1873年、音楽出版社主ジョルジュ・アルトマン(Geroges Hartmann)の出資でコンセール・ナシオナル(Concert National)を組織した。オデオン座で開いた初回のコンサートはフランクのオラトリオ『贖罪』の世界初演であり、その時の合唱指揮はヴァンサン・ダンディであった。その年度の8回の演奏会では、ジュール・マスネのオラトリオ『マリー=マドレーヌ』、サン=サーンスの『チェロ協奏曲第1番』の初演や、ベルリオーズの『ファウストの劫罰』の23年ぶりの再演などを行った。それらは好評であったが赤字で、アルトマンが手を引いたため、1874年にシャトレ座にコンセール・シャトレ芸術協会(Association Artistique des Concerts du Chatelet)を興して演奏活動を続けた。