1968年6月7日、ハワイへの日本人移民100周年を記念して、バレー・オブ・ザ・テンプルズ・メモリアルパークの最奥部に建立された[1]。建設を計画したのは、メモリアルパークを運営するポール・W・トラウズデル(Paul W. Trousdale)である[2]。平等院テンプルはコンクリート製で、宇治の平等院を縮小したスケールモデルである。建設には、1万枚のコンクリート、260万ドルの費用と3年の歳月が費やされた[2]。
建物内部には9フィート(約3m)の阿弥陀如来坐像が安置されている[3]。金箔を施したこの仏像は日本で Masuzo Inui によって製作されたものである[3]。平等院テンプルはメモリアルパークに付随する施設であって、布教活動を行う寺院(active temple)とは異なり[4]、また特定の宗派に属するものではない(non-denominational Buddhist temple)[1]。建物内の壁には建立に賛同した諸宗派のシンボルマークが飾られており、仏教や教派神道の宗派の紋のほか、キリスト教の十字架も掲げられている[2][5]。
バレー・オブ・ザ・テンプルズ記念公園は、1963年にポール・トラウズデルによって開設された民営の公園墓地である[6]。仏教に限らずさまざまな宗教を持つ人々のための施設であり、メモリアルパーク内には仏像のほか、キリストの受難像や聖母マリア像・聖人像などキリスト教のモニュメントもある。埋葬による家族墓・個人墓のほか、火葬による遺骨の納骨や散骨など、さまざまな葬制オプションを提供している。記念公園にはさまざまな出自(日系・中国系・韓国系・ポルトガル系など)や信仰(仏教・神道・カトリック・プロテスタント・無宗教など)を持つ人々が葬られており、政治家のウォルター・ディリンガム (Walter F. Dillingham) のようなハワイの名士の墓もある。