西川町 (新潟県)

にしかわまち
西川町
西川沿いの曽根のまちなみ(合併後の2020年3月)
西川沿いの曽根のまちなみ(合併後の2020年3月)
西川町旗 西川町章
西川町旗 西川町章
廃止日 2005年3月21日
廃止理由 編入合併
豊栄市新津市白根市亀田町小須戸町横越町西川町味方村月潟村中之口村潟東村岩室村新潟市
現在の自治体 新潟市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方
都道府県 新潟県
西蒲原郡
市町村コード 15346-0
面積 24.76 km2
総人口 12,243
推計人口、2005年3月1日)
隣接自治体 新潟市潟東村巻町
町の木 カシサザンカ
町の花 アジサイサルビア
パンジー
西川町役場
所在地 959-0492
新潟県西蒲原郡西川町大字旗屋585-1西蒲区西川出張所(旧西川町役場庁舎)
外部リンク 新潟市西蒲区役所
座標 北緯37度47分28秒 東経138度55分15秒 / 北緯37.79111度 東経138.92078度 / 37.79111; 138.92078 (西川町)座標: 北緯37度47分28秒 東経138度55分15秒 / 北緯37.79111度 東経138.92078度 / 37.79111; 138.92078 (西川町)
西川町の県内位置図
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新潟市の合併市町村

西川町(にしかわまち)は、新潟県西蒲原郡に属した2005年3月21日の新潟市への編入合併によって消滅し、現在は新潟市の政令指定都市移行により大部分が西蒲区の一部となっており、大字與兵衛野新田の一部が西区となっている[1]

以下の記述は合併直前当時の旧西川町に関しての記述であり、現在では名称等が異なる場合がある。なお、ここに記述されていない内容に関しては西蒲区#西川地区などの記事を参照。

新潟市(旧西蒲原郡黒埼町を除く)への通勤率は27.3%(平成12年国勢調査)。町名は町の中心部を流れる西川信濃川の支流)に由来する。

概要

中心地の曽根は近世に長岡藩曾根代官所が置かれた地で[2]西川の河川舟運で栄えた在郷町の性格も持ち、江戸時代には蒲原船道の拠点となっていた。現在でも県道374号(本町通り)沿いに商店街が形成されている。

歴史

西川村 西汰上村川崎郷屋村下山村鱸郷屋村羽田村中島新田村平野村古新田
鎧郷村 押付村矢島村古新田天竺堂村槇島村真田村中郷屋村葉萱場車場村割前村東汰上村
曽根村 曽根村旗屋村松崎村善光寺村桑山村善光寺村受
升潟村 升潟村兵右衛門新田大潟村古新田浦村新田大関村古新田升岡新田貝柄新田與兵衛野新田堀上新田三角野新田熊潟新田
  • 1901年(明治34年)11月1日 - 西川村と鎧郷村が合併し鎧郷村となる。
  • 1930年(昭和5年)12月1日 - 曽根村が町制を施行し曽根町となる。
  • 1955年(昭和30年)3月31日 - 鎧郷村と曽根町が新設合併し、西川町(にしがわまち)となる。
  • 1955年(昭和30年)7月10日 - 中郷屋、葉萱場、割前、東汰上(ひがしよりあげ)、羽田を分離し巻町へ編入。
  • 1961年(昭和36年)6月10日 - 西川町と升潟村が新設合併し、西川町(にしかわまち)となる。
  • 1962年(昭和37年)11月 - 潟東村の一部(通称・米里(旗屋村受、卯八郎受の各一部)、現在の通称・新川の一部)を編入。
  • 1977年(昭和52年)2月 - 鎧潟の一部を入れ、矢島の一部が巻町へ編入。
  • 1977年(昭和52年)5月 - 鎧潟の一部を入れる。
  • 2005年(平成17年)3月21日 - 新潟市と合併し、消滅。

市町村合併

地域

西川町は以下の大字で構成される。

行政

  • 町長:安沢 節英(1995年4月26日から)

経済

1974年(昭和49年)に農村地域工業導入地区の指定を受け、2箇所の工業団地が整備された[3]

  • 旗屋工業団地
  • 升岡工業団地

交通

道路

鉄道

  • 町東部をJR越後線が通っており、町内には駅が1つある。
越後線
越後曽根駅

バス

施設

祭事

  • 西川まつり(8月)[4]
  • 時代激まつり(10月)[4]

出身有名人

脚注

注釈

出典

  1. ^ 町名一覧表、住居表示・町名変更実施一覧(平成22年4月以降実施分)”. 新潟市. 2021年10月27日閲覧。
  2. ^ 区の歴史 - 新潟市西蒲区
  3. ^ 産業(西川町) - ウェイバックマシン(2004年2月28日アーカイブ分)
  4. ^ a b 平成14年度市町村要覧:西川町(新潟県) - ウェイバックマシン(2004年2月2日アーカイブ分)

関連項目

外部リンク