[59]。またメスは緊急避難用に複数の巣穴を有しており、ヘビなどに巣穴を襲われた場合は親が子の腹を咥え、子を自身の首に襟巻きのようにしがみつかせた状態で別の巣穴に滑空して避難する[58]

時には夏に発情する個体もいる[6]。2度目の交尾期は春に生まれた子供が巣立つ6月から7月ごろで、夏に繁殖した場合、出産時期は7月下旬 - 8月である[60]。この時期には、オスがメスのいる樹洞のそばで盛んに鳴いている場合がある[60]

鳴き声

エゾモモンガは「ジィージィー」と鳴く[19]。また繁殖期ののオスの鳴き声は「ジュクジュク」と形容される[7]。成獣は交尾期以外にはほとんど鳴かないが、幼獣はエゾリスなど他のリス類の子と異なり、巣の引っ越しの際に母親と離れ離れになった際などには非常によく鳴く[57]。このようにエゾモモンガの幼獣が頻繁に鳴く理由は、夜行性であるが故、視覚による子の探索がほとんど不可能であるためと考えられている[33]

また開眼して自力で行動できるようになった幼獣は、母親と離れ離れになった際には同じような声で鳴き交わしながら相互に歩み寄る[57]。さらに成長した子の場合、巣の中で鳴いている母親の声を頼りに自力で巣に戻る[57]

寿命

野生個体の寿命は3年未満である場合が多いが、飼育個体の寿命は約4 - 5年とされる[20]

札幌市円山動物園では幼獣段階で保護され、人工飼育下で9年4か月間にわたり生存したオス個体「タロウ」の例がある。「タロウ」は生後十数日だった2004年5月17日に円山公園で保護されて以来[61]、円山動物園で飼育されており、3歳になった2006年8月の時点で、人間で言えば平均寿命を超えていると評されていた[62]。同年から飼育員と飼育員の間を約4 m滑空する飛行ショーが人気を博し、4匹の子の父親にもなっていたが[63]、2013年9月17日に老衰のため死亡した[64]

天敵

市街地や農耕地に生息するエゾモモンガの天敵としては、クロテン・エゾフクロウハイタカネコなどである[23]。ネコは飼い猫・野良猫とも天敵となり得る生物であり[23]、市街地では主にネコがエゾモモンガの重要な捕食者になっている[65]。またシマフクロウクマタカなど希少な猛禽類もエゾモモンガを餌とする[23]

このように天敵が多いエゾモモンガであるが、自身は攻撃力を有さない[66]。そのため素早く確実に移動する必要があるが[40]、常に天敵に見つからないよう、周囲を警戒しており、樹上では自分の体が天敵に見つからないよう注意している[67]。天敵に気づいたばあい、それが立ち去るまで気づかれないようにじっとして動かないが、時にはその時間が1 - 2時間におよぶ場合もある[19]。一方で目黒誠一 (2000) は、1981年から北海道で動物写真家として活動している自身の体験談として、エゾモモンガの撮影を長期間にわたって続けていたところ、自分がそばにいると天敵に狙われないと学習したためか、レンズの先端から約20 cmほどまで接近しても逃げなくなったと述べている[40]。また巣穴(樹洞)の中にいるエゾモモンガは。樹幹に振動を与えると巣内で身を固めて出てこなくなる[40]

人間との関係

タイリクモモンガの毛皮はかなり薄く、持久に耐えないが、質が柔らかいため、寒地では耳掛けなどに用いる[68]

エゾモモンガはアイヌ民族から「アッカムイ」と呼ばれて知られてはいたが、夜行性であるため、記録された時期は遅かった[10]。また小型である上に警戒心が強く、動きも素早いことや、姿を見せる時間がごく短いこと[69]、一度の滑空で高距離を移動することから[18]、生態には不明点が多いとされ[70]、発見・追跡は非常に困難で[18]、撮影も難しい[69]。加えて、一生のほとんどを樹上で過ごし、天然の樹洞やキツツキ類の古巣を巣穴として利用するため、捕獲も困難である[18]。そのような特性に加え、人間にとってはほとんど利害をもたらさない動物であったため、あまり注目されなかったことから、かつてエゾモモンガの生態はほとんど研究が進んでいなかったが、小鳥用の巣箱を巣穴として利用することが判明したため、電波発信機を用いたテレメトリー法による追跡調査が可能となり、その生態が明らかになっていった[18]

エゾモモンガに寄生するノミの一種リスナガノミ Ceratophyllus indages indages は、ヒトからも吸血する[71]

札幌市円山動物園では1967年からエゾモモンガの飼育・繁殖に取り組んでいるほか[72]釧路市動物園[73]おびひろ動物園[74]旭川市旭山動物園[75]でも飼育されている。

保全

エゾモモンガは市街地周辺の緑地にも生息し、個体数も少なくない種だが[33]、森林の伐採や孤立化、食物の不足などにより、2013年時点では生息数は減少傾向にあると報告されている[72]

特に市街地・農耕地の残存林に生息するエゾモモンガにとっては、林同士をつなぐ防風林(並木)が通路として役立っているが、それらの防風林が寸断されると、地面に降りて移動できないエゾモモンガは他の林へ移動できなくなり、繁殖・分散が正常に行えなくなるため、結果的に個体数の減少につながる[65]。またエゾモモンガが有刺鉄線に引っ掛かって死亡した事故例も複数例あることから、帯広畜産大学准教授の柳川久 (2002) はエゾモモンガにとって、人間の住環境周辺は安全な住処とは言えないと指摘している[65]帯広市では、エゾモモンガなどが生息する防風林を分断する形で高規格幹線道路が建設されることを受け、野生動物のロードキルが懸念されたため、柳川からの提案を受け、道路下にエゾモモンガやコウモリなどが安全に横断できるトンネルが設置された[76]

愛くるしい容貌から、人間たちに森の大切さを考えてもらうためにうってつけのキャラクターとして自然保護関係者から注目されている動物であり[77]、ネイチャー番組や動物番組でも馴染みの動物とされている[78]。また北海道の野生動物でも屈指の人気の高い動物であると評する声や[79]、エゾモモンガの撮影を目当てに全国から観光客が訪れる公園もある[80]

獣害

第二次世界大戦前には、エゾモモンガは北海道の主要樹種であるトドマツの新芽や雄花を食害するため、林業関係者からはトドマツの結実や新芽の生長を妨げる害獣とみなされていた[81]。1957年には帯広営林局管内中標津営林署養老牛国有林で、エゾモモンガがカラマツ120本の樹枝先端を食害したという事例が報告されている[82][83][84]。その一方で、害獣として駆除を要するほどの実害は発生していないとする文献もある[85][86]

また日本野鳥の会の出版していた雑誌『野鳥』でも、鳥類の保護・増殖を図る目的で設置される巣箱にエゾモモンガが侵入し、その巣箱に営巣していた鳥が抱卵中に巣を放棄したり、初めから鳥が営巣しなくなったりする被害が報告されていた[87]

キャラクターのモチーフなど

北海道旅客鉄道(JR北海道)のICカード乗車券Kitaca」のマスコットキャラクターは、札幌の絵本作家・そらがデザインしたエゾモモンガである[88][89]

またエゾモモンガは、天塩郡遠別町留萌振興局管内)の公式マスコットキャラクター「モモちん」や[90]北海道振興のイメージキャラクター「モッピー」[91]、札幌市と帯広市で開催された2017年アジア冬季競技大会のマスコットキャラクター「エゾモン」のモチーフにもなっている[92]

写真集・関連書籍

  • 富士元寿彦『子ども科学図書館 飛べ!エゾモモンガ』大日本図書、1998年1月。ISBN 978-4477008820 
  • 福田幸広『風の友だちモモンガ Little Friends』リベラル社、2007年10月1日。ISBN 978-4434110856 
  • 西尾博之『えぞももんがのきもち』北海道新聞社、2016年4月20日。ISBN 978-4894538245 

脚注

注釈

  1. ^ ホロベツクッシャロでは「アッ」 (at) と呼ぶが、日常会話では「アッ・カムイ」 (at-kamuy) と呼び、またテシオでは「ハッ」 (hat) と呼ぶとする文献もある[13]
  2. ^ 「山子」とは木樵など山仕事をする人のこと[16]
  3. ^ ニホンモモンガの乳頭数は5対(10個)なのでその点で区別できる[28]

出典

  1. ^ a b IUCN 2016.
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参考文献

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出版物
辞典

外部リンク