『燃ゆる女の肖像』(もゆるおんなのしょうぞう、Portrait de la jeune fille en feu)は、2019年のフランスの恋愛映画。監督はセリーヌ・シアマ。主演はノエミ・メルラン(フランス語版)とアデル・エネル。18世紀のフランスの孤島を舞台に、自らの望まない結婚を目前に控えた貴族の娘と、彼女の肖像画を描くことになった女性画家、2人の女性が宿命の恋に落ちるさまを描き、第72回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルムの2冠に輝いたほか、世界中の数多くの映画賞を受賞し、LGBT映画の新たな聖典として高い評価を得ている[5]。
ストーリー
18世紀後半のフランス、女性画家のマリアンヌは女性たちにデッサンを教えていた。アトリエの奥から生徒が持ち出してきた自分の古い油彩画を、マリアンヌは『燃ゆる女の肖像 (Portrait de la jeune fille en feu)』と呼び、その絵にまつわる想い出を回想する。
1770年、マリアンヌはある伯爵令嬢の肖像画を依頼されてブルターニュの外れにある孤島の屋敷を訪れた。その令嬢エロイーズは、自殺した姉の代わりにミラノの貴族に嫁ぐため、それまで暮らしていた修道院から戻ってきたのだという。肖像画は結婚相手に贈るためのものだが、結婚を望まないエロイーズは以前来ていた男性画家には顔を描かせなかったため、マリアンヌは、画家であることを隠し、散歩相手として身近に接することで肖像画を描き上げるよう、エロイーズの母である伯爵夫人に依頼される。依頼通りに散歩に付き添い始めたマリアンヌは、かたくなな態度を取りながらも自由を求める心を秘めたエロイーズに次第に惹かれていく。
肖像画を完成させたマリアンヌは、罪悪感に耐えかねて自分が島にやってきた本当の理由をエロイーズに明かす。完成した絵を見たエロイーズは、自分の本質を捉えていないとその絵を否定し、マリアンヌは感情的に絵をつぶしてしまう。描き直そうとするマリアンヌに、エロイーズは正式にモデルとしてポーズを取ることを承諾する。完成までの5日間の期限のあいだ、伯爵夫人が不在の屋敷でマリアンヌとエロイーズの心は近づき始め、女中のソフィも加わって、オルフェウスが冥府から妻エウリュディケーを連れ戻す途中で振り返った理由について意見を交わしたり、トランプに興じたり、妊娠していたソフィの堕胎にマリアンヌとエロイーズが付き添ったりと、立場や身分を超えた3人の親密な時間が流れていく。その一方、マリアンヌは純白のローブ姿でたたずむエロイーズの幻影を見るようになる。
ある夜、夜祭で、島の女性たちの歌[注釈 1]に心を奪われたエロイーズのドレスの裾に、情熱の高まりを具現化したかのように焚き火の炎が燃え移る。翌日、マリアンヌとエロイーズは海辺の洞窟で初めてのキスを交わし、一夜を共にする。期限を前にして強く結ばれていく2人だったが、肖像画の完成は、マリアンヌが島を去ること、そしてエロイーズの結婚を意味していた。島を出る前日、マリアンヌはエロイーズの姿を小さなスケッチに描きとどめ、エロイーズに乞われて彼女の愛読書の28ページ目に自画像を描く。翌朝、思いを振り切るように屋敷を出て行こうとするマリアンヌの背中に、エロイーズが「振り返って」と声をかける。そこにはマリアンヌが見ていた幻影そのままの白いローブ姿のエロイーズが立っていた。
舞台は冒頭の時代に戻り、マリアンヌは、島での別れの後、2度だけエロイーズと再会したことを回想する。最初の再会は美術展、母として子供を傍らにした肖像画のエロイーズの視線がマリアンヌを捉える。絵の中のエロイーズは、マリアンヌが自画像を描いた本の28ページ目に指を挟んでいた。2度目であり最後となった再会はコンサートホール、マリアンヌの向かいのバルコニー席に偶然エロイーズが座る。エロイーズはマリアンヌには目を向けず、オーケストラが壮麗に演奏するヴィヴァルディの『四季』の『夏』を、平静ではいられない様子で聴き入る。それは、かつてあの屋敷のチェンバロでマリアンヌがエロイーズに弾いてきかせた曲だった。慟哭して涙を流すエロイーズの横顔を、マリアンヌはただ見つめるのだった。
キャスト
製作
2018年6月、セリーヌ・シアマの新作に、アデル・エネルが『水の中のつぼみ』以来11年ぶりに出演することが報じられた[6]。9月、ノエミ・メルラン(フランス語版)とルアナ・バイラミ(フランス語版)がキャストに加わったことが分かった[7][8]。10月、ヴァレリア・ゴリノがキャストに加わったことが分かった[9]。
撮影
主要な撮影は、2018年10月からブルターニュのサン=ピエール=キブロン(フランス語版)とセーヌ=エ=マルヌ県のラ・シャペル・ゴーティエ(フランス語版)にある城などで38日間かけて行われた[9][10][11]。
映画に登場する絵画やスケッチは、アーティストのエレーヌ・デルメールが描いている。デルメールは撮影期間中、映画のシーンに基づいて毎日16時間制作し、劇中にはデルメールの手も登場している[12]。フランスでの劇場公開の際には、パリのGalerie Josephで、2019年9月20日から22日まで、作品に登場したデルメールの絵画が展示された[13]。
公開
2018年8月22日、MK2(フランス語版)が本作の国際配給権の販売を開始し、ピラマイド・フィルムズがフランスでの配給権を取得した[14]。2019年2月10日、カーゾン・アーティフィシャル・アイ(英語版)がイギリス、カルマ・フィルムズがスペイン、シネアートがベネルクス、フォルケッツ・バイオがスウェーデンでの配給権をそれぞれ取得した[15][16]。5月22日、NEON(英語版)とHuluが北米での配給権を取得した[17][18]。
本作は2019年5月19日の第72回カンヌ国際映画祭で世界初上映され[1]、8月30日の第46回テルライド映画祭[19]、9月5日の第44回トロント国際映画祭でも上映された[19]。また、フランスでは2019年9月18日に公開され[20]、アメリカでは12月6日に限定公開の後、2020年2月14日に拡大公開(英語版)[21]、イギリスでは2月28日に公開された[22]。
評価
本作は批評家から絶賛されている。Rotten Tomatoesでは301個の批評家レビューのうち98%が支持評価を下し、平均評価は10点中9点となった。サイトの批評家の見解は「『燃ゆる女の肖像』は、力強いロマンスの中で、感情を揺さぶられ、思考を促されるドラマを見られる、非常に豊かな時代劇である。」となっている[23]。MetacriticのMetascoreは48個の批評家レビューに基づき、加重平均値は100点中95点となった。サイトは本作の評価を「世界的な絶賛」と示している[24]。また、Metacriticは本作を「必見 (Must See)」作品と位置付けており[25]、サイトの2019年評価点ランキングで2位を獲得した[26]。
『ニューヨーク・タイムズ』のA・O・スコットは、「繊細かつ息を呑むようなラブストーリーである同時に、女性の境遇の現実的な評価にもなっており、感傷的にならない。」と評し、マリアンヌとエロイーズの関係の展開を「禁じられた欲望の物語というよりは、欲望への考察である。」、「視線が持つ、危険で抗いがたい力の物語」と表現している[27]。『オブザーバー』/『ガーディアン』のマーク・カーモードは、映画に5つ星を与え、「力と愛情についての知的でエロティックな考察であり、観察されていたものが観察者になり、執筆されていたものが筆者になり、"あなたが私を見ている時、私は誰を見ているのか?"という中心的な問いかけに繰り返し立ち返る。」と評し、望まぬ妊娠を描いたサブプロットについては、「対峙しながらも、タブーとされる事象を描くことで、目を背けさせることを拒み、女性たちのグループの中に強さを見出している。」と表現した[28]。『バラエティ』のピーター・デブリュージュは、監督・脚本のシアマについて、「この壮麗でじわじわとこみ上げてくるレズビアン・ロマンスは、表面的なレベルでも十分に機能しているが、女性の目を通してみてみるとその世界が違って見えるという事実も無視できない。」と述べ、本作を「綿密に脚本化されている」とし、「より深い感情を捉えるために、表面的な部分を超えたものを見据えている。」と評した[29]。
受賞とノミネート
本作は、『レ・ミゼラブル』、『約束の宇宙』と並んで、フランス文化省が選定する第92回アカデミー賞国際長編映画賞へのフランス代表作品の最終選考の1つに選ばれた[30]。最終的に、『レ・ミゼラブル』が出品された[31]。
脚注
注釈
出典
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外部リンク