蒲原(かんばら)は、かつて新潟県新潟市、現在の中央区にあった町字。
1976年(昭和51年)に住居表示が実施されたことにより消滅した。
以下の記述は消滅直前当時の旧蒲原に関しての記述であり、現在では名称等が異なる場合がある。なお、ここに記述されていない内容に関しては新潟市などの記事を参照。
概要
1889年(明治22年)から1976年(昭和51年)の大字[1]。信濃川下流右岸に位置する[2]。もとは江戸時代から1889年(明治22年)まであった蒲原村の区域の一部[1]。
歴史
信濃川による浸食により、1690年(元禄3年)に現在地である長嶺新田の一部に移転[1]。物産に醤油、麹、味噌、種油、板合船、白足袋、提灯などがあった[1]。
分立した町字
1889年(明治22年)以後に、以下の町字が分立。
- 蒲原町(かんばらちょう)
- 1968年(昭和43年)に分立した町字[1]。
- 長嶺町(ながみねちょう)
- 1968年(昭和43年)に分立した町字[1]。
年表
- 1889年(明治22年)4月1日 : 合併により沼垂町の大字となる。
- 1914年(大正3年)4月1日 : 合併により新潟市の大字となる。
- 1968年(昭和43年) : 一部から蒲原町、長嶺町、明石1丁目から2丁目が分立。
- 1970年(昭和45年) : 一部から天神1丁目から2丁目、笹口1丁目から3丁目、米山1丁目から2丁目が分立。
- 1976年(昭和51年) : 残りが天神1丁目から2丁目となり、字蒲原が消滅する。
脚注
注釈
出典
参考文献
関連項目