カルボニル化合物の酸化還元による酸化数の変化
有機化学 におけるカルボニル還元 (カルボニルかんげん、英 : carbonyl reduction )は、カルボニル 化合物を還元剤 によって還元 する有機反応 である。
典型的なカルボニル化合物としてケトン 、アルデヒド 、カルボン酸 、エステル 、酸ハロゲン化物 などがある。カルボン酸やエステル、酸ハロゲン化物は還元剤の強さによってアルデヒド や第一級アルコール に還元される。アルデヒドやケトンはそれぞれ第一級、第二級アルコールに還元される。脱酸素化 (英語版 ) ではアルコールがさらに還元され、酸素が取り除かれてアルキル基となる。
ホウ素 やアルミニウム をベースとした金属水素化物 は還元剤としてよく用いられる。接触水素化 もカルボニル還元のために重要な反応である。水素化物が知られるようになる前は、金属ナトリウム とアルコールの混合物を使う[ 1] [ 2] ブーボー・ブラン還元 によってエステルの還元が行われていた[ 3] [ 4] [ 5] 。
カルボン酸とその誘導体、ケトン、アルデヒド、アルコール
ヒドリド還元
反応機構
金属水素化物 による還元の反応機構 はヒドリド(水素化物)イオンがカルボニル炭素に求核付加反応 しているというものである。いくつかの場合、Li+ などアルカリ金属 のカチオン がカルボニル基の酸素原子に配位し、カルボニル基の求電子性 を高めることで活性化する。
カルボン酸誘導体の還元では、水素化アルミニウムイオン による還元のあと脱離反応 によってアルデヒドが得られる(その後もう一度還元反応が起こり、アルコールまで還元される場合もある)。
水素化アルミニウムイオンによるアルデヒドやケトンの還元では反応物がアルコキシド に変換される。還元反応が終了したあと、アルコキシドがプロトン化 され、アルコールが得られる。
カルボニル基の反応性の傾向
異なるカルボニル化合物における共鳴構造 をもっとも反応性の低い(安定な)極限構造 から反応性の高い(不安定な)極限構造まで並べた図
ケトンは立体効果 がアルデヒドより大きく、アルキル基 が電子を供与 してC=O の部分正電荷 (英語版 ) を安定化するので、アルデヒドより反応性が低い[ 6] 。ゆえに、アルデヒドはケトンより還元されやすく、穏やかな条件・弱い還元剤でも還元される。カルボン酸とエステルには酸素原子が2つ存在するため、孤立電子対 からの電子供与により正電荷がさらに安定化される。酸ハロゲン化物はハロゲンの電子供与性が低いので、もっとも不安定である[ 7] 。
酸ハロゲン化物、ケトン、アルデヒドは還元されやすい化合物だが、カルボン酸やエステルを還元するには強い還元剤が必要である。
金属水素化の反応性
金属ヒドリドを用いる場合、還元剤の強さは4つの因子によって決まる。1つは対イオン (英語版 ) がカルボニル基の酸素に配位することでどれだけ活性化されるかである。リチウムはナトリウム より小さく求電子性が高いので、カルボニルにより強く配位する[ 8] 。Mg 、Al 、Zn など+2以上の電荷 を取れるカチオンもNa+ より強くカルボニル基を活性化する[ 9] 。
2つめは中心金属が還元剤の強さに与える影響である。アルミニウムはホウ素 より大きいのでヒドリドとの結合はホウ素より弱い。このため求核攻撃をしやすく、ボロンヒドリド より還元力が強い[ 10] 。3番目のファクターとして置換ヒドリドにおける立体効果がある。置換基のあるヒドリドはそうでない金属ヒドリドに比べ求核性が低い。例えばトリ酢酸水素化ホウ素ナトリウム (英語版 ) (NaBH(OAc)3 )はケトンとは反応しないのでアルデヒドの選択的還元に使われる[ 11] 。
4つめは基質が還元剤に与える影響である。アセトキシ基 は立体障害 と電子求引性 のためトリ酢酸水素化ホウ素ナトリウム (NaBH(OAc)3 ) による還元を阻害する。シアノ基 も還元剤に対して立体障害が大きいが、水素化トリエチルホウ素リチウム など電子供与基を持った還元剤を使うことで、望まない転位反応 が起こることを避けることができる。
この基質効果により、NaBH3 CNは通常のpH (>4) で還元作用が著しく低くなる。そのためこの化合物を使って還元的アミノ化を行う場合、下のように反応させるのが望ましい。
カルボニル基とアミン は脱水素化してイミニウム イオン中間体を生成し、これが還元的アミノ化により目的物のアミンとなる。
比較的弱い還元剤としてケトンをアルコールに還元する際は水素化ホウ素ナトリウム が一般的に用いられる。これはLAH などは官能基許容性が低く、ニトロ基 やニトリル、エステルなど様々な官能基を還元してしまうからである。またLAHと違いエタノールや水を溶媒として用いることができる点も特長である[ 12] 。LAHやDIBAL-H 、L-セレクトリド (英語版 ) 、ジボラン 、ジアゼン や水素化アルミニウム などの強い還元剤はアルデヒドとケトンの両方を還元することができるが、活性が高いため毒性も高い[ 13] 。しかし、カルボン酸やエステルをアルコールに還元する場合はこれらの強い還元剤が必要となる。
下の表はどのカルボニル官能基がどの還元剤で還元されるかを示している。ただしいくつかの試薬は反応条件に依存する。
カルボニル基と還元剤の反応が起こる組み合わせ
カルボン酸誘導体からアルデヒドへの還元
金属ヒドリドを利用したカルボニル還元
カルボン酸誘導体からアルデヒドを合成するのは非常に難しい。NaBH4 などの弱い還元剤では還元反応がエステルやカルボン酸など比較的安定な化合物は還元されず、LiAlH4 のような強い還元剤ではアルコールまで還元されるからである[ 14] 。
酸塩化物はアルデヒドやケトンに比べれば不安定であるため、立体障害の大きなヒドリド供与体の存在下でアルデヒドを合成する際に比較的弱い還元剤と反応させると、アルデヒドが得られる。この還元剤としてはDIBAL-H がよく用いられる。しかし、DIBAL-Hも全てのカルボニル基を還元することができるので、アルデヒドで還元を止める場合1当量 の還元剤を低温で反応させる必要がある[ 15] 。LiAl(Ot -Bu)3 (LiAlH4 とt -BuOH から合成される)も同様の機構で、還元をアルデヒドで止めることができる[ 16] 。
代替法
カルボン酸誘導体の還元をアルデヒドで止める反応として古くから知られているものに、嵩高いヒドリドと反応性の高いカルボニルを利用する方法がある。しかしこの方法は基質 の適用範囲が狭く、反応条件に大きく依存する。この反応の代替としてチオエステル を使った福山還元やワインレブアミド を利用したワインレブ還元などがある。またカルボニル基を接触水素化するローゼンムント還元 という反応も知られている。
チオエステルの福山還元
福山還元 では、カルボン酸がまずチオール 類の付加 によってチオエステルとなる(エステル 合成の反応に類似)[ 17] 。チオエステルはパラジウム 触媒下、シリルヒドリド (英語版 ) によってアルデヒドへと還元される。
ワインレブ反応 では、酸塩化物 がまずワインレブアミドに変換され、有機金属試薬と反応させることによってケトンができる。また水素化アルミニウムリチウムと反応させるとアルデヒドができる[ 18] 。
ワインレブアミドは求電子的なカルボニルが金属ヒドリドを経由して還元されるのではなく、安定なキレート を経由して還元される。そのためキレートの結合は下図に示すように一度しか還元されない。
ローゼンムント還元 は酸塩化物をパラジウム触媒・硫酸バリウム と気体の水素を用いて還元する方法である。表面積が小さいためオーバーリアクションが抑制されている[ 19] 。これより反応性の高い基質を用いる場合、触媒は硫黄を含むものなど毒性の高いものを用いる必要がある。
アルデヒド、ケトンとアルケン
ウォルフ・キシュナー還元 の反応機構
アルデヒドとケトンはアルコールだけでなくアルカンまで還元することもできる。この変換反応には強酸性下で起こるクレメンゼン還元 や強塩基性下で起こるウォルフ・キシュナー還元 およびその派生などが含まれる。例えばカリオティ (英語版 ) の開発した反応では、トシルヒドラゾン (英語版 ) とヒドリド供与体を利用することで、塩基を使わず穏和な条件下で反応を進めることができる[ 20] 。マイアーズによって報告された反応では、置換ヒドラジン をビス(tert-ブチルジメチルシリル )-ヒドラジンと室温下の穏和な条件で反応させ、速く かつ高収率で還元できる[ 21] 。
α,β-不飽和カルボニル化合物の反応
エノンとエナールの一例
α,β-還元 (共役還元 )では、エノン やエナール などα,β-不飽和カルボニル化合物が基質となる。
これらの基質を通常の還元剤で還元すると、1,2-還元によってアリルアルコール が生成する反応と1,4-還元によって飽和ケトン/アルデヒドが生成する反応が競合する。シクロへキセノン (英語版 ) をNaBH4 によって還元すると2つの生成物が想定される。前者が1,4-還元、後者が1,2-還元の生成物である[ 12] 。
より立体障害の大きな基質を用いた場合、1,2-還元が起こりやすくなる[ 12] 。さらに、NaBH4 とCeCl3 から合成されるCe(BH4 )3 をヒドリド源として利用してルーシェ還元 を行うとより選択的に1,2-付加体が得られる[ 22] 。
1,2-選択的に反応するヒドリド源としてZn(BH4 )2 も知られている。この化合物はカルボニルの酸素だけでなくその隣接原子にも配位するためジアステレオ選択性 が大きい[ 23] 。
立体選択性
ジアステレオ選択的還元
シクロヘキサノンの還元においては、ヒドリド源がアキシャル 位を攻撃してエカトリアル位にヒドロキシ基がつくか、エカトリアル位を攻撃してアキシャル位にヒドロキシ基が結合したアルコールができる。アキシャル位への攻撃(赤で示した)ではヒドリドが1,3-ジアキシャル相互作用 による反発を受ける。一方エカトリアル位の攻撃ではヒドリドは相互作用を受けることがないが、新しくできたアルコールが基質と水素原子が反応中間体 がねじれひずみ (英語版 ) を受ける(アキシャル位にヒドロキシ基が結合したアルコールのニューマン投影式 で下に示した)。
LiBH(Me2 CHCHMe)3 などの嵩高い還元剤は1,3-ジアキシャル相互作用によってエカトリアル位への攻撃が優先する[ 12] 。NaBH4 などの小さい還元剤は1,3-ジアキシャル相互作用が小さいため、重なりによる相互作用 を避けるようにアキシャル位への攻撃が優先する。このように立体電子効果 も小さな還元剤でアキシャル位への攻撃が優先する理由となっている[ 24] 。しかし、基質がかさ高くなり、1,3-ジアキシャル相互作用も大きくなると還元剤が小さくてもアキシャル位への攻撃は好ましくなくなる[ 25] 。
不斉還元
プロキラル なケトンが還元されると、生じる第2級アルコールには不斉中心 が生じる。この立体制御を行う触媒がある。
不斉合成 におけるカルボニル還元の例として野依不斉水素化反応 (β-ケトエステルをルテニウム /BINAP 錯体を触媒として還元する)やコーリー・バクシ・柴田還元 (BH3 、プロリン の誘導体であるキラル触媒を利用)などがある
脚注
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