アカマツ(赤松[4]、学名: Pinus densiflora)は、マツ科マツ属の常緑針葉樹である。別名で、メマツ(女松)ともよばれる。
和名のアカマツ(赤松)の語源は、樹皮が赤みを帯びるという形態的な特徴から来ている[5]。種小名のdensifloraは「密集した花」という意味で同じく形態的特徴に由来する。方言名として広く知られているものはなく標準和名で呼ばれるのが一般的であるが、しばしば雌松(メマツ。女松と書く場合もある)もしくはこれに準ずる呼び名で呼ぶ地域が知られる[6]。これはクロマツを雄松(オマツ。男松)としたときにアカマツの葉が軟らかいことから女性を連想させるためと言われる[7][8]。
アカマツの花言葉は、「不老長寿」とされる[9]。
日本産のマツの中で最も広い範囲に分布し、天然状態では日本の本州、四国、九州[10]、国外では朝鮮半島、中国東北部などに分布するほか[9]、北海道西南部にも植林されている[10]。山野に普通に見られるが、山地の尾根筋などの乾いた痩せ地にもよく生える[6][9]。自然分布の他に植林も行われており、庭園にも植栽として見られる[9]。
道南の七飯町には、明治天皇行幸を記念して植樹された並木が国道5号沿いにあり、「赤松街道」と呼ばれている[11]。
常緑針葉樹の高木[9]。樹高は条件が良いと30メートル (m) を超える[8]。樹形は環境によって左右される。明瞭な主幹を持つものが多いが、滋賀県のウツクシマツのように根元から多数分岐し主幹の分からないものもある。樹冠の形状はモミ属(Abies)やトウヒ属(Picea)といったマツ科針葉樹と比べて比較的崩れやすく形は様々である。樹皮は赤みの強い褐色であり鱗状に薄く剥がれ[8]、次第に亀甲状に縦の割れ目がはっきりしてくる[6][4]。樹皮が剥がれたばかりのところは、赤味を帯びた地肌が見える[9]。
枝は同じ高さから四方八方に伸ばす(輪生)。枝は2種類あり我々が枝として認識するものを長枝、葉の付け根にある数ミリメートル (mm) のごく短いものを短枝と呼ぶ。これを枝の2形性などと呼び、マツ科針葉樹では本種を含むマツ属(Pinus)のほか、カラマツ属(Larix)やヒマラヤスギ属(Cedrus)でも見られる。長枝は鱗片葉という特殊な葉で覆われる。一般に我々が認識する葉については短枝に束生し、本種では1つの短枝には針状の葉が2本である(いわゆる二葉松)。葉の長さは7 - 12センチメートル (cm) 程度[8]。カラマツ属やヒマラヤスギ属も短枝に葉を付けることを基本とするが、これらは枝先の若い長枝に限り長枝にも葉を付ける。これに対し本種を含むマツ属は短枝にしか葉を付けない。葉はクロマツに比べて色が薄く、細く短く、軟らかい。春先に見られる新芽の色は赤褐色である。発芽は地上性(英:epigeal germination)で子葉は地上に出てくる。子葉は5枚以上ある多子葉である。
花期は4 - 5月[4]。雌雄同株[8]。雄花は緑黄褐色を帯びており、若い枝に多数つく[8]。雌花は紅紫色で若枝の先端につく[8]。
果期は翌年の10月頃[8]。果実は毬果(松ぼっくり)で、長さは4 - 5センチメートル (cm) の卵形になり、開花翌年に熟す[10]。毬果につく種鱗はくさび型で、その内側に長い翼がついた種子が2個つく[10]。毬果は晴れた日に種鱗を開き、種子を散らす[10]。冬芽は赤褐色の鱗片に覆われ[9]、伸びて新枝になって、下部に雄花がつき、後に先端に雌花をつける[4]。
他のマツ科針葉樹と同じく、菌類と樹木の根が共生して菌根を形成している。樹木にとっては菌根を形成することによって菌類が作り出す有機酸や抗生物質による栄養分の吸収促進や病原微生物の駆除等の利点があり、菌類にとっては樹木の光合成で合成された産物の一部を分けてもらうことができるという相利共生の関係があると考えられている。菌類の子実体は人間がキノコとして認識できる大きさに育つものが多く、中には食用にできるものもある。土壌中には菌根から菌糸を通して、同種他個体や他種植物に繋がる広大なネットワークが存在すると考えられている[12][13][14][15][16][17]。アカマツ苗木に感染した菌根では全部の部分の成長を促進するのではなく、地下部の成長は促進するが地上部の成長はむしろ抑制するという報告[18]がある。外生菌根性の樹種とアーバスキュラー菌根性の樹種(論文内ではスギ Cryptomeria japonica)は相性が悪く、スギとの混交林では菌根菌の種類が減少するという[14]
アカマツは尾根沿いや岩場などの貧栄養地によく分布する。このような場所は土壌が酸性のことが多く、アカマツは窒素の利用形態として硝酸態窒素ではなく、アンモニア態窒素をより利用することで適応していると考えられている[19]。肥料分の多い土地を嫌うというわけではなく、苗木に対して施肥を行うと非常に成長がよくなるとされる[20]、また種子の産地によって肥培試験での成長に差が出ることが報告されている[21]。アカマツは多雪には弱い[22]。特に積雪地では雪の吹き溜まるような場所では苗木が定着できないとされ、このことも比較的雪の少ない尾根上によく出現する理由となっていると見られている[23]。種子は雪に埋まった環境で進展する雪腐病にも弱いという[24] 。多雪地に適応できるかできないかの差の理由の一つに樹形が考えられており、適応できない種はハイマツ(Pinus pumila)のような地を這うような樹形に変形できないために雪圧を強く受けてしまうからではという推測がなされている[25]。
アカマツの遺伝的な多様性は西日本のものよりも東日本のものが高いという[26]。
更新は実生による。萌芽更新(Coppicing)や伏条更新を行うことは知られていない。また、挿し木困難樹種として知られる。人工的にも苗木は実生、もしくは庭木などの場合は接ぎ木苗で生産しているが、親の遺伝子を確実に受け継ぐクローンである挿し木技術についても病害対策などから研究が進められている[27]。小さな挿し穂を用いる所謂「マイクロカッティング」[28]、挿し穂の薬剤処理[29]、挿し床の加温[30]、湿度を保つ密閉挿し[31]などによって発根率が向上するという。
典型的な陽樹であり日あたりを好む。また、アカマツ林に落ちたアカマツ種子は春に数万本/haで発芽するものの、その年の秋までには8割以上が死んでしまうといい、原因としては昆虫などによる食害、立枯病(damping off)、乾燥害が挙げられている[32]。これは生態学でいうジャンゼン・コンネル仮説(母樹の近くの同一種の稚樹ほど病害等の影響を受けやすく生存率が低いために、他の種が侵入する隙が生じ森林の多様性が進むという仮説)に近い。アカマツが優勢な森林では共生できる植物が限られ、林床には植生が発達しない状況がしばしば見られる。アカマツの葉の抽出物質は一部の植物の発芽を妨げるアレロパシー(他感作用)を示すという[33][34]。また、落ち葉を頻繁に除去している地域でも同様の現象が見られ、生体から葉以外の経路でも放出されていると見られている[35]。なお、キノコの子実体の水抽出物にもアレロパシーを示すものがある[36]とされるが、アカマツ林の菌類がどの程度のアレロパシーを持つのかという点はよくわかっていない。
実験室で18時間-20時間の日長に調整してやると側枝を発達させず、主幹だけが伸び続けるfoxtailing(和名未定)という状態になるという[37]。foxtailingは熱帯産のマツ類ではしばしば知られる現象で、日本産種でも亜熱帯に分布するリュウキュウマツは日長12時間程度に調整してやるとこの現象が見られるという[38]。
木炭を大量に使って酸化鉄を還元するたたら製鉄や定期的に火入れを行う焼畑農業で農地や牧草地を造成するような地域 では植生遷移が退行ししばしばアカマツが優勢となる。中国山地や北上山地[39]がよく知られる。ただし、山火事の頻度があまりにも高いとアカマツは定着できない。草原の維持のために毎年のように野焼きを行う阿蘇山や由布岳ではアカマツの群落はほとんど見られず、草原の中にカシワ(Quercus dentata ブナ科)などが点在する光景が見られる[40][41][42]。アカマツの苗木や成木は山火事自体には弱く焼損すると枯死してしまうが、火災後に競合相手のいなくなった環境にいち早く苗木を定着させ優占種となる生存戦略だと見られている[43]。山火事後の種子供給源としては残存木が重要であり、埋土種子からの発芽には期待できない[44]。マツ類に寄生し時に枯死させる菌類の一種ツチクラゲ(Rhizina undulata ツチクラゲ科)の胞子は地温が高いときに発芽し、山火事がしばしば発芽のきっかけとなることで知られている。
猛禽類の営巣場所としてアカマツがしばしば高い確率で選ばれることで知られる[45][46]。アカマツをはじめとするマツ科針葉樹は同じ高さから輪生に枝を出すことから、巣を安定させやすいのではないかと言われているがよくわかっていない。
クロマツに比べ内陸のマツのイメージが強く、クロマツの方が耐塩性が高いという報告が多い[47][48]が、さほど変わらないという報告もある[49]。実際に三陸海岸などではアカマツが海岸付近まで分布し、高田松原などはアカマツが優勢な松原として知られた。
新(梢)芽にマツノタマバエが産卵すると、新芽は茶色に枯れてしまう。2 - 3年連続して寄生されると緑の葉はなくなり、やがては松林全体が茶色に変色し、枯れてしまう。発芽した苗も寄生されるので、松は完全に駆逐される。幼虫は新梢内に寄生するので、専門家でもマツ材線虫病との区別ができない。茶色に枯れた松の枝先を初夏に採集すれば容易に区別出来る。
マツ材線虫病(英:pine wilt、通称:松くい虫)は全国的にアカマツの枯死被害をもたらしている病害である。原因は線虫による感染症であることが1971年に日本人研究者らによって発表され[50]、その後カミキリムシによって媒介される[51]ことが判明した。アカマツはこの病気に感受性が高く[50][52]、枯死しやすいことから媒介昆虫であるカミキリムシの駆除や殺線虫剤の樹幹注入などの対策が被害の先端地域や保安林などの重要な森林を中心に進められている。また、被害の大きかった森林でも枯死せずに生き残ったアカマツを選抜して種を採り、線虫に強い系統を探し固定する試みが全国で行われている。
建材やパルプ材としてはクロマツよりも材質がよく、松脂からはテレピン油が作られる[6]。アカマツ林にはマツタケが生えることが知られている。
アカマツは主に建材として使用され、建物の梁、敷居の摩擦部、和室の床柱などに使用される。特に梁材にするときは、背割りして乾燥した後に鬼皮を剥がして使われる[53]。アカマツの弓なりに曲がった材を、曲がったまま製材して使われ、岩手県や青森県から良材が出ることが知られる[9]。床柱にするときは、また、土の中でも腐りにくいという特徴を持つ事から土中杭としても利用されている。 ヤニがでやすく、やや狂いが生じやすいので利用しやすい木材とは言い難い側面もある。[54]
アカマツ材の生産量は、マツ材線虫病のため落ち込んでいる[9]。
材には松脂を多く含み、火付きがよく火力も強い[9]。そのため薪の原料として重視されていた。化石燃料が普及した現在でも、陶芸の登り窯にくべる薪やお盆の松明などに使われている[9]。陶芸用の薪窯の燃料としては最も重要な樹種であり、炎が大きい点(火足などと呼ばれる)、燃焼温度が高い点、炭化しにくく灰になるまで燃え尽きて窯の温度が下がりにくい点等が他の樹種に比べて優れているとされる。アカマツの薪にこだわる陶芸産地としては釉薬を使わずに高温で焼き上げる備前焼が特に有名[55]だが、その他の窯元でも薪窯はアカマツを主として使っているところが大半である。京都の五山送り火でも、大量のアカマツの薪が組まれて焚かれ、それぞれ文字の形になる[9]。炭化したものは松炭と呼ばれ、たたら製鉄の還元剤として使われるほか、高温で燃えることからクリの炭などと共に日本刀や高級包丁の製作の燃料としても使われる。
また松脂からは、テレピン油やワニスが作られる[6]。
樹形をコントロールしやすいので、庭木として栽培される他、盆栽としても利用される。
庭木で用いられる伝統的な害虫対策の手法に藁を編んだ菰をマツの樹幹に巻き付けるこも巻き(菰巻)がある。対象とされる害虫は幼虫がマツの葉を食べるマツカレハ(Dendrolimus spectabilis)で、十分終齢幼虫が蛹になるために地上に降りる際に菰の中で留まるという性質を利用し、菰を定期的に処分することで駆除するというものである。大抵は晩秋に菰を設置し春先に撤去し処分することから冬の風物詩になっている場所が多い。こも巻きの効果については農薬よりも低コストであるとしてこれを推奨するもの[56]もあるが、マツカレハよりもそれを食べるサシガメやクモなどが菰を隠れ家として利用する例もあり[57]、マツカレハ幼虫の死因は特に成長後期ではこれらの肉食節足動物によるものが多いとされること[58]から 、不用意に菰を焼却処分などするのは逆効果ではないかという意見もある。材線虫病を媒介するマツノマダラカミキリの薬剤駆除においても益虫が死亡する例が報告されている[59]。
菰巻と並ぶ冬の名物に雪吊がある。
ゴヨウマツなど、マツ科の一部の種子は松の実として食用にされている。しかしアカマツの種子は風で分散するため比較的小さく、食用にはあまり向かない。
秋田県由利本荘市の旧鳥海町・矢島町には「松皮餅」という郷土食がある。アカマツの薄皮を剥いで重曹を入れた湯で長時間煮込んで灰汁を抜き、包丁の背で叩いて繊維を細かくほぐし、餅に練り込む。江戸時代の救荒食や兵糧攻めに備えたことに由来するという説がある[60]。 ヤニを集め乾燥した塊を松脂(しょうし)、葉は松葉(しょうよう)と言い、生薬として用いられる[61]。民間療法では、松脂を和紙に塗って貼ると筋肉痛や打撲に、また生葉を浸した松葉酒を服用すると低血圧、冷え性に効用があるとされる[61]。また、生松脂を蒸留した液がテレピン油で、残留物がロジンである[61]
生態面で触れたようにアカマツをはじめとするマツ属は菌類と共生し菌根を作る。アカマツと共生し栄養をやり取りする菌類の子実体を食べることは間接的にアカマツを食べているともいえる。共生する菌類は幅広く、テングタケ科、イグチ科、ヌメリイグチ科、フウセンタケ科、キシメジ科、ベニタケ科など多数知られる。特に高級食材のマツタケは、アカマツ林でとれることが知られる[9]。どの菌根菌が優先するかについては腐植の量、周囲の植生や微地形等により異なるとされている[62][63]。アカマツ林は本州以南の平野部ではブナ科広葉樹の優先する里山と並び、身近なキノコ狩り・観察のフィールドの一つである。
ユーラシア地域に広く分布するヨーロッパアカマツ(Pinus sylvestris)やアメリカに分布するレジノーサマツ(Pinus resinosa)は樹皮が赤く二針葉であることなど形態的な類似点やしばしばred pine(赤いマツ)などと呼ばれる名前から、アカマツに近縁ではないかなどと言われることもあるが、これらとは生殖的には交雑できない(健全な種子を生産できない)ことが報告されている[64]。
クロマツとはしばしば雑種を作ることで知られ、アイグロマツなどと呼ばれる(アカクロマツ、アイマツ、アイノコマツ等々雑種の呼び名も知られる。)
アカマツには下記の園芸品種がある。
日本
大韓民国
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