スイレン科(スイレンか、学名: Nymphaeaceae)は、被子植物のスイレン目に属する科の1つであり、池沼など淡水域に生育する水草が含まれる。コウホネ属、バルクラヤ属、スイレン属、オニバス属、オオオニバス属の5属[注 1]約60種が知られており、世界中に分布し、観賞用に栽培されているものも多い。
地下茎から葉柄を伸ばし、ふつう円形から楕円形の葉身が水中、水面または水上で展開する(図1a)。また地下茎から長い花柄を伸ばし、ふつう水面か水上で比較的大きな花が咲く(図1a, b)。萼片は4–6枚、花弁と雄しべはふつう多数でしばしば連続的にらせん状についており、また多数の心皮が合着して1個の雌しべを形成している。
古くはハスやジュンサイもスイレン科に分類されることが多かったが、2020年現在ではふつうこれらは別科 (それぞれハス科、ハゴロモモ科) に分類される。特にハスは真正双子葉類に属し、スイレン科とは系統的に大きく異なることが明らかとなっている。また古くは、コウホネ科、バルクラヤ科、オニバス科を別科として分けることもあったが、2020年現在ではこれらはスイレン科にまとめられる。
スイレン科の植物は水生植物であり、多くは多年生であるが、一年生の種もいる (オニバスなど)[4][6]。基本的に茎は地下茎のみであり、ここから直接葉を伸ばし、また地下茎の節からは不定根が生じている[7][3][5] (上図2a, b)。発達した水中茎をもたない点で、近縁のハゴロモモ科とは異なる。根の維管束における木部は多原型 (多数の原生木部をもつ) である[5]。茎の維管束は散在する[3][4][6]。節は3葉隙3葉跡性[8]。
葉は地下茎に互生で螺生し、単葉で芽内形態は内巻き[3][4][5] (図5)。葉は円形、楕円形、心形、矢じり形などであり、ふつう基部が切れ込むが、ときに葉柄が葉の裏面中央付近につく (楯状)[7][3][6] (上図2a, b)。ときに托葉をもつ[4]。葉は沈水葉、浮水葉または抽水葉となる[7][3][6] (上図2b–d)。葉脈は掌状 (放射状) または羽状[3]。気孔は葉の向軸面 (表側) に存在し、stephanocyticまたは不規則型[8]。しばしばアルカロイドをもつが、ベンジル・イソキノリン型のものを欠く[3]。ミリセチンやセスキテルペン、エラジタンニン、ガロタンニンをもつ[5][8]。精油を欠く[8]。師管の色素体はS-type (デンプン粒を含む)[8]。通気組織が発達し、またときに乳管をもつ[3][4][6]。粘液質の分泌毛をもつことがある[3]。ふつう星状の異形細胞 (astrosclereid) をもつ[3][5] (下図3)。
花は両性花、放射相称、大型であり、地下茎から生じた長い花柄の先に1個ずつつき、ふつう水面上または水上に抜け出て開花する[7][3][4][5][6] (上図2a, b, 4a, b)。花柄は地下茎の葉腋から、または葉と互生して生じる[8]。ふつう萼片と花弁が分化している[7] (上図4a, b)。萼片は4–12枚、離生、ときに花弁状 (コウホネ属; 上図4a)[7][3][4][6]。花弁はふつう多数、ときにらせん状につく (図4c, 5)[7][3][4]。花弁はふつう離生するが、バルクラヤ属では合着して筒状になる[9]。雄しべ (雄蕊) は多数が離生し、螺生で花弁と連続的または輪生する[7][3][6] (図4a, c, e, 5)。雄しべの花糸は扁平で葉状から糸状、3本の維管束をもつ[7][3][4][8] (図4a, c, 5)。葯はそれぞれ2花粉嚢を含む2個の半葯からなり、ふつう内向、縦裂開する[4][6][8] (図4a, c, 5)。花粉嚢のタペート組織はアメーバ型または分泌型[5]。小胞子形成は同時型[5]。花粉粒はふつう単溝粒または明瞭な発芽孔を欠く[7][3]。最内側 (ときに最外側も) の雄しべはしばしば仮雄蕊 (花粉を形成しない雄しべ) になる[3][5]。心皮は嚢状、数個〜多数が輪生し、合着して1個の雌しべ (雌蕊) となり、子房内は心皮数の部屋に分かれている[7][3][4][5][6][8] (図4a, d, 5)。雌しべは明瞭な花柱を欠き、頂端は柱頭盤となる[7][3][6] (図4a, 5)。柱頭は線状であり、心皮数と同数の柱頭が放射状に配置している[7][3] (上図4a)。ときに柱頭盤の外側が突出し、偽柱頭とよばれる突起となる[3][6] (上図4c)。子房は上位 (コウホネ属)、中位 (スイレン属; 図4e, 5) または下位 (オニバス属など; 上図4b)[7][6]。胚珠は1心皮あたり3個から多数、面生胎座であり、子房室の内面全体、または背縫線上に胚珠がつく[7][5][6] (上図4d)。胚珠はふつう倒生胚珠 (バルクラヤ属では直生胚珠)、厚層珠心性、珠皮は2枚で珠孔は両珠皮性または内珠皮性[7][3][8][10]。胚嚢は4細胞性 (1個の卵細胞、2個の助細胞、1個の1核中央細胞)[8]。雌性先熟であるが、自家受粉するものもいる[3][11][12]。蜜腺は欠如、または仮雄蕊上に存在し、またときに柱頭が昆虫を誘引する液を分泌する[3]。果実は液果状または蒴果状であり、不規則に裂開する[7][3][6] (図4e, 5)。種子はふつう蓋をもち、しばしば仮種皮で覆われる[7][3][6][10]。胚乳 (内乳) は複相であるが、しばしば退化し、デンプンを蓄積した周乳 (胚珠において胚嚢内ではなくそれを囲む珠心に養分が貯蔵された構造) が発達する[3][6]。胚は小さく、子葉は2枚だがしばしば合着している[6][8]。
南北アメリカ、ヨーロッパから東アジア、東南アジア、南アジア、オーストラリア、アフリカなど世界中の熱帯域から亜寒帯域に広く分布する[5]。
湖沼や水路、河川など浅い淡水域に生育する水生植物であり、多くは水底に根を張り水面に葉を浮かべる浮葉植物であるが、一部は沈水植物 (葉は水中のみ) または抽水植物 (葉が水上に抜け出る) になる[7][3][4] (図6)。
花は昼に開花する種と夜に開花する種がおり、基本的に雌性先熟 (雌しべが先に成熟し、その後に雄しべが成熟して花粉を放出することで自家受粉を避ける) の虫媒花であるが、自家受粉で種子を形成するものもいる[11][9]。また閉鎖花 (開花せずに自家受粉を行う花) をつける種もいる (オニバスなど)[9][13]。種子はふつう仮種皮の存在によって水面上を浮遊し、水流や水鳥などによって散布されるものが多い[9]。
スイレン属は花が大きく美しいため古くから人間と深く関わっており、古代エジプトやマヤ文明で意匠に用いられ[9] (下図7a)、またクロード・モネはスイレンの絵を数多く描いたことが知られている (下図7b)。スイレン属のさまざまな種が観賞用に広く栽培され、また園芸品種も多数作出されている[3]。コウホネ属やバルクラヤ属の種も観賞用に利用されることがある[3][9]。南米原産のオオオニバス属は巨大な葉をもつことでよく知られており、植物園の温室などで栽培される[3] (下図7c)。
一部の種の地下茎や種子は、食用とされることがある[4][14] (上図7d)。また生薬として利用されるものもある[15][16][17]。
スイレン科は古くから認識されていた植物群であり[注 2]、不特定多数の花要素 (花被片、雄しべ、心皮) をもつこと、これらがしばしばらせん状についていることなどの特徴から、20世紀には原始的な植物群の1つであると考えられるようになった。新エングラー体系では、スイレン科は同様な特徴をもつキンポウゲ目に分類されていた[18]。その後のクロンキスト体系では、類似した特徴をもつ水生植物であるハス科やハゴロモモ科 (新エングラー体系ではいずれもスイレン科に含められていた) などとともにモクレン亜綱のスイレン目に分類され、"原始的"な被子植物の一群として認識されていた[19]。
またスイレン科の植物は茎の維管束が散在している点で単子葉植物に類似しており、系統的に関連がある可能性も示唆されていた[20]。とくに単子葉植物の中の初期分岐群と考えられていたオモダカ科なども水生植物であり、スイレン科との類縁関係が議論されていた[21]。
やがて20世紀末以降の分子系統学的研究により、スイレン科は被子植物の中で極めて初期に他と分かれたグループであることが明らかとなった。スイレン科はハゴロモモ科の姉妹群であり、さらにこの姉妹群がヒダテラ科であることが示されており、この3科は、スイレン目としてまとめられている[22]。2020年現在では、現生被子植物の中でアンボレラ目が最初に分岐し、次にこのスイレン目が分岐したと考えられることが多い[5][23][24]。
古くは、ハス属 (図8a) やハゴロモモ類 (ハゴロモモ属とジュンサイ属; 図8b) はそれぞれハス亜科、ハゴロモモ亜科としてスイレン科に含められることが多かった[21] (新エングラー体系など; 下表1)。しかし2020年現在では、ハス属はスイレン属などとは系統的に極めて縁遠いことが明らかとなっており、ハス科として真正双子葉類ヤマモガシ目に分類されている[22]。ハゴロモモ類はスイレン属などに近縁であることが明らかとなっているが、一般的に両者は姉妹群の関係にあると考えられており、花被片や雄しべ、雌しべの特徴が異なる (同花被花であり花要素は3数生で輪生、離生心皮) ことから、ハゴロモモ科 (またはジュンサイ科) として別科に分類されることが多い[5]。ただし分子系統学的研究からは、ハゴロモモ科の2属がスイレン科の中に含まれる可能性も否定できないとされる[25]。一方、コウホネ属、バルクラヤ属、オニバス属+オオオニバス属をそれぞれ別科 (コウホネ科、バルクラヤ科、オニバス科) とすることもあったが[26][27]、2020年現在では、ふつうこれらは全てスイレン科にまとめられている[5]。
スイレン科の中では、コウホネ属が最初に分岐したと考えられており (下図9)、子房上位などの特徴 (他の属は全て子房中位から下位) もこれを支持している。この系統関係に基づき、コウホネ属をコウホネ亜科、残りの属 (バルクラヤ属、スイレン属、オニバス属、オオオニバス属) をスイレン亜科に分類することがある[5]。スイレン亜科の中ではバルクラヤ属が最初に分岐したと考えられている (下図9)。残りの3属の関係は不明瞭な部分もあるが、スイレン属が側系統群であり、オニバス属+オオオニバス属がその中に含まれることが示唆されている[25][28] (下図9)。
2020年現在、スイレン科には5属60種ほどが知られている[5](下表2)。ただし上記のようにオニバス属 (1種) とオオオニバス属 (3種) は系統的にスイレン属に含まれる可能性があることが示されており、これらをスイレン属に移すことが提唱されている[5]。またほかにスイレン科に分類されていた属としてオンディネア属があるが、本属は明らかにスイレン属 (Anecphya 亜属) に含まれことが示されている[28]。
コウホネ属
バルクラヤ属
スイレン属 Nymphaea 亜属
スイレン属 Anecphya 亜属 (オンディネア属を含む)
スイレン属 Brachyceras 亜属
スイレン属 Hydrocallis 亜属
スイレン属 Lotos 亜属
オニバス属
オオオニバス属
ブラジル北東部の白亜紀アプチアン期の地層から報告されている Jaguariba や、ポルトガルのアプチアン期からアルビアン期の地層から報告されている Monetianthus は、スイレン科に関係する植物であると考えられている[5]。また北米の白亜紀チューロニアン期から報告されている Microvictoria は、花の大きさが1/10ほどであることを除いて現生のオオオニバス属に類似している[5][30]。
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