ボーイング929ジェットフォイル(Boeing 929 Jetfoil)は、ボーイング社が設計製造した旅客用の水中翼船の名称である。
当初は軍事用船舶として開発された。1974年に旅客用が開発され、1977年に日本でこの旅客用が初導入された。日本国内ではジェットフォイル (Jetfoil) という愛称を持つ。
「ジェット」は本船がジェットエンジンとウォータージェット推進機によって駆動されることからきており、「フォイル」とは、「鋭い薄い翼」を表わす英語に由来する。
ボーイング社の設計製造であるが、現在はライセンスを引き継いだ川崎重工業の登録商標となっており、現在は「川崎ジェットフォイル929-117型」として、製造・販売を行なっている。
水中翼船としては全没翼型に属し、翼が全て水中にある。ガスタービンを動力としたウォータージェット推進である。
停止時および低速では通常の船と同様、船体の浮力で浮いて航行し、「艇走」と呼ばれる。速度が上がると水中翼に揚力が発生し、しだいに船体が浮上し「離水」、最終的には水中翼だけで航行する「翼走」という状態になる。
船体の安定は Automatic Control System(ACS、自動姿勢制御装置)により制御された水中翼の動翼により行われる。進行方向を変える場合も動翼を使うため航空機さながらに船体を内側に傾けながら旋回する。 翼走状態では水面の波の影響を受けにくく、かつ高速でも半没翼式水中翼船に比べ船体動揺が少なく乗り心地がよい。
水中翼は前後ともに跳ね上げ式になっており、停泊・低速航海時の吃水を抑えることができる。また、半没翼型と異なり、船体左右への翼の張り出しもないため、最低限の防舷材等を除いて、特別な港湾設備なしに港に着岸することができる。 また水中翼にはショックアブソーバーが付いており、材木など多少の海上障害物、浮遊物への衝突に耐えることができる。
翼走航海中の船体姿勢制御はACSと油圧アクチュエータに依存するので、推進用のガスタービンと併せて、航空機なみのメンテナンスが必要である。
燃油は軽油を使用する。
航空機メーカーであるボーイングがその技術を水上に対して適用する研究を始めたのは1962年頃で、当初は軍事目的であった。1967年にパトロール用の小型艇トゥーカムカリが実用化された。 これがベトナム戦争で有用であったため、その後NATOの依頼によりミサイル艇(後のペガサス級ミサイル艇)が開発された。
1974年に、その軍事用船舶を基にして旅客用が開発された。ボーイング社は、航空機には700番台の番号を、船舶には900番台を使用していたため、型番は929-100型となり、ジェットフォイルの名前もこのとき付けられた。ボーイングとしては初期型929-100型を10隻、前方フォイル及び乗船口付近の改良を施した929-115/117型を13隻、軍用の929-320、929-119、929-120型5隻の合計28隻を製造した。1977年に、日本に初導入された佐渡汽船のジェットフォイル「おけさ」も、このボーイング製(100型)だった。
その後、ライセンスを川崎重工業に提供し、1989年に日本製1号艇が就航した。現在は川崎重工業(神戸工場)に全面的に移管されており同社で製造されている。川崎重工業では1989年から1995年までに15隻が製造された。ボーイング、川崎重工業の両社で旅客型として製造されたジェットフォイル(軍用-320型からの改造1隻含む)は29隻にのぼる。
1995年以降、新規造船はなかったが2020年に25年ぶりに新造船が竣工した。東海汽船の「セブンアイランド結」である。(川崎重工業製16番船)
また同じくボーイングのライセンスを基にイタリアのフィンカンティエーリ社が建造して1983年に就役したイタリア海軍のスパルヴィエロ級ミサイル艇は海上自衛隊の目を引き、住友重機械工業がライセンスを受けて1993年-1995年に1号型ミサイル艇を3隻建造している。 (2010年までに退役)
日本でのジェットフォイル初就航は1977年5月で、カーフェリーのみだった佐渡汽船の新潟港 - 佐渡両津港間の定期航路に「おけさ」(100型)の名称で投入された。自社で整備・メンテナンスを行うため、佐渡汽船の整備担当者はボーイングで長期研修を受けてメンテナンスのノウハウを学んだ。現在も、佐渡汽船は国内運航会社で唯一ジェットフォイル専用ドックを保有し、定期メンテナンスから事故修繕まで全ての整備を自社で行っている。
その後、川崎重工業がジェットフォイルのライセンスをボーイングから得た際には、佐渡汽船からもメンテナンス・ノウハウの提供を受けている。また、新潟-佐渡航路の運航開始当初、新潟港が信濃川の河口部にあるため、水と共にごみなどの異物・浮遊物を吸入して運航不能となるトラブルが頻発したことから、ボーイングは急遽社内に対策チームを設け、吸入口に特殊な構造のグリル(通称『ニイガタグリル』)を設置する対策を講じた。これが奏功して異物吸入のトラブルは減少し、その後製造されたジェットフォイルの設計にも反映された。
航路(寄港状況)や船舶運用の詳細は、各社項目などを参照。
翼走中は45ノットの高速航行を行うことから、クジラなどの海洋生物や流木などの海上浮遊物への衝突事故が多発している。水中翼は頑丈ではあるが、衝突により破損すると翼走ができなくなる。エンジンや電気系統などが損傷した場合は航行不能になる事例も発生している。
2002年1月に神戸港-関西国際空港間航路(神戸マリンルート)での復路出発後に船底に穴が開き、沈没寸前に至る事故が発生している。原因は公表されていないが、当時は空港連絡橋が閉鎖されるほどの悪天候であった。この事故が直接の原因ではないが、同航路は慢性的な乗客低迷に伴い同年休止・廃業された(2006年に神戸-関空ベイ・シャトルとして事実上復活しているが、ジェットフォイルではなく高速双胴船で運用されている)。
海上浮遊物への対策がとられているものの、衝突事故が数回起きている。1992年と1995年には新潟-佐渡間航路で、2004年末ごろからは福岡-釜山間航路(対馬海峡)において、いずれもクジラと見られる生物に衝突、前部水中翼が破損して高速航行が不能になる事故が数回発生している。2006年4月9日には、屋久島-鹿児島間航路の佐多岬沖合で流木に衝突、100名以上の重軽傷者を出す事故が起きている。このような事故後は運航会社ではシートベルトを着用するよう乗客に促していた。特に佐多岬沖の事故後は、国土交通省から事業者に対して見張りの強化やシートベルトの着用を徹底するよう指導されている[2]。
日本国内における川崎重工業は、「ライセンス取得当時に想定した需要に近い船会社、航路に販売できた」としており、1995年(平成7年)以降、20年以上にわたって新造は行われなかった。その間の新航路開設、増便、機材更新は中古艇の融通によってまかなわれていた。2010年代には、運用中の初期建造艇は就航から35年 - 40年を経過して耐用年数をむかえており、東海汽船は、1981年(昭和56年)就航の「セブンアイランド夢」を代替する際、新造船を希望したが実現せず、JR九州が運航していた1994年(平成6年)就航の「ビートル5」を購入、「セブンアイランド大漁」として、2015年(平成27年)1月に就航させた[5]。
特殊な構造のため、建造には専用の生産設備と部品の供給が必要で、各種搭載機器、ウォータージェットシステムの供給メーカーの最小ロットが10基、すなわち5隻分となっているため、川崎重工業は建造を再開する場合、最低でも5隻程度の受注が必要としている。運航各社が単独でロットを満たすことは困難であるため、共同発注も検討されているが、船価の上昇と厳しい経営状況から実現していなかった [5]。
しかし2017年(平成29年)になって、東海汽船が25年ぶりに川崎重工に新造船「セブンアイランド結」を発注し、2020年(令和2年)に竣工した[6]。これは、船齢36年を迎える東海汽船のジェットフォイル「セブンアイランド虹」の代替を考えたもので、数が集まらないと生産再開が難しいとされるウォータージェットシステムについては、就航船の修理用として確保していたものを流用した。
建造費用は、推進システムなどが従来と同等でありながら、51億円と25年前に比べてかなり高額になっているが、就航先の伊豆諸島は土砂災害や火山災害などのリスクを抱える地域であることから、ジェットフォイルが災害対応に有用と判断され、東京都から船価の45 %にあたる23億円の補助金が付いた[7][8]。 また、同船外観のグラフィックデザインには2020年東京オリンピックのエンブレムデザイナーでもある野老朝雄が起用された。
東海汽船では、この「虹」の代替でジェットフォイルの建造を終了するつもりはなく、さらに「セブンアイランド愛」などの後継船建造を進めたいという希望を持っており、佐渡汽船、JR九州、九州郵船、鹿児島商船など、今回の新造をきっかけにジェットフォイル運航各社が足並みをそろえられないかどうか、検討を求めている[9]。
一方で川崎重工業も「当社は今後とも、国内の離島航路をはじめとする高速海上交通の維持・発展のため、ジェットフォイルの建造に積極的に取り組んでいきます。」との声明をホームページ上で発表している[10]。通常の船舶は中国や韓国との価格競争が激しいため、国内で建造する船舶をジェットフォイルなどの付加価値の高い船にシフトする方針もある[11]。 また、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)は、運航会社の負担を減らすための船舶共同保有制度の共有期間を、従来の9年間から最長20年間に延ばすとともに、2020年からはJRTTの共有比率を最大70%まで引き上げるなど、ジェットフォイルの建造を財政面から支援する制度を拡充している[12]。
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