は行 (はぎょう)とは、日本語 の五十音 における第6番目の行を指す。仮名 「は 」「ひ 」「ふ 」「へ 」「ほ 」で構成される。どの仮名も、子音 と母音 から成る1音節 または1モーラ を表す。
漢語 や外来語 を除いた和語 においては、語頭以外(語中・語尾)でハ行の音が現れることは極めて少ない。これはハ行転呼 (後述 )と呼ばれる歴史的な現象により、かつてのハ行音がワ行 音へと遷移してしまっているからである。
清音
「は行」各音の頭子音の音素は/h/ である。音声学上の発音は「は」、「へ」、「ほ」の頭子音は無声声門摩擦音 [h] 、「ひ」の頭子音は無声硬口蓋摩擦音 [ç] 、「ふ」の頭子音は無声両唇摩擦音 [ɸ] である。明治以降に借用された外来語にみられる撥音や促音が、は行の前に来る場合(バッハ、シャンハイ等)には無声軟口蓋摩擦音 [x] となる場合もある。
「は行」の訓令式ローマ字 及び日本式ローマ字 表記は ha hi hu he ho、ヘボン式ローマ字 表記は ha hi fu he ho である。
助詞の「は」と「へ」は、「わ行 」音で発音する。また歴史的仮名遣い で、文節 のはじめ以外は「わ行 」音(ワヰウヱヲ)で発音される。これは、歴史的仮名遣いの表記がハ行転呼 以前の体系に従っているためである。
濁音
「は行」の各文字に濁点を付けた濁音 「ば行」音の頭子音の音素はすべて有声音に統一しており/b/ である。音声学上の発音は、文節 の頭および撥音 (「ん 」)の後では「ば」、「べ」、「ぼ」の頭子音は有声声門摩擦音 [ɦ] ではなく有声両唇破裂音 [b] 、「ぶ」の頭子音ももちろん有声両唇摩擦音 [β] ではなく有声両唇破裂音 [b] 、それ以外では有声両唇摩擦音[β] またはそれに近い音(閉鎖密着度の弱い有声両唇破裂音)であり(この場合、「ば」、「べ」、「ぼ」では有声声門摩擦音[ɦ] も含む)、「び」の頭子音は文節の頭および撥音 (「ん 」)の後では有声硬口蓋摩擦音 [ʝ] ではなく有声両唇硬口蓋破裂音 (英語版 ) [bʲ] 、それ以外では有声両唇硬口蓋摩擦音 (英語版 ) [βʲ] またはそれに近い音(この場合、有声硬口蓋摩擦音[ʝ] も含む。閉鎖密着度の弱い有声両唇硬口蓋破裂音)である。したがって、「ば」、「び」、「ぶ」、「べ」、「ぼ」をは行を有声化して発音するなら、単語の音節が2つ以上で、それらの頭子音が第2音節以降にあるかを探して、その単語を発音すれば良い。「ば行」のローマ字表記は日本式、ヘボン式ともに ba bi bu be bo である。
濁音「ば行」は、外来語の[v] (ドイツ語 ならw の場合が多い)を表すのに使われることがある。そのドイツ語でのq の文字は、ふつうqu とかqwという結合で用いられ、kwの綴りと同じ[kv] を表すため、「く」+「ば行」をくっつけて「くば」「くび」「くぶ」「くべ」「くぼ」を表すこともある。ヴ の記事を参照。
半濁音
「は行」の各文字に、半濁点を付けた半濁音 「ぱ行」音の頭子音の音素は/p/ である。音声学上の発音は「ぱ」、「ぷ」、「ぺ」、「ぽ」の頭子音が無声両唇破裂音 [p] である。但し息の量が少ない為、英語圏の話者には無声唇歯摩擦音 [f] のように聞こえる場合がある。「ぴ」の頭子音は無声両唇硬口蓋破裂音 [pʲ] である。
「ぱ行」のローマ字表記は日本式、ヘボン式ともに pa pi pu pe po である。
拗音
「は行」、「ば行」および「ぱ行」の「い段 」音を第1音とする開拗音、「ひゃ行」、「びゃ行」および「ぴゃ行」の頭子音はそれぞれ[ç] 、[ʝ] および[pʲ] ではなく[ç] 、[bʲ] および[pʲ] であり 、その実際の発音はそれぞれ「ひ」、「び」および「ぴ」の頭子音と同一である。「ひゃ行」、「びゃ行」および「ぴゃ行」のローマ字表記はそれぞれ日本式、ヘボン式ともに hya hyu hyo、bya byu byo、pya pyu pyo である。
外来語の表記
「ファ」「フィ」「フェ」「フォ」は、「外来語の表記 」第1表に示される仮名である。おもに唇歯摩擦音 [f] の音写に用いる。日本語では「ふ」の頭子音[ɸ] と母音「あ 」「い 」「え 」「お 」と組み合わせた音で発音される。「フュ」は「外来語の表記 」第2表に示される仮名である。[fju] の音写に見られる。日本語では、話者によって、「ひゃ行」の頭子音[ç] や、口蓋化した「ふ」の頭子音[ɸʲ] 等と、「う 」を組み合わせた音で発音される。
音韻史
清音と半濁音
ハ行 の子音は、遠い上古 の時代には [*p ] 音であった可能性が高いと言われている[ 1] 。
この音は語頭・語中を問わず頻繁に出現するものだったが、その出現位置(環境)によってそれぞれに異なる変化をたどることとなったため、これを分別して考えるとわかりやすい。
語頭では
定説として、奈良時代 には [ɸ ] 音(ファフィフフェフォのような音)になっていたとされる[ 2] 。 [ɸ] 音はその後長く続いた。 17世紀初めにポルトガル人らによって編纂された『日葡辞書 』を見ると、「母」は faua または fafa [ 3] 、「人」は fito、「花」は fana というように、ハ行の音写に f を用いていて、[ɸ] 音であったことを示す確実な証拠のひとつとされている。
その後、江戸時代 前期にもう一段の唇音退化 を生じ、「フ」以外は唇音性を完全に失い、「ハヒフヘホ」を以て [ha çi ɸɯ he ho ] と記述されるような、現在の音形が出来上がっていった。
「ン」や「ッ」の後では
平安時代 になると漢字音 を描写する必要から、撥音「ン」や促音「ッ」といった音が新たに日本語に取り込まれた。これ以降、撥音や促音の後にハ行音が来るケース(たとえば「憲法」「説法」など)では、自然とハ行音を [p] 音で発音するようになったと考えられる。
これらの [p] 音は当初は /f / の異音 であった可能性が高いが、やがて独立の音素 /p/ 、すなわち「半濁音 」としての地位を獲得していった。 同時に、とくに「促音+ハ行音」の形は和語 にも広まり、やがて、「葉っぱ」「しょっぱい」「ひっぱる」「すっぽり」「~っぽい」など後の日常語にはばひろく使われていくこととなった。
こうした変遷の一例を挙げるなら、たとえば「あはれ」(あわれ) /af are/ という語は、当初は [aɸare] のように発音されたと考えられるが、促音が一般化すると、感極まったような時に現れる音の“溜め”が促音 /q / として固定され、さらにその影響で [ɸ] から変化した後続音 [p] が /p/ として独立して、「あっぱれ」 /aq pare/ という新しい語形が定着するに至っている。
その他の場所では
語頭と同様に奈良時代頃(または平安時代初めまで)に [ɸ] 音に転じたが、平安時代 から鎌倉時代 にかけてハ行転呼 と呼ばれる大規模な弱化現象を生じ、ワ行 へ合流するに至った。 その後はワ行に起きた変化を被り、「は」 /wa/ および「ふ」/*wu/ > /u/ は形を保ったものの、「ひ」 /wi/ 、「へ」 /we/ 、「ほ」 /wo/ はさらに唇音を失い、「イ、エ、オ」に合流して今に至っている。
なお、ハ行転呼が起きて以降も、綴りの上では長い間ハ行音が遺されていた。これはいわゆる歴史的仮名遣い というものであるが、たとえば「障り」「思う」「前」「遠し」を「さはり」「おもふ」「まへ」「とほし」などと書いたのは、遠く遡ればハ行音を用いていたことの名残であった。 今でも、助詞の「は」「へ」にだけはハ行の字が遺されている。
こうした各種の変化の結果、現在の大和言葉 においては、ハ行音は基本的に語頭(上記 1. のケース)にのみ現れるものとなっている[ 4] 。
濁音
いっぽうバ行 に関してはハ行よりずっと安定的で、こうした多様な変化を見ることもないまま [b ] 音を維持して今日に至っているとみられる。但し奈良時代 は、バ行子音の幾つかが 有声両唇破擦音 [b͡β] だったと推定する人もいる。
なお、一部の語彙ではバ行とマ行の間のゆらぎが見られる。「さびしい」に対する「さみしい」、「かぶる」に対する「こうむる」、「蛇」に対する方言の「へみ」、「薔薇」「茨」と、その古語にあたる「うまら」など。
音声学的な説明
「う段」音を除いては、「ば行」の頭子音は、音声学的には半濁音の「ぱ行」の頭子音と無声⇆有声の関係をとるが、清音の「は行」の頭子音とは関係がない。一方、有声両唇破裂音または有声両唇摩擦音で発音される濁音「ば」は半濁音「ぱ」または清音「ふぁ」の頭子音が有声化したもので、音声学の観点からは、濁音「ば行」と半濁音「ぱ行」あるいは「ふ」を含む清拗音「ふぁ行」が濁音(有声音)と清音(無声音)の関係にある。しかし、例えば「版」は連濁により「はん」→「ばん」「ぱん」と変化するなどの現象は、あくまでも、文法的には「ば」と「は」が濁音と清音の関係にあることを示している。この音声上の対立と文法上の対立の矛盾は、「は行」の頭子音(清音)の古音がおおむね[p] →[φ] →[h] のように変化したことに起因している。
音声学的分類
発音表
/a/
/i/
/u/
/e/
/o/
/h/
ハ /ha/
ヘィ /hi/
ホゥ /hu/
ヘ /he/
ホ /ho/
/ç/
ヒャ /ça/
ヒ /çi/
ヒュ /çu/
ヒェ /çe/
ヒョ /ço/
/ɸ/
ファ /ɸa/
フィ /ɸi/
フ /ɸu/
フェ /ɸe/
フォ /ɸo/
/ɸʲ/
/ɸʲa/
/ɸʲi/
フュ /ɸʲu/
/ɸʲe/
/ɸʲo/
/b/
バ /ba/
ブィ /bi/
ブ /bu/
ベ /be/
ボ /bo/
/bʲ/
ビャ /bʲa/
ビ /bʲi/
ビュ /bʲu/
ビェ /bʲe/
ビョ /bʲo/
/p/
パ /pa/
プィ /pi/
プ /pu/
ペ /pe/
ポ /po/
/pʲ/
ピャ /pʲa/
ピ /pʲi/
ピュ /pʲu/
ピェ /pʲe/
ピョ /pʲo/
無色が無声音 、橙色が有声音 である。有声音の子音は、文頭・撥音 の後の場合は破裂音 、それ以外では独特の摩擦音 となる。
脚注
^ 先島方言 などで「花」を[pana] などと言うのはこの音が遺るものであるとする。
^ 異説として、奈良時代に[p] 、平安時代から[ɸ] となったとする説もある。浅川哲也 は著書『知らなかった!日本語の歴史』(p144, 東京書籍 2011年)において、ハの万葉仮名「波」や「播」の中古中国語漢字音が pua であったこと等を根拠として引いている。また安本美典 は『季刊邪馬台国』連載「「古事記」の秘密(2002~2005年)において、当該漢字音が pa ではなく pua であったこと等を根拠とし、奈良時代には一部が破裂音ではなく破擦音、すなわち[p͡ɸ] であったとする。
^ 「母」の語は当時、ハ行転呼 を経て [ɸawa] のように発音されることが非常に多く、faua はそれを音写したもの。 fafa [ɸaɸa] は現代語につながるものだが、ハ行転呼を免れ語頭以外に [ɸ] を保っているのは例外的で、「父」 titi、「婆」 baba などの影響で「同じ音の2連続」という語形が強く意識されたものであるとされる。
^ 例外もある。下記「母」のような例のほか、「かわはぎ」「前フリ」のような複合語、「ひらひら」「へとへと」などの擬声語など。
関連項目