小笠原 長禎(おがさわら ながよし)は、江戸時代中期から後期にかけての大名。播磨国安志藩の第4代藩主。官位は従五位下・信濃守。忠脩系小笠原家9代。
生涯
天明元年(1781年)5月20日、第3代藩主・小笠原長為の次男として生まれる(正室の子のため長男扱い)。天明2年(1782年)に父が死去したため跡を継ぐ。天明の飢饉では、隣藩の林田藩で打ちこわしが起こると、その鎮圧のために援軍を派遣している。寛政8年(1796年)12月19日に叙任する。文政5年(1822年)1月には藩札を発行するなどしている。
文政6年(1823年)8月23日、長男の長武に家督を譲って隠居し、文政8年(1825年)5月21日に死去した。享年45。
系譜
小笠原氏 安志藩4代藩主 (1782年 - 1823年) |
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