山田 英男(やまだ ひでお、1899年(明治32年)8月7日 - 1966年(昭和41年)4月8日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
経歴
愛知県出身。1920年(大正9年)5月、陸軍士官学校第32期卒業。1931年(昭和6年)陸軍大学校第43期卒業。
第19師団参謀を経て、同師団参謀長に補される。1941年(昭和16年)3月、陸軍大佐に進んだのち、太平洋戦争(大東亜戦争)に入ると第57師団参謀長となり、黒河省山神府に駐屯した。ついで北支那方面軍附を経て、北京特務機関長を務め、1945年(昭和20年)3月、陸軍少将に進級した。
1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[5]。
脚注
- ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」193頁。
参考文献