男性のまなざし同様、女性のまなざしについても強い批判をする批評家がいる。ケイトリン・ベンソン=アロットはNo Such Thing Not Yet: Questioning Television Female Gazeで、女性のまなざしにおけるマイノリティ表象の欠如を論じた[17]。ベンソン=アロットは女性のまなざしは共通するジェンダーに基づく普遍的経験を想定しているが、マイノリティを無視してかわりに白人ミドルクラス女性の生活を中心にしてしまっていると論じている。この論文はとくにテレビに焦点をあてており、『アイ・ラブ・ディック』、『GLOW: ゴージャス・レディ・オブ・レスリング[18]』、『インセキュア』を例として用いている。ベンソン=アロットは、『アイ・ラブ・ディック』、『GLOW: ゴージャス・レディ・オブ・レスリング』は非白人のキャラクターを導入しているが、白人の主人公を決して脅かさない脇役にキャストしていると論じている。他方、『インセキュア』は将来のフェミニズム的テレビ番組のモデルを提供しているとも指摘している。この番組はイッサと友人モリーを追うもので、こうした人々の個人的・職業的関係における自滅的な衝動を中心に据えている。ストーリーラインはリスクにさらされている若者を対象とするイッサの仕事にも焦点をあて、ロサンゼルスの人種の力学を探究している。反人種差別的コメディの形をとりつつ、『インセキュア』はホワイト・フェミニズムにばかり焦点があたって黒人女性が無視される状況に挑戦しているとベンソン=アロットは論じている[17]。
ナタリー・パーフェッティ=オーツはChick Flicks and the Straight Female Gazeで、異性愛者女性のまなざしにより男性の性的客体化が起こる可能性を問題視した[19]。パーフェッティ=オーツによると、男性主人公を女性視聴者の性的対象としてのみキャストするチック・フリックはジェンダー平等を生むよりもジェンダーに基づく偏見を裏返すものである。オーツはアクション映画やチック・フリックがますます男性の身体を見せることになっており、これは異性愛者女性のまなざしを作り出すようになっているが、ここにチック・フリックにもともと存在するセックス・ネガティブな態度が関係してくることで新たな問題が生み出されていると論じている。オーツの論考では『寝取られ男のラブ♂バカンス』、『ニュームーン/トワイライト・サーガ』、『マジック・マイク』などの映画を例としてあげている。たとえば『マジック・マイク』では、マイクはストリッパーとしての仕事をやめた後でやっと作中における恋愛の対象となるので、性的対象とされるか恋愛の対象とされるかの二択で、一度に両方の役割を果たすことはなく、ここではセックスがネガティブにとらえられている。パーフェッティ=オーツは、平等の達成に近づくには男性がかつての女性同様ただ客体化されるのではなく、男性と女性の両方が自由に主体と客体の間を動き回れることが必要であると指摘している[19]。
Romance and the Female Gaze: Obscuring Gendered Violence in the Twilight Saga で著者のジェシカ・テイラーは新たに現れつつある女性のまなざしと、このまなざしがロマンスものに影響して暴力的な男性の身体を欲望にふさわしいものとして提示するようになっていることを批判している。テイラーは『トワイライト』シリーズはロマンスものの伝統を使用するにあたって反動的でナイーヴだと述べている。女性のまなざしが暴力的な男性の身体を欲望にふさわしいものとして提示するありようを説明するのに、テイラーはマルヴィの先行研究を援用した。とりわけテイラーは、不安をもたらす女性の身体がいかにフェティッシュ化され、男性視聴者の快楽に源にされるかを説明するためマルヴィが用いた「呪術崇拝的視覚快楽嗜好」の概念に焦点をあてた。この概念を用い、女性観客が強力で暴力的な男性身体を怖れるよりも欲望するように導かれていると論じた。テイラーは、ジェイコブとエドワード両方の身体が視覚的に欲望にふさわしい男性として提示される様相を例としてあげている。これにより暴力の脅威が弱められ、女性視聴者に対して発生しうる脅威が無効化される。テイラーは限られた特定の女性のまなざしを使用することにより、ジェンダーバイオレンスの発生と、暴力的な男性身体が安心でき欲望の対象になるものとして再コード化されていると論じている[20]。
脚注
^Ettinger, Bracha L., The Matrixial Gaze. University of Leeds Publishing, 1995.
^Ettinger, Bracha L., The Matrixial Borderspace. University of Minnesota Press, 2006. ISBN978-0-8166-3587-0
^Mulvey, Laura (Autumn 1975). “Visual Pleasure and Narrative Cinema”. Screen16 (3): 6–18. doi:10.1093/screen/16.3.6.
^ abcDirse, Zoe. “Gender in Cinematography”. Journal of Research in Gender Studies3.
^Pollock, Griselda, "Art as Transport-station of Trauma. Haunting Objects in the Works of Bracha Ettinger, Sarah Kofman and Chantal Ackerman. In: Representing Auschwitz, Ed. N. Chare et al. Palgrave Macmillan, 2013.
^Bracha L. Ettinger Proto-ética matricial. Madrid: Gedisa, 2019.
^Gutierrez-Albilla, Julian. Aesthetics, Ethics and Trauma in the Cinema of Pedro Almodovar. Edinburch Univ. Press, 2017.
^ abPerfetti, Natalie (2015). “Chick flicks and the straight female gaze: Sexual objectification and sex negativity in new moon, forgetting sarah marshall, magic mike, and fool's gold”. An Internet Journal of Gender Studies51: 18–31.
^Taylor, Jessica (2012-12-11). “Romance and the Female Gaze Obscuring Gendered Violence in The Twilight Saga”. Feminist Media Studies14 (3): 388–402. doi:10.1080/14680777.2012.740493. ISSN1468-0777.