キルロイ参上(キルロイさんじょう、Kilroy was here、キルロイ・ワズ・ヒア)は、アメリカの大衆文化などで見られる句のひとつ。壁の向こうから長い鼻を垂らして覗く姿を伴った落書きとして描かれることが多い。その起源は諸説あるが、少なくとも第二次世界大戦の頃にはアメリカの各所で見られた。
概要
このフレーズはアメリカ軍の軍人が配備先や野営地などの壁または適当なところに書いた落書きが広まったとも言われ、 英語のことわざ辞典『Brewer's Dictionary of Phrase and Fable』 は、少なくともイギリスではアメリカの空輸軍団員が用いたと推測している。作家のチャールズ・パナティは「このいたずら感にあふれたツラとフレーズは国民的ジョークになった」と語り、続けて「これのとんでもないところは台詞にあるのではなく、予想外なところにまで現れる奇抜さにある」と述べている。
Michael Quinion はこの「キルロイ」のフレーズと、別な発祥を持つ「チャド」の落書きが混ざり合い、現在多く用いられる図柄になったと主張している[2]。この「チャド」は出典がはっきりしており、第二次世界大戦前のイギリスの漫画家、ジョージ・エドワード・チャタトンによる創作とみなされている。戦争中の物資や配給不足を皮肉り、壁の向こうから「なんでまた…が無いの?」「一体…はどこに?」[3]とつぶやく図はイギリスでは広く知れ渡ったものだった。戦後の1950~60年代には広告に用いられる例もあり、屋内トイレ設置工事のポスターに「なんでまた家の中にトイレが無いの?」というコピーとともに使われたりもした。
やはり第二次大戦時を舞台に、ボストンの造船所で働くアイルランド人のキルロイを起源とする説がある。J・J・キルロイと同じくリベットの点検職に就いていた彼のところにも召集令状が届いた。彼は毎夜馴染みのレストランで恋人と会い、時に妖精伝説などを語らい合いながら残された時間を大切に過ごした。そしてついに軍隊に召集される前夜、キルロイは恋人にプロポーズする決意を固めてレストランで待っていた。ところが、いつまで経っても彼女は姿を現さない。幾許かの時間が過ぎ、じっと待っていた彼はレストランの主人の許しを得て、いつものテーブルにリベットで「Kilroy was here(キルロイはここにいたよ)」とのメッセージと、彼女お気に入りだった長鼻を持つ妖精の絵を刻み込むと、ひとり立ち去った。この頃のボストンには戦地に赴く兵士や軍の関係者が多く滞在しており、このメッセージは彼らに強く印象づけられ広まったものと思われている。
これは壁の向こうから野球の試合を観戦する男性がモデルだとする説である。長鼻が特徴的なボストン在住のキルロイは大のレッドソックスファンで、学校を抜け出してはフェンウェイパークのレフトスタンド側の壁越しに試合を観戦していた。そんな彼も軍に召集され、砲撃手となった。ノルマンディー上陸作戦で彼の部隊がフランスに赴任したとき、そのシャルル・ド・ゴールばりの鼻がドワイト・D・アイゼンハワー最高司令官の目に止まった。フランス軍服を着た数人の兵士と張り子の本部の真ん中に、ひときわ立派なフランス人司令官然とキルロイはポーズを取り、敵のスパイをひきつけた。ドイツ軍はこのニセモノにも戦力を振り分け、手薄となったところを連合軍本体が攻め入り、作戦は成功を収めた。本物のシャルル・ド・ゴールとの面会を文字通り鼻と鼻を突き合わせるかのように済ませ、キルロイは部隊に戻った。仲間たちは攻撃されればひとたまりもなかっただろうキルロイを案じ、そこいらじゅうに「Kilroy was here」の殴り書きをしていた。戦後退役した彼は、愛するレッドソックスをグリーンモンスターの上から眺めながら応援し続けた[6]。
一般には廃れた感のある「キルロイ参上」だが、軍隊の中では健在である。1991年の湾岸戦争では、クウェートに残された対空砲に描かれた「キルロイ」の落書きがある[6]。また、2003年のイラク戦争では、ファルージャの学校の黒板に残された「キルロイ参上」が報道された。ここはアメリカ軍によって700人ものイラク市民が殺害された街であり、戦闘はこの学校でも行われた。落書きは「キルロイ」だけではなく、「We Love Pork(豚肉が大好きさ)」というイスラム教徒への侮蔑を含んだようなものもあった[7][8]。
アイザック・アシモフ1955年の短編『メッセージ』 (The Message) にはジョージ・キルロイなる30世紀の人物が登場し、時間を遡る旅をする。彼は第二次世界大戦当時のアフリカの海岸にこのフレーズを残す。この短編は『地球は空き地でいっぱい』 (Earth Is Room Enough) に収録されている。
アシモフが撰したアンソロジー『100 Great Science Fiction Short Short Stories』に収録されているポール・ボンド作『The Mars Stone』では、火星に到達した人類が発見した石壁に刻まれた暗号を解読したところ、それは「KILROY WAS HERE」というメッセージだったとある。
ブダペスト工科経済大学の新入生研修には、ブダペスト市内を巡り課題を解くプログラムKGB(Kilroy Goes to Budapest)がある。
ジェフ・マクフェトリッジがデザインしたナイキのプロモーションフィルム『The Mind Trip: There and Back』では「キルロイ」がメインキャラクターに採用されている[12]。さらにこのキルロイはナイキの「Champion Vandal」のシューズ箱やTシャツのデザインにも使われている。[13]