セヴェロドネツィク

セヴェロドネツィク
Сєвєродонецьк
セヴェロドネツィク中心部にあるカルチャーセンター
セヴェロドネツィク中心部にあるカルチャーセンター
セヴェロドネツィクの市旗 セヴェロドネツィクの市章
市旗 市章
位置
セヴェロドネツィクの位置(ウクライナ内)
セヴェロドネツィク
セヴェロドネツィク (ウクライナ)
セヴェロドネツィクの位置(ルハンシク州内)
セヴェロドネツィク
セヴェロドネツィク (ルハンシク州)
座標 : 北緯48度56分00秒 東経38度30分00秒 / 北緯48.93333度 東経38.50000度 / 48.93333; 38.50000
行政
 ウクライナ
  ルハーンシク州の旗 ルハーンシク州[2]
 ラヨン セヴェロドネツィク地区[2]
  セヴェロドネツィク[2]
 フロマーダ セヴェロドネツィク・フロマーダ
 市 セヴェロドネツィク
地理
面積  
  市域 50 km2
人口
人口 (2021年現在)
  市域 101,135人
  備考 推計[3]
その他
夏時間 東ヨーロッパ夏時間 (UTC+3)
市外局番 +380 6452(645)
公式ウェブサイト : www.sed-rada.gov.ua

セヴェロドネツィク (ウクライナ語: Сєвєродоне́цьк, 発音 [ˌsʲɛw(j)erodoˈnɛtsʲk] ( 音声ファイル); ウクライナ語: Сєверодоне́цьк, [ˌsʲɛwe-], 意味は「北のドネツィク」[4]; または ロシア語: Северодоне́цк [ˌsʲevʲɪrədɐˈnʲetsk]) [注釈 1] は、ウクライナ東部ルハンスク州の西部に位置するセヴェロドネツィク地区ラヨン)のである[4][2]

2020年7月のウクライナ最高議会の立法による地方自治体行政区画改革が行われるまでは、ラヨンに属さずラヨンと同格な州内主要都市英語版の地位を与えられていたが、改革によって州内主要都市制度は廃止され、同時にセヴェロドネツィク地区に組み込また[2][5][6]。また同地区及びその下位行政区分であるセヴェロドネツィク・フロマーダのそれぞれの行政中心地として制定された[2][7]。州の行政の中心であるルハンスクから北北西約110 km (68 mi)のドネツ川流域に位置しており、同規模の双子都市リシチャンシクを同川を挟んで対岸に臨む[4]

概要

ウクライナ紛争の間、ドネツィク州が行政機能をクラマトルシクに一時的に移管しているように、ルハンスクは自称「ルガンスク人民共和国」に実効支配されているためウクライナ政府の管理が届かず、ルハンスク州は州行政庁をセヴェロドネツィクへ臨時に移管している[8][9]。クラマトルシクもルハンスクも未だそれぞれの州の法律上(デ・ジュリ)の行政中心地となっている。

人口は2021年推計で約101,135人となっている[3]

セヴェロドネツィクにはいくつかの工場と、重要かつ巨大な化学製造センターで窒素肥料を製造している アゾト英語版化学工場がある[10][11][注釈 2]。市の約6キロ南にはセヴェロドネツィク空港があるが、2022年6月時点では長らく閉鎖されている[12][13]

2022年のロシアによるウクライナ侵攻ではロシア軍の攻撃を受け、2022年6月25日に制圧された[14]

町はドネツ川にちなんでドネツ (Donets, Donetz, Donez) として古地図に登場する。

現代のセヴェロドネツィクの基礎は、1934年のリシチャンシク市境界内でのリシチャンシク窒素肥料工場の建設開始と密接に関係している。ドネツ自体は既にリシチャンシクに合併されていた。工場建設現場の最初の労働者集落は ドネツ近隣のLiskhimstroiであった。1935年の9月には集落最初の学校が開校し、ケイ酸塩レンガ工場が生産を開始し、3棟の最初の二階建て住宅が建設された。1940年のLiskhimstroiには、47の住宅、学校、クラブ、幼稚園、保育園、化学企業合同の10棟のビルが存在していた。

第二次世界大戦中の1942年7月11日、 Liskhimstroiはドイツ国防軍によって占領されたが、1943年2月1日に赤軍によって解放された。1943年12月10日には、リシチャンシク窒素肥料工場を復興及び拡張する作業が始まった。1946年までには、17,000平方メートルに及ぶ戦前の住宅戸数は完全に復興した。

1950年、Svetlograd、Komsomolsk-on-Donets、Mendeleevsk、そしてSievierodonetskという4つの異形からなるLiskhimstroiの新名称が提案された。同年、Liskhimstroiはシヴェルスキードネツ(川)[注釈 3]にあやかったセヴェロドネツィクへ改名し、また都市型集落の地位を獲得した。1951年1月1日、化学工場は最初の硝酸アンモニウムの生産物を製造した[15]

市内では地元紙が1965年4月から発行されている[16]


人口統計

人口推移
人口±%
19395,000—    
195933,200+564.0%
197090,000+171.1%
人口±%
1975107,000+18.9%
1991131,000+22.4%
2009121,000−7.6%


2001年の国勢調査による市内の住民の民族構成は以下の通りである[17]

経済

化学製品

スポーツ

2012年2月19日、最初のバンディ・ウクライナチャンピオンシップはセヴェロドネツィクで開催され、地元チームのアゾト・セヴェロドネツィク英語版 が優勝した[19]

著名な住人

ギャラリー

脚注

注釈

  1. ^ ラテン文字表記にも揺れがありSievierodonetskSieverodonetskSeverodonetskなどと記される。
  2. ^ アゾトは窒素の意味。
  3. ^ シヴェルスキーは川という意味。シヴェルスキードネツでドネツ川の意味となる。

出典

  1. ^ 日本放送協会 (2022年6月8日). “ウクライナ東部 ロシア軍攻勢強めるも将軍戦死 一部で苦戦か”. NHKニュース. 2022年6月10日閲覧。
  2. ^ a b c d e f Нові райони: карти + склад”. Міністерство розвитку громад та територій України. 2022年5月14日閲覧。
  3. ^ a b Чисельність наявного населення України на 1 січня” (PDF) (ウクライナ語). Державна служба статистики України (2021年). 2022年5月4日閲覧。
  4. ^ a b c 渡辺晋 (2022年5月28日). “ウクライナ軍の撤収、東部ルハンスク州知事が言及…退路なくなる前に戦略的な判断示唆か”. 読売新聞オンライン. 2022年5月28日閲覧。
  5. ^ чи залишаються міста обласного значення чи будуть також реорганізовані (ліквідовані) та створені нові райони”. decentralization.gov.ua. 2022年5月27日閲覧。
  6. ^ Сєверодонецьк - Луганська область”. decentralization.gov.ua. 2022年5月28日閲覧。
  7. ^ Луганська область - Громади”. decentralization.gov.ua. 2022年5月28日閲覧。
  8. ^ “Kikhtenko to move Donetsk administration to Kramatorsk and to leave power structures in Mariupol”. Dzerkalo Tyzhnia media. http://mw.ua/UKRAINE/kikhtenko-to-move-donetsk-administration-to-kramatorsk-and-to-leave-power-structures-in-mariupol-119_.html 
  9. ^ "In Severodonetsk, Petro Poroshenko presented Luhansk RSA Head Hennadiy Moskal". President of Ukraine, official website. 2015年3月18日時点のオリジナルよりアーカイブ
  10. ^ 攻撃受ける化学工場の地下防空壕に800人避難、ウクライナ”. CNN.co.jp (2022年6月4日). 2022年6月12日閲覧。
  11. ^ a b プーチン氏、西側の長距離兵器供与について警告 ウクライナ内の標的拡大と 英は提供発表」『BBCニュース』2022年6月6日。2022年6月10日閲覧。
  12. ^ Sievierodonetsk Airport (UKCS | SEV) at Great Circle Mapper
  13. ^ Мостова, Яна (2016年6月14日). “Аеропорт Сєвєродонецька: як занедбане летовище зробити повітряною брамою (ФОТО) – новини Сіверськодонецька” (ウクライナ語). www.depo.ua. 2022年6月13日閲覧。
  14. ^ セベロドネツク市「ロシア軍が制圧」市長認める 医薬品も不足:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2022年6月25日閲覧。
  15. ^ Severodonetsk city, Ukraine trek”. ukrainetrek.com.
  16. ^ № 2910. Коммунистический путь // Летопись периодических и продолжающихся изданий СССР 1986 - 1990. Часть 2. Газеты. М., «Книжная палата», 1994. стр.382
  17. ^ Дністрянський М. С. Етнополітична географія України. Львів: Літопис, 2006. С.465.
  18. ^ Russians attacked Severodonetsk 11 times with artillery, Azot chemical plant set alight” (英語). Ukrayinska Pravda. 2022年5月24日閲覧。
  19. ^ Ukrainian national and regional competition”. UFBR official website. 2013年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月4日閲覧。

外部リンク