大久保郵便局(おおくぼゆうびんきょく)
大久保簡易郵便局(おおくぼかんいゆうびんきょく)
大久保郵便局(おおくぼゆうびんきょく)は、秋田県潟上市昭和大久保にある郵便局。民営化前の分類では集配特定郵便局であった。
概要
1886年(明治19年)7月の火災により、大久保郵便局の集配業務は下虻川郵便局に移管。1902年(明治35年)11月に大久保郵便受取所として再開するも、集配業務は再開されることはなかった。このため、地域住民から集配業務の再開が望まれていた。歴代の大久保村村長が集配業務再開の陳情を行ったりしたものの、再開は認められなかった。
1939年(昭和14年)7月に飯田川郵便局は、集配業務や電報配達業務、電話交換業務を行うには局舎が手狭になったため、新築移転し八郎潟郵便局[1]に改称した。これに伴い、集配業務の一部が大久保郵便局に移管され、53年ぶりに集配業務が再開された。
沿革
- 1872年(明治5年) - 大久保郵便受取所として開設[2]。
- 1873年(明治6年) - 廃止。
- 1880年(明治13年)7月1日 - 大久保郵便局(五等)として再設置。
- 1886年(明治19年)
- 2月16日- 貯金取扱を開始。
- 7月20日 - 火災により局舎全焼。集配業務を下虻川郵便局に移管。
- 1887年(明治20年)3月31日 - 廃止。
- 1902年(明治35年)11月16日 - 大久保郵便受取所として再々設置。同日より為替、貯金取扱を開始。
- 1905年(明治38年)4月1日 - 大久保郵便局となる。
- 1907年(明治40年)12月1日 - 電信事務を開始[3]。
- 1921年(大正10年)10月16日 - 電話通話事務を開始[4]。
- 1939年(昭和14年)7月21日 - 集配事務を開始[5]。
- 1964年(昭和39年)7月1日 - 追分郵便局から南秋田郡昭和町乱橋、佐渡、八丁目地区の集配業務を移管。
- 1969年(昭和44年)2月23日 - 和文電報配達業務を飯田川電報電話局に移管[6]。
- 2007年(平成19年)10月1日 - 民営化に伴い、併設された郵便事業秋田支店大久保集配センターに一部業務を移管。
- 2012年(平成24年)10月1日 - 日本郵便株式会社の発足に伴い、郵便事業秋田支店大久保集配センターを大久保郵便局に統合。
取扱内容
周辺
アクセス
脚注
- ^ 1971年5月に再度飯田川郵便局に改称。現在の八郎潟郵便局とは別。
- ^ 山口修監修 『全国郵便局沿革録 明治編』 日本郵趣出版 1980年12月28日発行
- ^ 明治40年逓信省告示第763号(明治40年11月27日付官報第7325号掲載)
- ^ 大正10年逓信省告示第833号(大正10年10月14日付官報第2762号掲載)
- ^ 昭和14年逓信省告示第2089号(昭和14年7月19日付官報第3760号掲載)
- ^ 昭和44年郵政省告示第103号(昭和44年2月17日付官報第12650号掲載)
外部リンク