A.J.アクター
A.J. Achter
ロサンゼルス・エンゼルス時代 (2016年9月7日) |
基本情報 |
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国籍 |
アメリカ合衆国 |
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出身地 |
オハイオ州トレド |
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生年月日 |
(1988-08-27) 1988年8月27日(36歳) |
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身長 体重 |
6' 5" =約195.6 cm 205 lb =約93 kg |
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選手情報 |
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投球・打席 |
右投右打 |
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ポジション |
投手 |
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プロ入り |
2010年 MLBドラフト46巡目(全体1395位)でミネソタ・ツインズから指名 |
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初出場 |
2014年9月3日 シカゴ・ホワイトソックス戦 |
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最終出場 |
2016年10月1日 |
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経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) |
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アダム・ジョゼフ・アクター(Adam Joseph Achter, 1988年8月27日 - )は、アメリカ合衆国・オハイオ州トレド出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
経歴
プロ入りとツインズ時代
2010年のMLBドラフト46巡目(全体1395位)でミネソタ・ツインズに指名され、8月16日に契約[1]。この年は傘下のアパラチアンリーグのルーキー級エリザベストン・ツインズ(英語版)で4試合に登板し、1勝0敗・防御率4.91だった[2]。
2011年はA級ベロイト・スナッパーズ(英語版)で先発を任され、5月から9月にかけて[3]19試合に先発登板し、うち8試合でクオリティ・スタート(先発投手が6イニング以上を投げ、かつ3自責点以内に抑える)を記録[3]。シーズンでの成績は、5勝8敗・防御率4.52だった[2]。
2012年は開幕をA級ベロイトで迎え、主にリリーフを務めた。18試合(うち先発での登板は1試合)で40.0回を投げて防御率2.48・49三振を奪うなど結果を残し[2]、6月にA+級フォートマイヤーズ・ミラクルへ昇格[4]。昇格後は抑えとしてもマウンドに立ち、19試合で6セーブを記録[2]。投球回数を上回る数の三振を奪い(34.1回・37奪三振)、防御率も0.79と安定していた[2]。
2013年は、開幕からAA級ニューブリテン・ロックキャッツでリリーフを務めた。5月初頭までは四球の数がやや多く、2試合連続でホームランを許す[5]など不安定な部分もあったが、徐々に調子を上げ、最初の10試合での防御率は3.71だったが、続く15試合では防御率0.92と好投した[5]。AA級でのトータルの成績は、25試合で防御率2.21だった[2]。7月にはAAA級ロチェスター・レッドウイングスへと昇格[5]。AAA級での初登板となった7月7日のポータケット・レッドソックス戦では、7回表に登板し、続く8回表に2本塁打を含む4失点を喫するなどいきなり打ち込まれたが[6]、その後は本来の実力を発揮し、以降シーズン終了までに投げた15試合で防御率1.61・WHIP1.07という好成績を残した[5]。AAA級ロチェスターでの成績は、16試合・23.2回を投げ、1勝2敗・防御率3.04だった[2]。
2014年はAA級ニューブリテンで開幕を迎え、3試合・6.2回・11奪三振・防御率0.00と難なく結果を出し[2]、4月中には早々にAAA級ロチェスターへと昇格[7]。ここでも春先から好投を続け、6月終了時点では22試合・防御率1.60・被打率.124と打者を圧倒する成績を残した[7]。7月以降はやや失点を重ねたが、それでもAAA級ロチェスターでの年間の成績は40試合・72.0回・4勝4敗6セーブ・防御率2.38・WHIP0.94という数字だった[2]。9月2日にツインズとメジャー契約を結び[8]、翌3日のシカゴ・ホワイトソックス戦でMLB初登板を果たした[1]。11対4と7点をリードした9回表に登板し、10球で打者3人をフライアウト3つに打ち取って試合を締めくくった[9]。シーズン最終登板となった9月26日のデトロイト・タイガース戦では、3点リードの5回裏一死から登板。2回を投げ2安打1失点だったが、メジャー初勝利を挙げた[10]。この年は7試合に登板し、1勝0敗・5奪三振・防御率3.27だった[1]。
2015年は11試合にリリーフ登板したが、131⁄3回で本塁打を4本も打たれ、防御率6.75と不振だった。しかし、投球イニングを超える14個の三振を奪い、進歩した面も見せた。
エンゼルス時代
2015年11月20日にウェーバーを経てフィラデルフィア・フィリーズに移籍した[11]が、12月12日にチャーリー・モートンの加入に伴ってDFAとなった[12]。12月17日にウェーバーを経てロサンゼルス・エンゼルスに移籍した[13]。12月23日にロブ・ラスムッセン、レイ・ナバーロ(英語版)、ボビー・ラフロムボイスの加入に伴って40人枠から外れ、傘下のAAA級ソルトレイク・ビーズに降格した[14]。
2016年の開幕はAAA級ソルトレイクで迎えたが、4月9日にメジャー昇格のため、40人枠入りした。5月22日にDFAとなり、24日に40人枠を外れる形でAAA級ソルトレイクへ配属された。その後、6月13日に再びメジャー昇格したが、27日にAAA級ソルトレイクへ降格。さらに7月18日に再びDFA、21日に40人枠外でAAA級ソルトレイクへ配属された。8月9日に三たびメジャー契約を結んで25人枠入りした[15]。10月10日に40人枠を外れる形でAAA級ソルトレイクへ降格した[15]。
タイガース傘下時代
2016年12月9日にデトロイト・タイガースとマイナー契約を結び、2017年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[16]。開幕後はAA級エリー・シーウルブズに所属していたが、6月6日に自由契約となった[15]。
独立リーグ時代
2017年6月28日にアトランティックリーグのサマセット・ペイトリオッツと契約した。22試合に登板し3勝2敗、防御率4.08の成績を残した[2]。
現役引退後
2018年より東ミシガン大学野球部のアシスタントコーチを務める[17]。
詳細情報
年度別投手成績
背番号
- 58 (2014年 - 2015年)
- 60 (2016年)
脚注
関連項目
外部リンク