炭酸カルシウム (たんさんカルシウム、calcium carbonate)は、組成式 CaCO3 で表されるカルシウム の炭酸塩 である。
貝殻 やサンゴ の骨格、鶏卵 の殻、石灰岩 、大理石 、鍾乳石 、白亜(チョーク )、方解石 、アラレ石 の主成分で、貝殻を焼いて作る顔料 は胡粉 と呼ばれる。土壌ではイタリア のテラロッサ に含まれる。
製法
実験室では、水酸化カルシウム 水溶液に二酸化炭素 を吹き込むことで合成 する(石灰水による二酸化炭素の検出原理)。
Ca
(
OH
)
2
+
H
2
CO
3
⟶ ⟶ -->
CaCO
3
+
2
H
2
O
{\displaystyle {\ce {Ca(OH)2 + H2CO3 -> CaCO3 + 2H2O}}}
あるいは塩化カルシウム 等の可溶性カルシウム塩水溶液と炭酸ナトリウム 等の可溶性炭酸塩水溶液を混合させることで合成する(溶液法あるいは可用性塩反応法)。
Ca
2
+
(
aq
)
+
CO
3
2
− − -->
(
aq
)
⟶ ⟶ -->
CaCO
3
{\displaystyle {\ce {Ca^{2+}(aq) + CO3^{2-}(aq) -> CaCO3}}}
産業的には「炭カル(タンカル)」と通称され、石灰石 を粉砕・分級した重質炭酸カルシウム(天然炭酸カルシウム、GCC; ground calcium carbonate)と化学反応 で微細な結晶 を液中で析出 させた軽質炭酸カルシウム(合成炭酸カルシウム、沈降炭酸カルシウム、PCC; precipitated calcium carbonate)に分類される。
軽質炭酸カルシウムは、
(1) 焼結 : 石灰石 を高温で焼成することで脱炭酸し、酸化カルシウム を得る
CaCO
3
⟶ ⟶ -->
CaO
+
CO
2
{\displaystyle {\ce {CaCO3 -> CaO + CO2}}}
(2) 水化: 生石灰を十分な量の水と反応させ、石灰乳(水酸化カルシウム )を得る
CaO
+
H
2
O
⟶ ⟶ -->
Ca
(
OH
)
2
{\displaystyle {\ce {CaO + H2O -> Ca(OH)2}}}
(3) 炭酸化(化合): 焼成時に発生した炭酸ガスを石灰乳に導入し、液中で炭酸カルシウムを析出させる
Ca
(
OH
)
2
+
H
2
CO
3
⟶ ⟶ -->
CaCO
3
+
2
H
2
O
{\displaystyle {\ce {Ca(OH)2 + H2CO3 -> CaCO3 + 2H2O}}}
ことで製造される。焼成時に発生した炭酸ガスを再利用する製法は、開発者である白石恒二(白石工業 ・創立者)の名に因んで特に白石法と呼称される[ 5] 。他方、欧米では溶液法によって生産されることもある。
利用
錠剤 の基材、チョーク 、窯業 、農薬 [ 6] 、肥料 、飼料 などに用いられる他、填料 としてゴム 、プラスチック 、接着剤 、シーラント 、紙 、塗料 、インキ など広範な工業分野で利用されている[ 7] 。製紙では塗工紙 向け顔料 のほか、炭酸カルシウムを主原料にした紙も日本で開発されている[ 8] 。研磨 作用を利用し消しゴム や歯磨剤 にも配合される。
化粧品 原料、食品添加物 としても使用が認められている。食品添加物としては栄養強化(カルシウム 強化)を目的として乳飲料 、即席麺 等に添加される他、食感改善を目的として菓子 やパン [ 9] 、水産練り製品 [ 10] 等に添加される。
医薬品 としては、維持透析 中の慢性腎不全 患者の高リン血症 に対して[ 11] 、ないしは胃酸 過多に対して制酸剤 として用いられる[ 12] 。栄養素 としてのカルシウム補充目的のサプリメント としても販売されている[ 12] 。
地球温暖化対策として大気中の二酸化炭素濃度を減らすため、海水中の二酸化炭素をカルシウムイオンと共に晶出させ、炭酸カルシウムとして二酸化炭素を固定する「人工サンゴ」「人工珊瑚」というものが研究されている[ 6] [ 13] 。
性質
無色結晶または白色粉末であり、中性 の水にほとんど溶けないが、塩酸 などの強酸 と反応して、二酸化炭素を放出する。
CaCO
3
+
2
HCl
⟶ ⟶ -->
CaCl
2
+
H
2
O
+
CO
2
{\displaystyle {\ce {CaCO3 + 2HCl -> CaCl2 + H2O + CO2}}}
25 ℃ における溶解度積 は以下の通りであり、炭酸バリウム よりやや小さく炭酸ストロンチウム よりやや大きい[ 14] 。
CaCO
3
↽ ↽ -->
− − -->
− − -->
⇀ ⇀ -->
Ca
2
+
(
aq
)
+
CO
3
2
− − -->
(
aq
)
,
{\displaystyle {\ce {CaCO3 <=> Ca^{2+}(aq) + {CO3}^{2-}(aq),}}}
K
sp
=
3.6
× × -->
10
− − -->
9
[mol/L]
2
{\displaystyle \ K_{\textrm {sp}}=3.6\times 10^{-9}\,{\textrm {[mol/L]}}^{2}}
加熱することにより酸化カルシウム と二酸化炭素に分解する。二酸化炭素の解離圧が1気圧に達するのは 898 ℃ である。
CaCO
3
⟶ ⟶ -->
CaO
+
CO
2
{\displaystyle {\ce {CaCO3 -> CaO + CO2}}}
水酸化カルシウム水溶液 (石灰水)に二酸化炭素を吹き込むと炭酸カルシウムの沈殿が生じる。さらに過剰の二酸化炭素を吹き込むと炭酸水素カルシウム Ca (HCO3 )2 となり水に溶解する。
CaCO
3
+
CO
2
+
H
2
O
⟶ ⟶ -->
Ca
(
HCO
3
)
2
{\displaystyle {\ce {CaCO3 + CO2 + H2O -> Ca(HCO3)2}}}
多少吸い込んでも、肺の中に蓄積しない。血液の中には二酸化炭素があり、炭酸カルシウムは炭酸水素カルシウムに変化して溶解するからである。
結晶構造
カルサイト構造の模式図
固体結晶には常温常圧で最安定なカルサイト(三方晶系 菱面体晶のもの、(方解石 として産出)および準安定相であるアラゴナイト(直方晶系 、霰石 として産出)、不安定なヴァテライト(六方晶、ファーテル石)の構造多形が存在する[ 15] [ 16] 。三方晶系の格子定数 は a = 6.36 Å 、α = 46.4°であり、斜方晶系では a = 7.92 Å、b = 5.72 Å、c = 4.94 Å である[ 17] 。
屈折率 は三方晶系では通常光線に対して 1.6585、異常光線に対して 1.4864 の複屈折 を示す。斜方晶系では 1.681(a軸に平行)、1.685(b軸に平行)、1.530(c軸に平行)と3軸不等である。
室温で塩基性の水溶液から炭酸カルシウムを析出させるとカルサイト結晶が生じるが、高温で析出させるとアラゴナイトが析出する。また、中性付近の溶液からだと最初はヴァテライト が析出する。
また、天然に産出する含水塩としてモノハイドロカルサイト CaCO3 ·H2 O およびイカ石 CaCO3 ·6H2 O が知られている。
コンクリーション(ノジュール)
自然界では、主にかつて海 だった場所で、炭酸カルシウムを成分とする球状の岩石 がしばしば見つかり、コンクリーション (Concretion )あるいはノジュール (Nodule )と呼ばれる。中に化石 を含むことが多い。これらは海洋生物が死んで砂や泥に埋まると、その死骸から出た酸 が海水中のカルシウムと反応して炭酸カルシウムを形成し、岩石として成長したと推測されている[ 13] 。
ランゲリア係数
水中の炭酸カルシウムの析出傾向(腐食性)を示す数値にランゲリア係数がある[ 18] 。理論的pH(pHs:水中の炭酸カルシウムが溶解も析出もしない平衡状態時のpH)との差を数値化したもので、数値が小さいほど腐食性が強い水であることを示す[ 18] 。
脚注・出典
^ Benjamin, Mark M. (2002). Water Chemistry . McGraw-Hill. ISBN 978-0-07-238390-4 . https://books.google.com/books?id=67anQgAACAAJ
^ Aylward, Gordon; Findlay, Tristan (2008). SI Chemical Data Book (4th ed.). John Wiley & Sons Australia. ISBN 978-0-470-81638-7
^ Rohleder, J.; Kroker, E. (2001). Calcium Carbonate: From the Cretaceous Period Into the 21st Century . Springer Science & Business Media. ISBN 978-3-7643-6425-0 . https://books.google.com/books?id=pbkKGa19k5QC&pg=RA1-PR2
^ Wagman, D. D.; Evans, W. H.; Parker, V. B.; Schumm, R. H.; Halow, I.; Bailey, S. M.; Churney, K. L.; Nuttal, R. I.; Churney, K. L.; Nuttal, R. I. (1982). "The NBS tables of chemical thermodynamics properties". Journal of Physical Chemistry Ref. Data 11 Suppl. 2.
^ 白石恒二、1914年、日本特許第26117号。
^ a b 神戸賢 (2016). “新しい浮皮軽減剤クレント”. 柑橘 68 : 16.
^ 長谷川博 (1973). “軽質および極微細炭酸カルシウム工業の現状”. 石膏と石灰 122 : 33.
^ 【フォーカスワイド】世界を変える素材力/石灰石が紙・容器に サウジ政府も関心/TBM、100%バイオ由来材料も 『日経ヴェリタス 』2018年9月30日(10面)2018年10月26日閲覧。
^ 『ファミマとサークルKサンクスが「牛乳一本分のカルシウム入りパン」発売 伊藤忠が材料納品』 SankeiBiz 』2013年10月10日。2019年4月4日閲覧。
^ 千葉亮 (2016). “新規炭酸カルシウムの水産練り製品への応用”. 月刊フードケミカル 32 : 53.
^ “カルタン錠250/カルタン錠500 ”. www.info.pmda.go.jp . 2023年9月11日 閲覧。
^ a b “厚生労働省eJIM | カルシウム | サプリメント・ビタミン・ミネラル | 医療関係者の方へ | 「統合医療」情報発信サイト ”. 厚生労働省eJIM「統合医療」情報発信サイト . 2023年9月11日 閲覧。
^ a b Generalized conditions of spherical carbonate concretion formation around decaying organic matter in early diagenesis Scientific Reports volume 8, Article number: 6308 (2018) 2018年8月16日閲覧。
^ 中原昭次、小森田精子、中尾安男、鈴木晋一郎『無機化学序説』化学同人、1985年。ISBN 978-4759801187 。
^ Jamieson, J. C. (1953). “Phase equilibrium in the system calcite-aragonite”. J. Chem. Phys. 21 : 1385.
^ Plummer, L. N. (1982). “The solubilities of calcite, aragonite and vaterite in CO2-H2O solutions between 0 and 90oC, and an evaluation of the aqueous model for the system CaCO3-CO2-H2O”. Geochim. Cosmochim. Acta 46 : 1011.
^ 『化学大辞典』 共立出版、1993年。
^ a b “ランゲリア指数(腐食性) ”. 国土交通省 関東地方整備局 江戸川河川事務所. 2022年8月24日 閲覧。
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
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外部リンク