希望学(きぼうがく、正式名称:希望の社会科学、英:Social Sciences of Hope)とは、個人の内面の問題とみなされてきた「希望」を、社会にかかわる問題として研究することを目的とする、学際的な研究領域である。2005年度より、東京大学社会科学研究所を研究基盤として、岩手県釜石市、福井県を対象とした地域調査が展開されている。
定義と特徴
問題と背景
「希望」は、個人の心の問題、すなわち心理学の研究領域とされてきた。しかし、個人が希望し叶えようとする「何か」、その「何か」を具体的にどのような手段や手続きによって実現するのかなどは、個人の内面を超えた社会状況と切っても切り離せない問題である。一方、従来の社会科学や、社会的言説では、社会がどこに向かっているかについての方向性とともに、個人が欲することや人生の目的などが存在することを暗に前提とし、それに従って行動することを基本的に視座としてきた。すなわち、「希望がいつも存在すること」を想定してきた。しかし、ニート、無気力、学力低下、低年齢化する犯罪などのような現代的社会問題においては、単なる景気の低迷などでは説明しきれないような、「希望の喪失」という根本的問題があることが多様な文脈で指摘されるようになってきた[1]。希望学は、こうした背景から開始された、希望を社会と関連づけて探求する比較的新しい学際的学問分野である[2]。
歴史と展開
2004年「21世紀COEプログラム」の不採択の後、2005年度から2008年度まで、東京大学社会科学研究所全体を挙げた独立の事業(全所的プロジェクト)として、玄田有史、中村尚史、宇野重規などを中心に始められた。社会科学研究所全所的プロジェクトとしては、岩手県釜石市の地域調査を中心に進められた。現在では、東京大学社会科学研究所を中心としたグループ研究として、以下のプロジェクトが進行中である。福井県を舞台に希望を、仕事、生活、家族、子ども、女性などのキーワードと関連づけつつ、調査研究が開始されている。また2006年度から実施している岩手県釜石市での調査が継続されている。さらにはアメリカのコーネル大学などと連携しながら国際比較研究を実施している。
具体的な問い
希望学における問いは、希望と社会を関連づけた以下のようなものとなる。
- 「社会において個人が形成する希望とはそもそも何なのか」
- 「社会が個人の持つ希望にどのような影響を及ぼすか」
- 「個人の形成する希望が社会状況をどのように規定するのか」
周辺・関連領域
方法
現在まで希望学の主な研究方法は以下の三つである。
社会調査・アンケート
インタビュー、オーラル・ヒストリー、歴史的資料の考察
対象
主なテーマ
明快な意味づけや定義が困難な「希望」を、その困難さの背景を解明したうえで、多面性、多義性、不確実性を包含するような定義付けを目指す。特に、多様な視点、方法論、対象に渡る学際性から導き出される多様な希望の定義を、希望をとりまく個人と社会の関係性、すなわち希望の社会性の表れとして積極的に評価する。
現在までの成果として、希望は以下のように定義されている。
希望とは「行動によって何かを実現しようとする気持ち」(Hope is a Wish for Something to Come True by Action)である[3]。
「希望」を、「幸福」「リスク」「楽観」「安定」「想起」など既に学問対象となっている別の概念と対比することによって、その共通性と相違から希望を特徴付ける。
「性別」「年齢」「健康」などの他に、「他者との協力関係構築」「孤独感」「友人の多寡」「家族からの信頼感」のような性格的側面や対人関係への自己意識も含めた、多角的な実証分析が進められている。
個人の社会的属性からだけではなく、希望の有無をより動態的に捉えるために、「地方政治」「住民活動」「地域移動」「ライフコース」「企業誘致」「地場企業」などをテーマに、「ローカル・アイデンティティの形成過程と再構築」、「希望の共有」、「地域内外でのネットワーク形成」などの観点から問題発見型の地域調査が行われている。
関連書籍
脚注
- ^ 東大社研・玄田有史・宇野重規『希望学(1)希望を語る―社会科学の新たな地平へ』東京大学出版会, 2009年 p.82-83
- ^ 東大社研・玄田有史・宇野重規『希望学(1)希望を語る―社会科学の新たな地平へ』東京大学出版会, 2009年 p.61 で、リチャード・スウェッドバーグは「社会科学に希望というテーマを開放するという目的」と指摘している)
- ^ 玄田有史『希望のつくり方』岩波新書, 2010年, p.45
参考文献
関連項目
外部リンク