富 双英(ふ そうえい)は中華民国の軍人。満州族。はじめは北京政府、奉天派に属し、後に南京国民政府に参加した。号は躍天[2]。
張作霖配下として、東北陸軍第5師第12旅第64団団長、第21師師長、予備軍軍長を歴任した。1927年(民国16年)6月、陸軍中将銜を授与されている。1928年(民国17年)12月の易幟を経て、富双英は東北辺防軍司令長官公署軍事参議官に就任した。後に、井陘鉱務局局長兼瀋陽関監督に任ぜられている[3][4][5]。
汪兆銘が南京国民政府を樹立すると、富双英もこれに参加した。1940年(民国29年)3月、軍事委員会委員に任ぜられる。1942年(民国31年)10月、陸軍編練総監公署中将参謀長となった。翌年3月、蘇北行営中将参謀長に転じる。同年9月、軍事参議院副院長に任命された。1945年(民国34年)2月、参軍処参軍長となっている[3][4]。
中華人民共和国成立後の1951年5月20日、北京市人民政府から反革命罪などで死刑判決を言い渡され、直ちに執行された。享年59[6]。
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