聖書 聖書協会共同訳(せいしょ せいしょきょうかいきょうどうやく、英: Japan Bible Society Interconfessional Version)は、聖書の日本語訳のひとつ。聖書 新共同訳に引き続き、カトリックとプロテスタントの共同で訳された。翻訳の著作権者と出版社は日本聖書協会[13]。
新共同訳の評価
1968年、聖書協会世界連盟(英: United Bible Societies)とカトリック教会(羅: Ecclesia Catholica)の間で協議が成立し、プロテスタントとカトリックが同じ聖書を用いるための聖書翻訳作業の「標準原則[注 2]」がまとめられ、世界各国で「共同訳」の翻訳が開始された[8][14]。日本国でも、1970年(昭和45年)に「共同訳聖書実行委員会」を組織し、当時の日本を代表する聖書学者70余名が選出され、翻訳が開始された[14]。しかし、翻訳方針を巡っては紆余曲折があった[4]。動的等価(意訳)理論に基づいて翻訳した新約聖書を共同訳として1978年(昭和53年)に先行頒布したが、諸教会から採用に否定的な声が寄せられた[4][15]。その結果、急遽翻訳方針を逐語訳へと見直し、聖書全書を新共同訳として1987年(昭和63年)に発刊したが、翻訳方針の変更などに伴う訳語、訳文の未調整部分が課題として残った[4][15]。
新翻訳事業の開始
日本聖書協会は、新共同訳を精査し次世代に向けて新たにどのような聖書翻訳を目指すべきか検討するために、2005年(平成17年)11月に翻訳部を新設し、あわせて翻訳理論の研究及び実際の翻訳作業についての調査を行った[9][注 3]。その結果、オランダ聖書協会(蘭: Nederlands Bijbelgenootschap)が2004年に発刊し、高い評価を得ているオランダ語訳聖書(蘭: Nieuwe Bijbelvertaling)の翻訳手順と、その翻訳理論である「スコポス理論(英語版)」が、モデルとして参考になるとの結論に至った[9]。そこで、「スコポス理論」の主唱者であるオランダ自由大学教授のローレンス・デ・ヴリース(蘭: Lourens de Vries)を招いて直接「スコポス理論」について学ぶなどし、このスコポス理論を新たな聖書翻訳に用いる方針が決まった[9]。過去においては、いくつかある翻訳原則のどれが正しいかが議論され、「逐語訳」と「動的等価訳」とが対立的に捉えられてきたが、スコポス理論の利点は翻訳理論を別の視点から捉え直すことにより、翻訳理論の間の対立を乗り越えることを可能にしたことにある[9]。スコポスとはギリシア語で目標を意味し、聖書翻訳理論では「対象読者(聴衆)」と「使用目的(機能)」を表す[9]。対象読者を未信者とし、使用目的を伝道用とする場合と、対象読者を高学歴の信者とし、使用目的を礼拝用とする場合では、おのずと翻訳原則も異なる[9]。前者では動的等価訳が、後者では逐語訳が適切となる[9]。スコポス理論は、このように、まず翻訳のスコポスを選択し、そこから適切な翻訳方針を決定していこうとするもので、逆に言えば、スコポスをあらかじめ決定するなら、翻訳理論をめぐって動的等価か逐語訳かという選択に関して揺れが生じるようなことはなくなるとしている[16]。翻訳事業を開始するに先立ち、日本聖書協会は2008年(平成20年)6月に共同訳事業推進計画諮問会議の設置を決議し、国内17教派・1団体が委員推薦に賛同した[17]。この18教派・団体の信徒数は、当時の日本国内の信者総数の75.3%に相当することから、「日本の諸教会が求める聖書」を示す答申を得ることができるとした[17][18]。諮問会議は2009年(平成21年)10月6日に、新しい翻訳聖書のスコポスは「礼拝での朗読にふさわしい、格調高く美しい日本語訳を目指す」ことであるとする『翻訳方針前文』を日本聖書協会に答申した[17]。同年12月4日の同会理事評議員会はこの答申を承認、2010年(平成22年)2月にはカトリック中央協議会も臨時司教総会で新しい共同訳事業を承認するとの決議を行ったことにより、新翻訳事業は正式に共同訳事業として開始することとなった[4]。
翻訳作業
新翻訳[注 4]は、新共同訳からの改訂ではなく、原文(底本)から新たに翻訳することとなった[20][注 6]。翻訳作業には、聖書協会世界連盟及び聖書翻訳のための非営利団体である国際SIL(英: SIL International)が開発した聖書翻訳支援ソフト「パラテキスト(英: Paratext)」が用いられた[13][23]。即座に原語、主要翻訳、過去の邦訳、翻訳用注解書などを参照でき、それにより複数の翻訳者が訳文を検討する翻訳者委員会は、大幅な効率化と時間短縮が可能となった[4]。「礼拝での朗読にふさわしい、格調高く美しい日本語を目指す」という翻訳方針を実現するために、新翻訳は最初の段階から原語担当者と日本語担当者が協力して訳文の作成に当たった[8]。新共同訳では、翻訳者45名に対して日本語担当者は6名と比率は九対一にすぎなかったが、新翻訳では、翻訳者62名のうち原語担当者43名、日本語担当者19名と比率は七対三とした[9]。原語担当者が作成した訳稿が第1稿、日本語担当者がこの第1稿を日本語面から改訂した訳稿が第2稿、両者が話し合って作成した訳稿が第3稿で、新翻訳の日本語担当者には日本語学・日本文学の専門家のほか、詩人や歌人も多く含まれたため、特に旧約聖書の詩文学の訳は、これまでの訳にない格調を備えたものとなったとしている[9]。原語担当者と日本語担当者の作成した第3稿に、翻訳者委員会での検討を終えた訳稿が第4稿、礼拝における朗読にふさわしい訳稿となっているかチェックを受け、原語担当者が訳稿を改訂したものが第5稿、編集委員会で検討され第6稿となった[8]。第6稿は、聖書学・神学の専門家、教職者、日本語の専門家、一般信徒、学校教師によって構成される外部モニターによって、翻訳が翻訳方針に従っているかどうか、訳文に問題がないか、それぞれの立場から意見が出され、この意見に基づいて再度、2017年(平成29年)12月2日に編集委員会が訳文を検討したのが第7稿で、これで翻訳作業が終了した[9]。
阿部包(藤女子大学特任教授・名誉教授、同大学キリスト教文化研究所所長),岩本潤一(前日本カトリック司教協議会エキュメニズム部門研究委員、現日本聖書協会編集部主任),川崎千里(Centre Sèvres - Facultés jésuites de Paris 哲学部博士課程),高橋英海(東京大学大学院総合文化研究科教授),竹内一也(日本聖公会横浜教区横浜山手聖公会牧師、聖公会神学院非常勤講師),出村みや子(東北学院大学文学部総合人文学科教授),戸田聡(北海道大学大学院文学研究科准教授),中村秀樹(A Keresztény Lelkiség Kutatóintézete, Budapest所属・宣教者),山下敦(カトリック大分教区司祭、日本カトリック神学院講師),吉田新(東北学院大学文学部総合人文学科准教授)[9]。