ミンコフスキーの疑問符関数
ミンコフスキーの疑問符関数
数学 において、ミンコフスキー疑問符関数 (英 : Minkowski question-mark function )は、Hermann Minkowski (1904 , pages 171–172) によって定義された ?(x ) と表される関数 であり、さまざまな奇妙なフラクタル 特性を持つ。この関数は、二次無理数 (英語版 ) を有理数の二進展開 に連分数 展開する関係式を介して、二次無理数を単位区間 内の有理数 に写す。この関係式は1938年にアルノー・ダンジョワ (英語版 ) (Arnaud Denjoy)によって与えられた。 また、スターン・ブロコット木 (英語版 ) (Stern–Brocot tree)に密接に関連する再帰的な定義でわかるように、この関数は有理数を二進有理数 (英語版 ) に写す。
定義
x が無理数 の場合、x の連分数表現 を [a 0 ; a 1 , a 2 , …] とすると、疑問符関数は次のように定義される。
?
-->
(
x
)
=
a
0
+
2
∑ ∑ -->
n
=
1
∞ ∞ -->
(
− − -->
1
)
n
+
1
2
a
1
+
⋯ ⋯ -->
+
a
n
{\displaystyle \operatorname {?} (x)=a_{0}+2\sum _{n=1}^{\infty }{\frac {\left(-1\right)^{n+1}}{2^{a_{1}+\cdots +a_{n}}}}}
x が有理数 の場合、x の連分数表現を [a 0 ; a 1 , a 2 , …, am ] とすると、次のようになる。
?
-->
(
x
)
=
a
0
+
2
∑ ∑ -->
n
=
1
m
(
− − -->
1
)
n
+
1
2
a
1
+
⋯ ⋯ -->
+
a
n
{\displaystyle \operatorname {?} (x)=a_{0}+2\sum _{n=1}^{m}{\frac {\left(-1\right)^{n+1}}{2^{a_{1}+\cdots +a_{n}}}}}
直感的な説明
上記の定義を直感的に理解するために、0で始まる無限ビット列を [0, 1] 内の実数と解釈する、2つの相異なる解釈方法を考える。
まず明白な方法は、最初の0の後に2進小数点を置き、二進小数 として読む方法である。たとえば、ビット列 001001001001001001001001... は、2進数 0.010010010010... すなわち 2 / 7 を表す。
別の方法は、ビット列を連分数 [0; a 1 , a 2 , …] とみなす方法である。ここで整数 ai は、ビット列を連長圧縮 したときの連続回数である。この場合、先ほどと同じビット列 001001001001001001001001...は [0; 2, 1, 2, 1, 2, 1, …] = √ 3 − 1/ 2 に対応する。もしビット列で同じビットが無限に続いて終わる場合、それを無視して連分数表現を終了する。この操作の妥当性は以下の恒等式に基づく。
[0; a 1 , …, a n , ∞] = [0; a 1 , …, a n + 1 / ∞ ] = [0; a 1 , …, a n + 0] = [0; a 1 , …, a n ] .
[0, 1] に対する疑問符関数は、カントール関数 が三進法 表現を二進法表現に写すのと同様に、先程のビット列の2つ目の解釈方法を同じ列の1つ目の解釈方法に写すものと理解できる[ 1] [ 2] 。先程のビット列を例に挙げると、以下の等式が成り立つ。
?
-->
(
3
− − -->
1
2
)
=
2
7
{\displaystyle \operatorname {?} \left({\frac {{\sqrt {3}}-1}{2}}\right)={\frac {2}{7}}}
有理数引数に対する再帰的定義
単位区間内の有理数の場合、関数を再帰的 に定義することもできる。 p / q と r / s が |ps − rq | = 1 を満たす(ファレイ数列 の隣接する項である)既約分数 である場合[ 2] 、次のようになる。
?
-->
(
p
+
r
q
+
s
)
=
1
2
[
?
-->
(
p
q
)
+
?
-->
(
r
s
)
]
{\displaystyle \operatorname {?} \left({\frac {p+r}{q+s}}\right)={\frac {1}{2}}\left[\operatorname {?} \left({\frac {p}{q}}\right)+\operatorname {?} \left({\frac {r}{s}}\right)\right]}
初期条件を次のように与えると
?
-->
(
0
1
)
=
0
and
?
-->
(
1
1
)
=
1
{\displaystyle \operatorname {?} \left({\frac {0}{1}}\right)=0\quad {\text{ and }}\quad \operatorname {?} \left({\frac {1}{1}}\right)=1}
ファレイ数列 を F2 、F3 と順に求めることで、任意の有理数 x に対して ?(x ) を計算することが可能になる。
p n −1/ q n −1 と p n / q n が同じ連分数 をそれぞれ n - 1 段、n 段で打ち切ったものとすると、行列
(
p
n
− − -->
1
p
n
q
n
− − -->
1
q
n
)
{\displaystyle {\begin{pmatrix}p_{n-1}&p_{n}\\q_{n-1}&q_{n}\end{pmatrix}}}
の行列式 は ±1 となる。このような行列は、2 × 2 行列で行列式が ±1 となる群 SL(2, Z ) の元である。 この群は、モジュラー群 に関係する。
アルゴリズム
この再帰的な定義は、次のC言語 関数が示すように、任意の実数に対して任意の精度で関数値を計算するアルゴリズム に適している。 このアルゴリズムは、入力 x を探してスターン・ブロコット木 (英語版 ) を下降する途中で、y = ?(x ) の二進展開の項を合計していく。 ループ不変量 qr − ps = 1 が満たされる限り、分数 m / n = p + r / q + s を約分する必要はない。 別の不変量は p / q ≤ x < r / s である。このプログラムのfor
ループは、 while
ループのように扱われており、最初の3行の条件付きbreak構文が終了条件となる。 ループ内で不変条件に影響を与えるのは最後の2行のみであり、最初の3行がループから抜け出すことなく正常に実行されている限り、両方の不変条件が真であると示すことができる。ループ内部の第三の不変量(浮動小数点精度)は y ≤ ?(x ) < y + d であるが、どの条件もテストされる前に、ループの初めに d が半分にされるため、結果的にループの終了時でしか y ≤ ?(x ) < y + 2d は担保されない。
プログラムの停止を証明する (英語版 ) には、ループの反復ごとに合計 q + s
が少なくとも1ずつ増加し、この合計がC言語のプリミティブ型 long
で表現するには大きすぎる場合にループが終了することに注意すれば十分である。 ただし実際には、 y + d == y
の条件付き break があるため、短時間でループが終了する。
/* Minkowski's question-mark function */
double minkowski ( double x ) {
long p = x ;
if (( double ) p > x ) -- p ; /* p=floor(x) */
long q = 1 , r = p + 1 , s = 1 , m , n ;
double d = 1 , y = p ;
if ( x < ( double ) p || ( p < 0 ) ^ ( r <= 0 ))
return x ; /* out of range ?(x) =~ x */
for (;;) { /* invariants: q * r - p * s == 1 && (double)p / q <= x && x < (double)r / s */
d /= 2 ;
if ( y + d == y )
break ; /* reached max possible precision */
m = p + r ;
if (( m < 0 ) ^ ( p < 0 ))
break ; /* sum overflowed */
n = q + s ;
if ( n < 0 )
break ; /* sum overflowed */
if ( x < ( double ) m / n ) {
r = m ;
s = n ;
} else {
y += d ;
p = m ;
q = n ;
}
}
return y + d ; /* final round-off */
}
自己相似性
疑問符関数は明らかに視覚的に自己相似である。 自己相似のモノイド は、単位正方形に作用する2つの演算子 S と R によって生成され、次のように定義される。
S
(
x
,
y
)
=
(
x
x
+
1
,
y
2
)
R
(
x
,
y
)
=
(
1
− − -->
x
,
1
− − -->
y
)
{\displaystyle {\begin{aligned}S(x,y)&=\left({\frac {x}{x+1}},{\frac {y}{2}}\right)\\[5px]R(x,y)&=(1-x,1-y)\end{aligned}}}
視覚的には、 S は単位正方形を左下4分の1に縮小し、 R は中心を通る点反射 を実行する。
? のグラフ 上の点は単位区間内の x に対して座標 (x , ?(x )) を持つ。? はすべての x ∈ [0, 1] で以下の等式を満たすため、そのような点は S と R によってグラフ上の別の点に変換される。
?
-->
(
x
x
+
1
)
=
?
-->
(
x
)
2
?
-->
(
1
− − -->
x
)
=
1
− − -->
?
-->
(
x
)
{\displaystyle {\begin{aligned}\operatorname {?} \left({\frac {x}{x+1}}\right)&={\frac {\operatorname {?} (x)}{2}}\\[5px]\operatorname {?} (1-x)&=1-\operatorname {?} (x)\end{aligned}}}
これら2つの演算子は繰り返し結合され、モノイドを形成する。 モノイドの一般的な要素は正の整数 a 1 , a 2 , a 3 , … に対して
S
a
1
R
S
a
2
R
S
a
3
⋯ ⋯ -->
{\displaystyle S^{a_{1}}RS^{a_{2}}RS^{a_{3}}\cdots }
となる。このような各要素によって、疑問符関数の自己相似性 が記述される。 このモノイドは周期倍加 (英語版 ) モノイドとも呼ばれ、すべての周期倍加フラクタル曲線は、周期倍加モノイドによって記述される自己対称性を持つ(疑問符関数はド・ラーム曲線 (英語版 ) (de Rham curve)の特殊なケースであり、ド・ラーム曲線はこのような自己相似曲線のカテゴリーである)。 モノイドの要素は、a 1 , a 2 , a 3 , … と連分数 [0; a 1 , a 2 , a 3 ,…] を同一視することによって有理数と対応づけられる 。
S
:
x
↦ ↦ -->
x
x
+
1
{\displaystyle S:x\mapsto {\frac {x}{x+1}}}
T
:
x
↦ ↦ -->
1
− − -->
x
{\displaystyle T:x\mapsto 1-x}
はいずれも整数係数の線形分数変換 であるため、モノイドはモジュラー群 PSL(2, Z ) の部分集合と見なすことができる。
?(x ) の特徴
疑問符関数は狭義単調増加 な連続関数である[ 3] が、絶対連続 ではない。有理数 における微分係数 はゼロである。積分されたときに疑問符関数を生成する測度 には、いくつかの構成法が存在する。そのような構成の1つは、実数直線上のフェリー数 の密度を測定することによって得られる。疑問符測度は、マルチフラクタル測度 (英語版 ) とも呼ばれるものに対する典型的な例である。
疑問符関数は有理数を二進分数 (英語版 ) に写す。二進分数とは、上で述べた再帰的定義から帰納的に証明されるように、 その二進 表現が終了するものを意味する。このほか、二次無理数 (英語版 ) を非二進有理数に写す。また、疑問符関数は奇関数 であり、関数方程式 ?(x + 1) = ?(x ) + 1 を満たすことから、 x → ?(x ) − x は、周期 1 の奇周期関数 である。 ?(x ) が無理数である場合、 x は次数が2より大きい代数的数 か、超越数 である。
疑問符関数は 0, 1 / 2 , 1、そして少なくとももう2つの不動点 を持ち、中点に対して対称である。不動点の一つは約 0.42037 である[ 3] 。
1943年、ラファエル・サレム (英語版 ) (Raphaël Salem)は疑問符関数のフーリエ・スティールチェス係数(Fourier–Stieltjes coefficients)が無限大でゼロになるかという問題を提起した[ 4] 。つまり、
lim
n
→ → -->
∞ ∞ -->
∫ ∫ -->
0
1
e
2
π π -->
i
n
x
d
?
-->
(
x
)
=
0
{\displaystyle \lim _{n\to \infty }\int _{0}^{1}e^{2\pi inx}\,\operatorname {d?} (x)=0}
となるかどうか、ということである。この問題はギブス測度 (英語版 ) の結果の特別なケースとして、ジョーダン(Jordan)とザールステン(Sahlsten)[ 5] によって肯定的に解決された。
ミンコフスキー疑問符関数のグラフは、ド・ラーム曲線 (英語版 ) と呼ばれるフラクタル曲線の特殊なケースである。
コンウェイの箱関数
? 関数は可逆であり、逆関数 も多くの数学者の研究対象となった。特にコンウェイ は逆関数を独立して発見し、?−1 (x ) を x の周りに箱を描く x という記法で表現した。箱関数は、x − ⌊ x ⌋/ 2 の二進数 表現のエンコーディングのように計算することができる。ここで ⌊ x ⌋ は床関数 である。二進法表現では小数点の右側に、0 が n 1 個、1 が n 2 個、0 が n 3 個というように続くが、 n 0 = ⌊ x ⌋ とすると、
x = [n 0 ; n 1 , n 2 , n 3 , … ]
である。ここで、右辺は連分数 である。
関連項目
脚注
^ Finch (2003) pp. 441–442.
^ a b Pytheas Fogg (2002) p. 95.
^ a b Finch (2003) p. 442
^ Salem (1943)
^ Jordan and Sahlsten (2013)
歴史的参考文献
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Denjoy, Arnaud (1938), “Sur une fonction réelle de Minkowski” (French), J. Math. Pures Appl. , Série IX 17 : 105–151, Zbl 0018.34602
参考文献
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Bibiloni, L.; Paradis, J.; Viader, P. (2001), “The derivative of Minkowski's singular function” , Journal of Mathematical Analysis and Applications 253 (1): 107–125, doi :10.1006/jmaa.2000.7064 , Zbl 0995.26005 , オリジナル の22 June 2015時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20150622192620/http://www.econ.upf.es/en/research/onepaper.php?id=378 .
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外部リンク