スコット・アッチソン

スコット・アッチソン
Scott Atchison
阪神タイガース時代(2008年7月10日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州デントン郡デントン
生年月日 (1976-03-29) 1976年3月29日(48歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1998年 MLBドラフト49巡目
初出場 MLB / 2004年7月31日
NPB / 2008年4月1日
最終出場 MLB / 2015年6月22日
NPB / 2009年10月9日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • クリーブランド・インディアンス (2018 - 2019)

スコット・バーハム・アッチソンScott Barham Atchison, 1976年3月29日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州デントン郡デントン出身の元プロ野球選手投手)、野球指導者。右投右打。

経歴

プロ入り前

高校時代の1994年MLBドラフト36巡目(全体1001位)でシアトル・マリナーズから指名されるが、契約せずにテキサスクリスチャン大学へ進学した。

プロ入りとマリナーズ時代

1998年MLBドラフト49巡目(全体1423位)で再びマリナーズから指名され、プロ入り。

2004年7月31日のアナハイム・エンゼルス戦でメジャーデビュー。

ジャイアンツ時代

2006年オフにサンフランシスコ・ジャイアンツへ移籍した。メジャー時代はすべてリリーフ登板で、2007年は7月にメジャーに昇格し、22試合に登板した。

阪神時代

2007年オフにマイナー行きの通告を拒否してFAとなる。その後ボストン・レッドソックスとマイナー契約を結ぶが、その直後に、セス・グライシンガーの獲得に失敗していた阪神タイガースがその代役として獲得に動き、レッドソックスから契約を譲渡される形で阪神に入団した。球速は150 km/hに満たないものの制球力で勝負するタイプという触れ込みで、マリナーズ時代に同僚だった城島健司からも評価されていた[1]

移籍初年度の2008年シーズン序盤は先発の柱と期待され、開幕から登板3試合連続勝利を果たした。これはトレイ・ムーアと並び球団の助っ人開幕連続試合勝利のタイ記録であった。しかし、6月14日の千葉ロッテマリーンズ戦(千葉マリンスタジアム)での先発登板では、2本塁打を含む8安打を浴びる8失点の乱調で3回を投げきらせてもらえぬケースがあったなど、シーズンの中盤になると、当時監督の岡田彰布評で「先発をさせても80 - 90球になるとガタッと球威が落ちる」[2]など調子を崩し二軍落ち。夏の段階でも二軍でボークを連発するなど苦しんでいた。8月に入ってからはリリーフに転向し、約1ヶ月半無失点を続けた。

2009年は他の中継ぎ陣の調子が上がらない中、藤川球児勝利の方程式を組み、両リーグ最多の75試合に登板。ジェフ・ウィリアムスが持つ外国人投手のシーズン最多登板記録に並んだ。防御率1.70および30ホールドの成績を収め、被打率は対左打者・右打者ともに1割台だった。勝ち試合の7回・8回の2イニングを投げることも多く、中継ぎながら90イニングを投げた。7月14日からシーズン終了まで藤川と揃って登板した試合は22連勝と、全く負けを許さない方程式を築いた。シーズン終了後、クレイグ・ブラゼルとともに球団から契約更新を打診されたが、自身のメジャー志向と、家族が日本での生活に馴染めなかったことなどの理由で退団を希望。残留を望み、粘り強く説得に当たった球団もアッチソンの意思を尊重し、11月6日、正式に退団が発表されて自由契約となった。

レッドソックス時代

ボストン・レッドソックス時代
(2010年7月15日)

2009年12月8日、レッドソックスとメジャー契約を結んだ。2010年は3年ぶりの米球界復帰となった。

2012年は42試合登板で防御率1.58と活躍したが、右肘の故障と36歳の年齢がネックとなり、同年限りで退団。

メッツ時代

ニューヨーク・メッツ時代
(2013年4月1日)

2013年1月29日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結んだ。4月初めから中継ぎとしてメジャーで登板。オフの12月2日にFAとなった。

インディアンス時代

クリーブランド・インディアンス時代
(2014年9月4日)

2014年1月6日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだ[3]。3月30日にインディアンスとメジャー契約を結んだ[4]。 6勝をあげ70試合に登板した。シーズン途中には、抑え候補にもなった。

2015年6月23日にDFAとなり[5]、28日に自由契約となる。

ツインズ傘下時代

2015年7月2日にミネソタ・ツインズとマイナー契約を結ぶが、15日に自由契約となる。

引退後

2016年1月14日、現役引退を発表[6]。同時に、インディアンスのスカウト兼投手コーチ補佐[注 1]に就任することも発表された[6]

2018年からはインディアンスのブルペンコーチとなり[9]2019年まで同職を務めた[10]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2004 SEA 25 0 0 0 0 2 3 0 2 .400 133 30.2 29 4 14 2 0 36 2 0 12 12 3.52 1.40
2005 6 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 27 6.2 7 1 1 0 0 9 0 0 5 5 6.75 1.20
2007 SF 22 0 0 0 0 0 0 0 5 ---- 131 30.2 32 5 10 0 1 25 2 0 14 14 4.11 1.37
2008 阪神 42 12 0 0 0 7 6 0 18 .538 436 104.2 104 9 26 1 2 85 1 3 50 43 3.70 1.24
2009 75 0 0 0 0 5 3 0 30 .625 338 90.0 60 3 20 1 1 81 0 1 20 17 1.70 0.89
2010 BOS 43 1 0 0 0 2 3 0 7 .400 253 60.0 58 9 19 2 1 41 4 0 37 30 4.50 1.28
2011 17 0 0 0 0 1 0 1 0 1.000 122 30.1 31 0 6 0 2 17 2 0 11 11 3.26 1.22
2012 42 0 0 0 0 2 1 0 5 .667 200 51.1 42 2 9 3 0 36 2 0 10 9 1.58 0.99
2013 NYM 50 0 0 0 0 3 3 0 10 .500 194 45.1 45 4 12 0 0 28 5 0 27 22 4.37 1.26
2014 CLE 70 0 0 0 0 6 0 2 14 1.000 280 72.1 60 4 14 4 0 49 1 0 24 22 2.75 1.03
2015 23 0 0 0 0 1 1 0 3 .500 87 19.2 23 6 4 0 1 12 3 0 15 15 6.86 1.37
MLB:9年 298 1 0 0 0 17 11 3 46 .607 1427 346.2 327 35 89 11 5 253 21 0 155 140 3.63 1.20
NPB:2年 117 12 0 0 0 12 9 0 48 .571 774 194.2 164 12 46 2 3 166 1 4 70 60 2.77 1.08
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



投手(P)












2004 SEA 25 2 6 0 1 1.000
2005 6 1 0 0 0 1.000
2007 SF 22 2 6 0 1 1.000
2010 BOS 43 7 6 0 1 1.000
2011 17 2 3 1 0 .833
2012 42 8 10 0 0 1.000
2013 NYM 50 5 13 1 0 .947
2014 CLE 70 5 13 1 1 .947
2015 23 1 2 0 0 1.000
MLB 298 33 59 3 4 .968

記録

NPB投手記録
  • 初登板・初先発・初勝利:2008年4月1日、対広島東洋カープ3回戦(広島市民球場)、6回6安打2失点
  • 初奪三振:同上、1回裏に天谷宗一郎から見逃し三振
  • 初ホールド:2008年8月20日、対広島東洋カープ16回戦(広島市民球場)、7回裏に2番手で救援登板、2回無失点
NPB打撃記録

背番号

  • 57(2004年 - 2005年)
  • 52(2007年)
  • 27(2008年 - 2009年)
  • 48(2010年 - 2012年、2014年 - 2015年、2018年)
  • 50(2013年)
  • 88(2019年)

登場曲

脚注

注釈

  1. ^ MLB公式ページによる肩書は"Major League Advance Coach and Staff Assistant"となっている[7][8]

出典

  1. ^ アッチソンと契約合意、マ軍城島も太鼓判 日刊スポーツ大阪版、2007年12月20日。
  2. ^ 『なぜ阪神は勝てないのか? 〜タイガース再建への提言』(江夏豊との共著)P.45
  3. ^ “Indians invite RHP Scott Athison to Major League camp”. MLB.com Indians Press Release. (2014年1月6日). http://cleveland.indians.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20140106&content_id=66354226&vkey=pr_cle&c_id=cle 2014年1月7日閲覧。 
  4. ^ Indians set Opening Day roster” (英語). MLB.com Indians Press Release (2014年3月30日). 2014年3月31日閲覧。
  5. ^ Jordan Bastian (2015年6月23日). “Indians designate Atchison, recall Adams” (英語). http://m.indians.mlb.com/news/article/132411082/indians-designate-scott-atchison-recall-austin-adams 2015年6月28日閲覧。 
  6. ^ a b “元阪神・アッチソン引退 米でスカウトに”. デイリースポーツ. (2016年1月15日). https://www.daily.co.jp/newsflash/tigers/2016/01/15/0008723006.shtml 2016年1月15日閲覧。 
  7. ^ Coaching Staff | indians.com” (英語). MLB.com. 2016年1月26日閲覧。
  8. ^ "Indians add Mike Barnett and Scott Atchison to Major League coaching staff" (Press release) (英語). MLB.com (Cleveland Indians). 14 January 2016. 2016年1月26日閲覧
  9. ^ “Indians name Scott Atchison bullpen coach” (英語). MLB.com Indians Press Release. (2017年11月2日). http://m.indians.mlb.com/news/article/260509392/indians-name-scott-atchison-bullpen-coach/ 2017年11月13日閲覧。 
  10. ^ Paul Hoynes (2019年10月2日). “Cleveland Indians quick hits: Corey Kluber’s option exercised, Scott Atchison fired and more” (英語). Cleveland.com. 2019年11月19日閲覧。

関連項目

外部リンク