列車運行会社(train operating company; TOC)とは、イギリスの鉄道において、ナショナル・レールという共通ブランドの下、旅客列車を運行する事業者を指す。1993年鉄道法(英語版)によるイギリス国鉄の民営化によって誕生した概念である。
列車運行会社には、運輸省などから委託を受けてフランチャイズやコンセッションを運行する事業者と、オープンアクセス事業者の2つの種類が存在する。
なお、1993年鉄道法は北アイルランドの鉄道(英語版)を対象としていないため、北アイルランドには同法の定義による列車運行会社は存在しない。なお、北アイルランドの鉄道は公社の北アイルランド運輸持株会社の傘下にある北アイルランド鉄道によって運行されている。
概要
イギリスの鉄道では旅客列車は列車運行会社と呼ばれる事業者によって運行される。信号設備などを含むインフラの所有及び整備は列車運行会社ではなくネットワーク・レール(2002年にレールトラック社より引き継ぎ)によって行われており、車両は一部の例外を除き車両リース会社(英語版)によって所有され、貸し出されている。駅の運営は基本的に列車運行会社(必ずしも停車列車がある事業者とは限らない)がネットワーク・レールからリースの上行っており[1]、例外としてはネットワーク・レール直営の主要駅(計20駅)とロンドン地下鉄などへの委託駅が存在する。
イギリスの列車運行会社はフランチャイズ契約の早期終了時に運行を担う最終手段運行事業者(英語版)を除きすべて民営(他国の国有鉄道傘下の事業者は存在する)である。列車運行会社の多くは特定の地域や列車の種類ごとに設けられたフランチャイズやコンセッションの運営権を運輸省(2001年まで旅客鉄道フランチャイズ局(英語版)、2005年まで戦略鉄道庁(英語版))などから与えられて営業している。また、フランチャイズ契約によらず、運行枠を個別に買い取って列車を運行するオープンアクセス事業者も存在し、現在はロンドンとキングストン・アポン・ハルを結ぶハル・トレインズと、ロンドンとサンダーランド、ブラッドフォードを結ぶグランド・セントラル(英語版)の2社が営業している。これらに加え、ナショナル・レール外の事業者として国際列車のユーロスターを運行するユーロスター・インターナショナル・リミテッド(英語版)と、ヒースロー・エアポート・ホールディングス傘下でロンドンとヒースロー空港を結ぶ直行列車のヒースロー・エクスプレスを運行するヒースロー・エクスプレス社があり、これらもオープンアクセス事業者である。
大都市周辺のフランチャイズの一部には旅客輸送局などと協調して運営されているものがある。これらの一つとしてリヴァプール周辺のマージーレール(英語版)があるが、これは運輸省ではなく旅客輸送局のマージートラベル(英語版)が入札を行っている。都市レベルで入札が行われる例は他に2つあり、それらはロンドン交通局が入札を行うロンドン・オーバーグラウンド(2007年に分離)とTfLレール(英語版)(2015年に分離 クロスレールとなる予定)である。これらの3つは行政側が条件を細かく定め、事業者が一定の金額を受け取るコンセッション方式で運営されている。
また、権限委譲の一環としてスコットレールとカレドニアン・スリーパーはスコットランド政府のトランスポート・スコットランド(英語版)が、ウェールズ&ボーダーズ(英語版)はウェールズ政府(英語版)のトランスポート・フォー・ウェールズ(英語版)が入札を行うようになっている。
列車運行会社相互の連携を図る場として、レール・デリバリー・グループ(旧・列車運行会社協会)が存在する。ナショナル・レールのブランド名と「ダブル・アロー」と呼ばれるロゴはレール・デリバリー・グループが所有しており、業務には全国の時刻表及び乗換案内の提供と共通の運賃制度(乗車券の割引制度であるレールカード(英語版)を含む)の運用などがある。なお、レール・デリバリー・グループは列車運行会社だけの団体ではなく、ネットワーク・レールや貨物事業者、列車運行会社ではないユーロスターも加入している。
沿革
1994年
イギリス国鉄の民営化(英語版)は、インターシティ(英語版)、ネットワーク・サウスイースト(英語版)、リージョナル・レールウェイズ(英語版)の3つの旅客列車運行部門が25のシャドー・フランチャイズに分割されたことで始まった[2]。これらは国有で、民営化のための入札が行われるまでのつなぎとなった。
また、英仏海峡トンネルの開業により、イギリス、フランス、ベルギーの各国鉄の合同運行列車としてユーロスターが運行を開始した。
1996年・1997年
民間によるフランチャイズが運行を開始した。多くのフランチャイズは大規模交通事業者が運営権を獲得したが、4つのフランチャイズではマネジメント・バイアウトが行われ、イギリス国鉄の旧経営陣が35%から51%の株を持った。
以下にイギリス国鉄の部門別にシャドー・フランチャイズと民営化当初の列車運行会社及びその所有者を示す。
インターシティ
ネットワーク・サウスイースト
リージョナル・レールウェイズ
1998年
ファーストグループ(ファーストバスから改称)は24.5%を出資していたグレート・ウェスタン・ホールディングス(英語版)(グレート・ウェスタン・トレインズ(ファースト・グレート・ウェスタンに改称)とノース・ウェスタン・トレインズ(英語版)(ファースト・ノース・ウェスタンに改称)を運行)を、ゴーアヘッド・グループ(英語版)は65%を出資していたテムズ・トレインズ(英語版)を完全子会社とした。
ヴァージン・グループは完全子会社のヴァージン・レール・グループ(英語版)(ヴァージン・クロスカントリーとヴァージン・トレインズ・ウェスト・コーストを運行)の株のうち49%をステージコーチ・グループ(英語版)(アイランド・ライン・トレインズ(英語版)とサウス・ウェスト・トレインズを運行)に売却した。
ヒースロー空港へのアクセス線の開業により、フランチャイズ契約によらないオープンアクセス事業者としてBAA傘下のヒースロー・エクスプレスが2023年までの運行権を得て営業を開始した。
1999年
チルターン・レールウェイズの出資元の構成が変更され、ジョン・レイン(英語版)が84%、旧経営陣が16%の出資率となった。
2000年
マージーレール・エレクトリックス(英語版)(アリーヴァ・トレインズ・マージーサイドに改称)とノーザン・スピリット(英語版)(アリーヴァ・トレインズ・ノーザンに改称)を所有していたMTL(英語版)がアリーヴァに、c2c(LTSレールから改称)、ヴァレー・ラインズ(英語版)、ウェールズ&ウェスト(英語版)、ウェスト・アングリア・グレート・ノーザン(英語版)の4社を所有していたプリズム・レール(英語版)がナショナル・エクスプレス(英語版)に買収された。これによりアリーヴァがイギリスでの鉄道事業に参入し、ナショナル・エクスプレスは合計9つの列車運行会社を持つこととなった。
また、GBレールウェイズ(英語版)が80%を出資するハル・トレインズがナショナル・レールブランドを用いる初のオープンアクセス事業者として運行を開始した。
2001年
- コネックス・サウス・セントラル(コネックス) → サウス・セントラル(後にサザンと改称)(ゴヴィア(英語版))
- 経営不振とサービス水準の低さから運行権を剥奪され、早期に交代となった[3]。初の列車運行会社の交代である。
- ヴァレー・ラインズ(ナショナル・エクスプレス)・ウェールズ&ウェスト(ナショナル・エクスプレス) → ウェールズ・アンド・ボーダーズ(英語版)(ナショナル・エクスプレス)・ウェセックス・トレインズ(英語版)(ナショナル・エクスプレス)
- カーディフ周辺を担当していたヴァレー・ラインズをその他のウェールズとその周辺に統合してウェールズ&ボーダーズとし、イングランド南西部を中心とした路線網をウェセックス・トレインズとして分離した。
2002年
ジョン・レインは84%を出資していたチルターン・レールウェイズを完全子会社化した。
2003年
アングリア・レールウェイズ(英語版)とハル・トレインズ(80% オープンアクセス事業者)を運行するGBレールウェイズ(英語版)がファーストグループに買収され、同社は合計5社の列車運行会社を持つこととなった。
2004年
- アリーヴァ・トレインズ・ノーザン(アリーヴァ)・ファースト・ノース・ウェスタン(ファーストグループ) → ファースト・トランスペナイン・エクスプレス(英語版)(ファーストグループ55%・ケオリス45%)・ノーザン・レール(英語版)(セルコ・ネッドレールウェイズ)
- 地域別にノース・イーストとノース・ウェストの2つのフランチャイズが存在したイングランド北部では、都市間列車がトランスペナイン・フランチャイズ、その他の列車がノーザン・フランチャイズと分割された。なお、一部の列車についてはアリーヴァ・トレインズ・ウェールズ(アリーヴァ)に移管された。
- アングリア・レールウェイズ(ファーストグループ)・ファースト・グレート・イースタン(ファーストグループ)・ウェスト・アングリア・グレート・ノーザン(ナショナル・エクスプレス ウェスト・アングリア部分のみ 改称せずにグレート・ノーザン部分は運行継続) → ワン(英語版)(後にナショナル・エクスプレス・イースト・アングリアと改称)(ナショナル・エクスプレス)
- ロンドンのターミナル駅ごとにフランチャイズを整理する方針が部分的に導入され、リヴァプール・ストリート駅を発着する列車をまとめたフランチャイズとしてこのグレーター・アングリア・フランチャイズ(英語版)が誕生した[4]。
- テムズ・トレインズ(ゴーアヘッド・グループ) → ファースト・グレート・ウェスタン・リンク(英語版)(ファーストグループ)
- スコットレール(ナショナル・エクスプレス) → ファースト・スコットレール(ファーストグループ)
2005年
直行列車であるヒースロー・エクスプレスを補完するため、ヒースロー・エクスプレスとファースト・グレート・ウェスタンの合同運行列車として、途中駅の一部に停車するヒースロー・コネクトが運行を開始した。
2006年
2007年
オープンアクセス事業者としてグランド・セントラル(英語版)が運行を開始した。
2008年
チルターン・レールウェイズを所有し、ロンドン・オーバーグラウンド・レール・オペレーションズに50%を出資していたジョン・レインの鉄道部門がDBレギオに買収された。
DBレギオが50%、ルネサンス・トレインズ(英語版)が36%、ジョン・レインが14%を出資するオープンアクセス事業者であるレクサム&シュロップシャー(英語版)が運行を開始した。
2009年
- ナショナル・エクスプレス・イースト・コースト(ナショナル・エクスプレス) → イースト・コースト(英語版)(最終手段運行事業者)
- 経営不振により運行権を剥奪された[7]。
DBレギオがオープンアクセス事業者のレクサム&シュロップシャーを完全子会社とした。
2011年
1月、前年にドイツ鉄道に買収されたアリーヴァがDBレギオのイギリスでの事業を引き継いだ。
同月、この再編によりアリーヴァ傘下となったオープンアクセス事業者であるレクサム&シュロップシャーが経営不振のため運行を停止した[8]。
11月、オープンアクセス事業者のグランド・セントラルがアリーヴァに買収された。
2012年
- ナショナル・エクスプレス・イースト・アングリア(ナショナル・エクスプレス) → グレーター・アングリア(英語版)(アベリオ(2009年にネッドレールウェイズから改称))[9]。
2012年9月、ファーストグループがインターシティ・ウェスト・コーストの運行権を与えられ、それまで運行していたヴァージン・トレインズが反発した。これについて、入札過程で運輸省が誤った情報を提示していたことが判明したため、列車運行会社の交代は見送られ、その他の入札についても一時的に停止された[10]。
2014年
オープンアクセス事業者のハル・トレインズについて、元国鉄経営陣が営業開始時から保有していた20%の株がファーストグループに売却され、同社の完全子会社となった。
2015年
- イースト・コースト(最終手段運行事業者) → ヴァージン・トレインズ・イースト・コースト(ステージコーチ・グループ90%・ヴァージン・グループ10% ヴァージン・レール・グループ傘下ではない)[12]
- ファースト・スコットレール(ファーストグループ) → アベリオ・スコットレール(アベリオ)・カレドニアン・スリーパー(セルコ)[13][14]
- アベリオ・グレーター・アングリア(アベリオ 一部) → TfLレール(英語版)(香港鉄路)
- アベリオ・グレーター・アングリアの近距離列車の一部がロンドン交通局に移管され、ロンドン・オーバーグラウンドと同様のコンセッション方式によってTfLレールとして運行を開始した[15]。
- ゴヴィア・テムズリンク・レールウェイ(ゴヴィア)・サザン(ゴヴィア) → ゴヴィア・テムズリンク・レールウェイ(ゴヴィア)
- 前年に運行を開始したゴヴィア・テムズリンク・レールウェイにサザンの路線網が統合されたことで、テムズリンク・サザン・アンド・グレート・ノーザン・フランチャイズが完成した。
2016年
2017年
2017年2月、ナショナル・エクスプレスは傘下のc2cをトレニタリア(初参入)に売却し、イギリスでの鉄道事業から撤退した。
3月、アベリオは傘下のグレーター・アングリアの株のうち40%を三井物産(初参入)に売却した[19]。
2018年
ヒースロ・エアポート・ホールディングスとグレート・ウェスタン・レールウェイ(ファースト・グレート・ウェスタンから改称)の合弁事業であったヒースロー・コネクトがロンドン交通局に移管されTfLレールの一部となった[20]。
2019年
2020年
- アリーヴァ・レール・ノース(アリーヴァ) → ノーザン・トレインズ(英語版)(最終手段運行事業者)
- サービス水準の低さを理由として運行権を剥奪された。
2019年コロナウイルス感染症の流行の影響により鉄道の利用者数が大幅に減少し、政府は列車運行会社を支援するためフランチャイズ契約を一時的に停止し、収入が一定となる管理契約を結んだ。これに伴い、国家統計局は列車運行会社が一時的とはいえ実質的に国有化されたとみなし、負債や従業員を公共セクターのものとして計上することとした[24]。
親会社別推移
一覧
2020年3月現在、24の列車運行会社が営業している。
フランチャイズ
コンセッション
オープンアクセス
レールツアー
オープンアクセス事業者の中にはナショナル・レールブランドを使用せずに団体列車や「レールツアー」と呼ばれる臨時列車を運行する事業者が存在する。これらは定期列車を運行するオープンアクセス事業者と同じく列車の運行枠を個別に買い取って営業している。車両は旧国鉄の客車が主に用いられ、牽引機には貨物列車運行会社から借り受けた機関車のほか、本線運行が可能な保存機関車が用いられることもある。
脚注
関連項目