スモッグ に覆われた都市(台湾 )
大気汚染 (たいきおせん)とは、大気 中の微粒子 や有害な気体 成分が増加して、人 の健康 や環境 に悪影響をもたらすこと。人間の経済 的・社会 的な活動が主な原因である。自然に発生する火山 噴火 や砂嵐 、山火事 なども原因となるが、自然由来のものは大気汚染に含めない場合がある[ 1] [ 2] 。
概要
世界保健機関 (WHO)は2018年の推計で、世界では大気汚染を原因として呼吸器疾患などで年間約700万人が死亡しており、世界人口の約90%が健康被害の恐れがあるレベルの大気汚染に曝されているとの推計を示している。ただ、2022年では、約670万人に減っている。[ 3] 特に都市 部を中心に汚染が悪化しており、経済協力開発機構 (OECD)は2012年、「2050年には大気汚染による死者が水質汚染 による死者を上回って環境悪化 による死者の最大の要因になるだろう」と予測している[ 4] 。発展途上国では薪 の利用が多い事などから屋外よりも室内の汚染(室内空気質 (室内大気質)の汚染。なお、単に大気汚染という場合は主に屋外の汚染を指す。)の方がリスクが高く[ 5] 、都市部ではこれに都市化による屋外汚染が加わる形になっている[ 4] 。室内汚染による死者は、国際エネルギー機関 (IEA)の報告書によると2016年時点で年間350万人である[ 6] 。
歴史
大気汚染の顕在化
大気汚染について述べた最も古い部類の文献としては、西暦 61年 に古代ローマ のセネカ が都市の煙 や悪臭を嘆いた記述がある[ 7] [ 8] 。
重苦しい都市の空気、そして、煮炊きが始まると、 蒸気とスズが入り混じる破滅的な煙をどっと吐き出す 台所。あの恐ろしい悪臭から逃れるいや否や、 私の健康がたちまち回復するのを感じた。
セネカ、61年[ 9]
イギリス のロンドン では9世紀 半ばに既に「空気の悪さ」が知られていた。発展する工業や家庭用暖房 の燃料 として石炭 の使用の増加により、大気汚染が進んで人体への影響が問題になり、1273年 には健康を害するものとして石炭 の使用を禁止。1306年 には職人 が炉で石炭を焚くこと(業務用)を禁止した。しかし、代替燃料が無かったため長続きせず、街の発展や人口の増加とともに深刻化していった。16世紀 には、感染症 や大火 とともに大気汚染が大きな問題となった。当時の女王エリザベス1世 は、議会の開催中にロンドン市内で石炭を燃やすことを禁止する命令を出している。また、17世紀 後半の国王ウィリアム3世 がロンドン市街の大気汚染を避けて、当時はまだ郊外 であったケンジントン宮殿 に移るなど、依然として汚染は続いた[ 2] [ 7] [ 8] [ 10] 。
工場地帯の煙突群と煙、19世紀後半
工場の煙突と立ち上る煙、1942年
18世紀 半ばのイギリスでは、産業革命 によって工業化 が急速に進み、ロンドンでは19世紀 に入ると、汚染の酷い時期の「死者の増加数」が発表されるほど大気汚染は深刻化した。1905年 には医師H. A. デ・ボーがロンドンの大気汚染に対してsmoke(煙)とfog(霧)を合成したsmog(スモッグ )という言葉を初めて用いた[ 2] 。以下、20世紀前半からの世界の大規模な大気汚染の事例を挙げる。
1910年代 の1910年 から1920年 のロンドン では、市街地の煤塵 の降下量が1km2 当たり年間200トン(1日で1m2 当たり0.6g に相当する)に達した[ 2] 。
1930年12月 ベルギー のマース川 沿いの町エンギス(Engis )で、工場 排気によるスモッグを伴った汚染が原因で健康被害が発生、通常の死亡数の10倍に相当する60人が死亡。家畜 、鳥、植物にも被害を及ぼした[ 2] [ 10] [ 11] 。(ミューズ渓谷事件 (英語版 ) )
1944年頃から アメリカ合衆国 ロサンゼルス で、眼、鼻、気道 などの粘膜 の持続的・反復性刺激を伴う「白いスモッグ」による大気汚染が発生し始めた。当初は原因物質が何であるかよく分からなかったが、後に光化学オキシダント によるものと判明し、光化学スモッグ という言葉が生まれた。ロサンゼルスは盆地 状の地形で汚染物質が滞留しやすく、高気圧 下で風の弱かった1951年夏には高齢者約400人が死亡している。対策は行われているが、21世紀に入ってからも続いている[ 2] [ 10] 。
1948年10月 アメリカのペンシルバニア州 ドノラ(Donora )で、工場排気による汚染が発生、人口14000人中43%が重軽傷を負い、18人が死亡した。後に、無風状態が続いたことや川沿いの谷状の地形であったことが汚染物質を滞留させ、被害を大きくしたと分析されている[ 2] [ 10] 。(ドノラ事件 (英語版 ) )
1950年11月 メキシコ のベラクルス州 ポザリカ(Poza Rica )で、ガス工場の事故により大量の硫化水素 ガスが漏れ出し、住民22000人中22人が死亡した。後に、盆地の中で弱風状態にあったことや霧 が発生していたことが被害を大きくしたと分析されている[ 2] [ 10] 。
1952年12月 ロンドンで二酸化硫黄 (亜硫酸ガス)を多く含んだ濃いスモッグが5日間にわたって停滞、約4,000人の死者を出した。これを契機としてイギリスでは大気浄化法が制定された[ 2] [ 10] 。1962年1月にも同様の大規模なスモッグが発生し、この時は数百人が死亡した[ 2] 。(ロンドンスモッグ )
1984年12月2日 - 3日 インド のマディヤ・プラデーシュ州 ボパール の化学工場で、作業ミスにより有毒ガスのイソシアン酸メチル が約2時間にわたり計40トン流出、風で市街地に流れて滞留し住民に健康被害をもたらした。死者は14,000 - 20,000人、被害者は35 - 40万人とされ、家畜の牛4,000頭も死亡、後遺症も報告されている。汚染物質の比重が重かったことや大気の混合度が低い深夜であったこと、適切な対応がとられず住民が避難できなかった事などが被害を拡大させた[ 12] 。(ボパール化学工場事故 )
2013年 1月10日頃より、中華人民共和国 の首都北京 を中心とする華北 の広範囲で高濃度汚染(スモッグ)が発生し、2月初旬までの3週間に亘って継続した。その間の最も汚染が酷かった1週間には、華北 から中原 さらに華東 経て雲貴高原 にまで至る国土の約3分の1(後日の発表では4分1とも言われている)で高濃度汚染(スモッグ)の発生が確認され、1月28日には中国主要74都市の約半分で空気質指数 が最悪の「深刻な汚染」レベルに達した[ 13] [ 14] 。
2018年1月30日 モンゴルの首都ウランバートルにて3,320μg/m3 (WHOが定めた国際基準の133倍)のPM2.5濃度が観測されている。近年、モンゴルでは首都集中型の大気汚染が深刻化 しており、子どもたちの間では肺炎が蔓延しているとされる[ 15] 。
研究と対処の進展
衛星写真で観測されたバングラデシュとインド東部の冬の深い霧と市街の大気汚染が混ざったものと推定されている。2013年1月12日
大気汚染の研究が進展したのは20世紀に入ってからである。著名な研究として、都市気候 の中での大気汚染を論じたもの(A. クラッツァー(en ) 、1937年、ドイツ)、工業地域や都市での石炭の消費と大気汚染や煤塵の関係を論じたもの(C.E.P. ブルックス、1950年)、ロンドンにおける公園とその周囲の大気汚染を調べ比較したもの(C.W.K. ウェインライト、1962年)、大気汚染と都市計画 について論じたもの(R.E. マン、1959年)などがある。これらを通じて集められた知見は法規制や大気汚染の予測へと進展する[ 7] 。
日本 では、高度経済成長 期の1960年代に大気汚染が増加するとともに研究が進展した。初期の著名な研究として東京 ・川崎 の大気汚染について述べた伊藤、箕輪の研究があり、これをもとに両名は1965年に『大気汚染気象ハンドブック』を著している。1966年には学術誌『大気汚染研究』(現在の大気環境学会誌 )が創刊されている。この頃から国や自治体など行政が主体となった組織的な研究が活発化した[ 7] 。1967年に制定・施行された公害対策基本法 で「典型七公害 」の一つとして大気汚染の規制が開始され、後の1993年には環境基本法 に継承された。1968年には大気汚染防止法 が制定されている。
中国 では1980年代に研究が始まり、2001年には国内47都市の空気質 予報のテレビ放送を開始している[ 7] 。
産業革命 以来、燃料の主力は石炭 であり、石炭の燃焼に伴う煤煙を多く含んだ「黒いスモッグ」による大気汚染が多かった。これに対処するため、煤煙の排出を規制することが行われた。煤煙を上空に送るほど気流は安定していて拡散しやすいことから、規制初期には煙突を高くする措置が取られた。例えば、日本では大気汚染対策初期の1970年頃から高さを増した集合煙突が増加した。しかし、これは発生源付近の地上の濃度を下げるだけで、汚染を拡散させているのに過ぎず、本質的な解決ではなかった。後に、煤煙を回収する集塵 装置が開発・普及し、排気ガス処理 が進む[ 2] [ 7] 。
白いスモッグ・光化学スモッグの問題化と汚染の多様化
衛星写真で観測された中国北部北京・天津付近の激しい大気汚染、2012年1月10日(上)・11日(下)
一方、先進国 では20世紀中盤から、燃料の主力が煤煙を多く出す石炭から石油 に替わっていった。これにより煤煙は減少したが、石油に多く含まれる硫黄分に由来する硫黄酸化物 、また自動車から排出される窒素酸化物 ・炭化水素 、窒素酸化物と炭化水素が化学変化を起こしてできる光化学オキシダント が増加し、これらを多く含んだ「白いスモッグ」が大気汚染の中心となった[ 2] [ 7] 。
二酸化硫黄 の対策として、硫黄分を回収する脱硫 装置の開発・普及が進められた。日本では1970年頃から脱硫装置の設置が進んだため、東京 の二酸化硫黄濃度は1960年代後半の約60ppb が1970年から1985年にかけて約5分の1に減少、1990年代初めには約10ppbになっている。またアメリカのニューヨーク でも1960年代後半の約80ppbから1990年代初めに約11ppbまで減少するなど、先進国では20-30年間で最も多かった時期の6分の1程度に減少させている[ 2] [ 7] 。またアメリカでは大気浄化法 の1990年改正において二酸化硫黄、窒素酸化物、水銀に排出取引 制度が導入され、排出総量の削減に寄与している[ 16] 。
こうして先進国では煤煙や硫黄酸化物が削減されたが、次に光化学オキシダントを多く含んだ白いスモッグ、いわゆる「光化学スモッグ 」が問題化した。日本では1970年に初めて発生している。光化学オキシダントを引き起こす窒素酸化物や炭化水素は、先進国でも大きな削減はできていない状況にある[ 2] [ 7] 。
短期的な健康被害を及ぼす汚染が減少した先進国では、長期的な健康影響への関心が高まり、揮発性有機化合物 などの有害化学物質 が問題となった。これらに対しても規制が行われ、現在も健康影響の評価が進められている[ 2] [ 7] [ 17] 。
一方、温室効果ガス による地球温暖化 、フロン類 などによるオゾン層 の破壊も、地球規模の大気汚染(地球環境問題 )として浮上した。
また、被害の全貌が明らかになった訳ではないが、1950-1960年代には大気圏内核実験 により地球規模で放射性降下物 の濃度(降下物の放射能 )が上昇した。その後低下して、1990年代にはほとんどなくなっている[ 18] 。
途上国の高い汚染リスクと越境汚染問題
経済レベルと汚染物質の比率(UNHSP, 1990-1995年[ 19] )
経済レベル/汚染物質
年平均濃度
発展途上国 二酸化窒素
63µg/m2
〃 二酸化硫黄
48µg/m2
〃 粒子状物質
187µg/m2
中進国 二酸化窒素
56µg/m2
〃 二酸化硫黄
32µg/m2
〃 粒子状物質
70µg/m2
先進国 二酸化窒素
52µg/m2
〃 二酸化硫黄
20µg/m2
〃 粒子状物質
53µg/m2
インドの野焼きの煙
インドネシアの泥炭地の山火事
発展途上国では、先進国では削減に成功している煤煙や二酸化硫黄を主体とした大気汚染が依然として見られる[ 2] [ 7] 。開発途上国 と先進国の大気汚染物質濃度を比較した国際連合人間居住計画 (UNHSP)の1990-1995年の資料によると、二酸化窒素の濃度は両者で大きな差はないが、二酸化硫黄は開発途上国が先進国の約2.5倍、粒子状物質は同じく約3.5倍である。排出源が家庭における調理や暖房などに由来するため規制が難しい構造があり、また貧困や教育の問題も関係している。更に、アジア ・アフリカ ・ラテンアメリカ の人口が急増している都市や工業地帯では大気汚染が深刻な状況にある[ 19] [ 20] [ 21] 。
一方、ヨーロッパ では1960年代から酸性雨 による生物への被害が深刻化し、越境汚染への関心が高まった。1969年にOECDが酸性雨問題に関して国際協力の必要性があることを勧告。1972年には西ヨーロッパ 11カ国でモニタリングの枠組みが発足した。同年の国際連合人間環境会議 では国境を跨いだ酸性雨が議題の1つとなり、世界にその被害状況が報じられた。各国は1979年に長距離越境大気汚染条約 (英語版 ) (CLRTAP)を締結、1983年に発効し世界初の越境大気汚染に関する条約となった。加盟各国に対策、監視、情報交換を行うことを定め、以後段階的に拡充している[ 22] [ 23] [ 24] [ 25] 。北アメリカ のカナダ とアメリカの間でも1970年代に酸性雨が越境汚染として問題化し、当初は主張が対立していたが、1980年に両国が覚書を交わして以降監視や情報交換を進め、1991年にアメリカ・カナダ空気質協定 (英語版 ) を締結している[ 22] [ 25] 。
ヨーロッパや北アメリカではこうした汚染状況を明確化するため、各国の排出量や沈着量などのデータを作成し公表している。例えば、北欧のスウェーデン では硫黄酸化物の93%、窒素酸化物の87%が国外から運ばれてきて沈着している(1994年時点)というデータが得られている[ 25] 。
東南アジア では、森林 (熱帯雨林 )火災や泥炭 火災の煙が大規模な煙霧 となり周辺国にまで広がる越境汚染が、1980年代から深刻化した。1997-1998年には約9万km2 に及ぶ火災によりブルネイ 、インドネシア 、マレーシア 、フィリピン 、シンガポール 、タイ の6カ国に広がる過去最大の煙霧が発生、2006-2007年にもカンボジア 、ラオス 、ミャンマー 、タイの4カ国で空気質指数 (AQI)が"Unhealthy"[ 注 1] となる大規模な煙霧が発生している。これに対処するため、東南アジア諸国連合 (ASEAN)加盟国は2002年に越境煙霧汚染ASEAN協定 (英語版 ) を締結(2003年発効)し、国家間の情報提供や連携した防止策を取り決めている[ 26] 。ただし、域内の泥炭面積の7割を有するインドネシアが条約を批准していない事や、所得の少ない農民によるアブラヤシ (パーム油 の原料)生産のための開墾が森林破壊の主な原因で、伐採により露出して乾いた泥炭 が火災を引き起こしている事などの問題があり、その後も越境煙霧汚染は度々発生している[ 27] 。
硫黄酸化物、窒素酸化物、酸性雨、スモッグ・煙霧などの越境汚染は、同様に大きな排出源を有するインド 、バングラデシュ などの南アジア や、中国、韓国 、日本などの東アジア でも発生している。東アジアでは1998年に酸性雨の原因物質の動向を監視する東アジア酸性雨モニタリングネットワーク (EANET)が発足している。
先進国における課題
技術革新と大規模な大気汚染源に対する規制の強化・摘発により、先進国では大気汚染は大幅に改善されたが、そうした努力にもかかわらず環境基準の完全な達成には至っていない。焦点となっているのは窒素酸化物や粒子状物質、オゾン、VOCである[ 20] [ 28] 。
自動車が主な排出源である窒素酸化物は、規制強化に伴う事前予想に比べ濃度の低下が小さく、規制が不十分だとする意見もある[ 28] 。
ヨーロッパや北米では、娯楽用として、また他の燃料の価格上昇、更に再生可能エネルギー としてバイオマス燃料 が見直された影響などから薪ストーブ の使用が拡大した。ヨーロッパでは2010年代に粒子状物質(PM2.5)の排出源の2割を占め、VOCのひとつベンゾピレン の濃度上昇などに寄与した。イギリスでも、2020年のPM2.5の約2割が薪ストーブ由来と推定され、世帯普及率は8%に過ぎないが、道路交通(自動車)より多く、それまでに石炭の使用減少など産業部門で減少した分が相殺されている。排出を抑える改良が行われているものの普及には時間がかかり、また屋内では汚染の大きな割合を占め、屋外に排出される分も少なくない影響があることから、規制へと舵が切られている[ 20] [ 28] [ 29] 。
汚染物質と汚染のメカニズム
汚染物質と発生源
大気汚染物質(「汚染質」とも呼ぶ)は、粒子(固体 成分・液体 成分)とガス(気体 成分)に二分できる。主な汚染物質には以下のようなものが挙げられる。
これらのうち、ばい煙、粉塵、排出ガス、光化学オキシダントは「古典的」大気汚染物質、ダイオキシンと石綿はそれ以降に問題化した大気汚染物質である[ 1] [ 2] [ 7] [ 30] 。各物質が悪影響を及ぼし始める量(しきい値 )を超えた時に大気汚染物質と呼ぶ[ 31] 。
法令用語としては、日本の大気汚染防止法 は「ばい煙」、「粉じん」、「自動車排ガス」、「特定物質」、「有害大気汚染物質」の5種それぞれ中の特定の成分を大気汚染物質に指定している[ 32] 。
人間の健康に直接影響を与えるものではないが、フロン類 、ハロン 、代替フロン などの「オゾン層破壊物質」によるオゾン層 破壊(オゾンホール )や、二酸化炭素 、メタン 、亜酸化窒素 、六フッ化硫黄 などの「温室効果ガス 」による地球温暖化 も広義の大気汚染に含める場合がある。
主な大気汚染物質の発生源・発生プロセスと対応する汚染物質は以下のとおり。
煙を吐き出す火力発電所
ディーゼル機関の黒煙
屋内調理
作物残渣(crop residue)の野焼きと煙
砂嵐
喫煙
輸送・拡散
大気汚染のプロセスの模式図[ 2]
物理・科学的変化 (光化学反応・凝集など) 因子:紫外線・気象条件など
輸送 因子:地形・気象条件など
拡散
雲への取り込み (レインアウト)
滞留 因子:地形・気象条件など
落下
雨への取り込み (ウォッシュアウト)
発生源 (汚染物質の放出) 因子:排出量・種類など
沈着 (乾性沈着)
降水沈着 (湿性沈着)
高濃度汚染
農村・都市・道路の大気汚染度の違い (2001年, ヨーロッパ[ 35] )
単位:µg/m2 。窒素酸化物や粒子状物質は発生源に近いほど高濃度であるのに対して、オゾンは生成に時間がかかるため結果的に発生源から離れた農村で高濃度が観測されている。
盆地に生じた逆転層が汚染物質を滞留させスモッグが濃くなった様子(カザフスタン アルマトイ )
暖房の排煙が低く垂れ込む様子。夜から朝は地表付近の大気の混合が弱まる。
大気汚染のプロセスは、まず発生源から汚染物質が放出される事から始まる。発生源は固定発生源と移動発生源に分かれ、前者はさらに工場などの「点源」と道路や都市全体などの「発生域」に分けられ、後者は自動車などが該当する[ 2] 。
次に放出された汚染物質は大気の流れ(風 )によって輸送される。輸送の段階で一部は物理・化学的変化を起こしたり他の物質に取り込まれたりする。例えば二酸化窒素と炭化水素は大気中で紫外線 を受けて反応 し光化学オキシダントを生成し、二酸化硫黄は水 ・アンモニア と反応・酸化 して硫酸 (硫酸液滴)や硫酸塩などの硫酸エアロゾルを生成し、窒素酸化物は酸化・アンモニアと反応して硝酸 (硝酸液滴)や硝酸塩などの硝酸エアロゾルを生成する。このように大気中で汚染物質から二次的に生成される物質を「二次汚染物質」といい、通常の「一次汚染物質」と区別する。二次汚染物質の中には、気体成分同士が反応して液体や固体の微粒子を形成するものも少なくなく、ナノメートル (nm)の大きさの粒子状物質の多くはこのような気体中の反応で生成されると言われている[ 2] [ 36] 。
気体成分は雲粒 や雨粒 に溶解し、粒子状物質は雲核 として働いたり落下する雨粒に捕捉されたりして雨粒に取り込まれる。雲 に取り込まれて大気中から除去されることをレインアウト、雨 に取り込まれて大気中から除去されることをウォッシュアウトという。取り込まれた大気汚染物質は雨を汚染し、酸性であれば酸性雨 の発生に寄与する[ 2] 。
また、粒子状物質の中には微粒子同士で凝集して大きさを増すものがある。輸送の段階で大きな微粒子は重力により落下する。落下したものは地面や植物などの表面に沈着(堆積 )し大気中からは除去されるが、多くは土壌汚染 や水質汚染 へと移行する。概ね粒子径1µm以下では空気抵抗と重力加速度がほぼ等しくなりほとんど落下しないとされている[ 2] 。
輸送は地形 や気象 条件により大きく左右され、通常は風により拡散 (大気拡散 )されて発生源から離れるに従って濃度が下がっていく。大気汚染物質は概ね流体の渦 や乱流 運動的な拡散運動をすることが知られており、水平方向よりも鉛直方向の風が強いほど拡散しやすい。しかし、一定の条件下では汚染物質が滞留して高濃度汚染を引き起こす[ 2] 。
高濃度汚染は風が弱い(または無風 の)時に起こる傾向があり、弱風を起こす気象条件として安定した気圧傾度 の緩やかな高気圧 の圏内に入ることや、気温減率 が減少・逆転する安定層 や気温逆転層 が発生すること、地形の条件として谷 や盆地 であることが挙げられる。大気汚染が問題化した20世紀中盤はこのような条件下で高濃度汚染が多発した。また、昼間は地上付近の気流の乱れや対流が活発だが夜間は放射冷却 により安定層・逆転層が生じて汚染物質が滞留しやすいこと(日変化)も知られている。日変化にはこのほかに海陸風 によるものがある[ 2] [ 7] 。
例えば、関東地方 では午後から日没までを中心に発生する光化学スモッグが日没後の海風に乗って(メソスケール の前線である海風前線としても観測され)内陸に運ばれる関係で、発生地である東京都心 や京浜工業地帯 で窒素酸化物濃度が最も高く、風下の関東内陸部で光化学オキシダント濃度が最も高いという傾向がある。千葉県 での調査においても、窒素酸化物や二酸化硫黄は東京に近い北西部で値が高いが、光化学オキシダントは北部・東部・南部で値が高い[ 2] [ 7] 。ヨーロッパでも、窒素酸化物や粒子状物質は都市、特に道路で値が高いが、オゾンはむしろ農村の方が値が高い[ 35] 。
また、季節風 の風向変化も分布に影響を与える。前述の千葉県の調査においても季節により高濃度域の分布が変わることが分かっている。また冬季の暖房使用による煤塵や一酸化炭素の増加など、排出量が変化することによっても季節変化が起きる[ 2] [ 7] 。
都市においては建物が風を弱め、粒子状物質やガスを滞留させて部分的な高濃度を作り出すことがある[ 2] [ 7] 。
このほかの汚染の因子として、汚染の継続時間がある。発生源からの放出の継続時間、(一部の汚染物質については)分解されて無害化するまでの時間、地形や気象条件などに左右される。汚染の継続時間と空間的・時間的規模は相関しており、物質や発生源により大体の規模が決まっている。幹線道路や工場周辺の高濃度汚染は高濃度範囲が数百m - 1km程度・放出から汚染が開始するまでは10分-1時間程度である。大都市や工場地帯になるとこれが1-10km・1-10時間程度になる。光化学スモッグや酸性雨は数十-数百km・長くて数日程度になる。オゾンホールや地球温暖化では、数千-1万km・1-100年と非常に大きな規模になる[ 2] 。
各国の排出源データ
GDP 1,000ドル 当たりkg、出典:OECD 、2005年[ 37] 国により定義、算出法、生活・産業構造などが違うため単純比較はできないことに留意が必要。
主要工業国の排出原単位
国
SO2
NOx
CO
NMVOC[ 注 2]
日本
0.2
0.6
0.9
0.5
韓国 2004年
0.5
1.5
0.9
0.9
アメリカ
1.2
1.5
7.3
1.3
カナダ
2.1
2.4
9.5
1.3
イギリス
0.4
1.0
1.4
0.6
イタリア
0.3
0.7
2.5
0.8
ドイツ
0.3
0.7
1.9
0.6
フランス
0.3
0.7
3.3
0.8
EU15か国 (2005年時点)
0.4
0.9
2.3
0.7
スイス
0.1
0.4
1.5
0.4
オーストラリア
4.2
2.7
6.8
1.3
OECD平均
1.0
1.2
4.6
1.0
影響
健康や公衆衛生への影響
人口100万人当たりの大気汚染による死者報告数(WHO、2004年)
慢性閉塞性肺疾患(COPD)に侵された肺の模式図
ハーバード大学医学部は2022年に、わずかな大気汚染でも善良な市民の健康に害を及ぼす可能性があると警告した[ 38] 。ハーバード大学医学部はまた、大気汚染を回避することは、運動、野菜、果物と同じくらい人間の健康にとって重要であると述べた。このため、空気清浄機を使用してフィルターを掃除することが重要である[ 39] 。
二酸化硫黄は呼吸器 症状や眼科 症状、窒素酸化物は呼吸器症状、光化学オキシダントの大部分を占めるオゾンは単独では症状を引き起こさないが炭化水素は目への刺激症状を引き起こす。粒子状物質は主に呼吸器症状で、そのうち鉛 は貧血 や神経 症状など、有害物質はそれぞれ特有の症状がある。また物質により強さは異なるが、臭い を伴う大気汚染物質も多数あり、大気汚染が悪臭 としても認識されることがある[ 40] 。
公衆衛生の観点から大気汚染の総合的な影響を挙げる。短期暴露では、肺 機能の低下、急性の呼吸器 症状(咳 、喘鳴 、痰 、呼吸器感染症 )、眼 への刺激に伴う眼科症状、社会的影響として先に挙げた症状による欠席・欠勤 の増加、社会活動の制限、呼吸器疾患 ・心血管疾患 患者の増加、総死亡率 の増加などがある。長期暴露では、子宮内発育制限 (出生時低体重 )、慢性心疾患 、肺がん 、慢性の呼吸器疾患(喘息 、慢性閉塞性肺疾患 (COPD)、呼吸器の病理学 的変化)発病率の増加、呼吸器疾患・心血管疾患死亡率の増加などである。複数の研究により、気候 や生活などが異なる地域・社会集団により差はあるものの、汚染物質の濃度の高さと死亡率の高さは比例にあることが分かっている[ 2] [ 41] 。
IEA(2016年)によると、世界では大気汚染(屋外)に起因する死者は年間約300万人、室内空気質汚染に起因する死者は年間約350万人である。大気汚染が改善されなければ、2040年には死者はさらに150万人増加すると推計した。一方、室内汚染が多発している国については、電気やガスなどへの切り替えにより死者数は一定程度は減るものの、2040年時点での減少数は50万人にととどまり、2040年の大気・室内汚染による年間死者数は750万人になると推計した[ 6] 。
またIEA(2016年)は、アジアなど世界各国が化石燃料消費の実態を改善、省エネ政策を強化してクリーンエネルギーの導入を進めれば、大気汚染による死者数を大きく減らせることが可能、とした。具体的にはクリーンエネルギー分野への投資を40年までに7%増やせば、大気、室内汚染による死者を計330万人も減らせるという[ 42] [ 6] 。
またWHOは、PM10の濃度を70µg/m3 から30µg/m3 に減らすことができれば、大気汚染に関連する死亡者数が15%減少するとして、各国に空気質 の改善を求めている。また農村や郊外に比べて都市の方が大気汚染物質の濃度は高く、相対的なリスクも大きい。特に発展途上国で人口の急増する都市のリスクが高い[ 21] [ 5] 。また経済協力開発機構 (OECD)は環境アウトルック2050(2012年)において、2050年の世界全体での環境悪化による原因別の死亡者は、都市部での大気汚染が水の汚染(飲料水の汚染や不十分な下水処理)を抜いて最多となるだろうと予測している[ 4] 。
環境への影響
スモッグによりダメージを受けた葉
植物 が高濃度汚染を受けると、二酸化硫黄や二酸化窒素では黄斑・褐変や大きな斑点、オゾン では小さな斑点、葉の湾曲、壊死 、落葉、多環芳香族炭化水素 では横縞状の大きな斑点などが現れる事が知られている。また低濃度汚染を長時間受けた時には光合成 、呼吸 、蒸散 などの生理機能が障害を受け、生育不良や農作物 の収穫量減少が起こる[ 43] 。
大気汚染物質の濃度が高いと視程 が低下し[ 44] 、著しい視程の悪化はスモッグ (smog)や煙霧 (haze)として認識される。
物への影響として、硫黄酸化物は鉄 ・鋼 ・石材 、オゾンは有機高分子 、硫化水素は銀 や銅 、塩化水素 は鉄や鋼との反応性が高く、腐食や劣化を加速させる効果がある。例えば、硫黄酸化物の濃度が高かった昭和30-40年代には、濃度が高い神奈川県川崎市 の鋼の腐食速度は岐阜県高山市 の10倍に達していた[ 45] 。
燃焼により排出される微小な煤(ブラックカーボン )は太陽光の吸収率が高く、大気を暖める温室効果 や、沈着した雪や海氷 を温め融解を促す効果があって、地球温暖化 や北極の海氷 の縮小の一因である[ 46] 。
生活や事業への影響
深刻な大気汚染のある地域では職業 や居住地 選択にも影響が及んでいる。2010年代のインドの例では、汚染のひどい地域への転勤を拒んだり、就業にあたってより汚染の軽い郊外への居住を選んだりする事例がみられるという。観光業 においては、観光客は大気汚染のひどい地域を旅行先として避ける傾向にあり、機会損失の一因となっている[ 47] 。
室内空気への影響
対策技術
排出管理
集塵、フィルタリング
エアフィルタ(HEPAフィルタ)の構造図
完全燃焼の例。空燃比が適切に調整されていると青い炎となり、スス などの汚染物質は生成されない
回収の方法としては、粒子状物質や煤塵・粉塵を回収する集塵 装置、硫黄酸化物やその元となる硫黄分を回収する脱硫 装置、窒素酸化物を回収する脱硝 装置(脱窒装置)などがある。回収の場合には廃棄物 として高濃度の汚染物質が発生するため、この適切な処分や有効利用が問題となる。脱硝技術の1つであるアンモニアを用いた選択的触媒還元(Selective Catalytic Reduction, SCR)は副産物として硫酸アンモニウム (主に肥料に用いられる)が生じるが、土壌を酸性化させる欠点がある。石灰 を用いると副産物として石膏 が生じるが、日本においては石灰は自給率が高い一方石膏は低いため、資源として活用できる利点があるとされる。他には、水酸化ナトリウム や炭酸ナトリウム を用いて脱硫し亜硫酸ナトリウム や硫酸ナトリウム を得る方法(製紙工場など)、活性炭 を用いて硫黄酸化物の吸着と窒素酸化物の分解を同時に行う方法などがある。副産物の利用では、石炭の燃焼で生じるフライアッシュ を回収してセメント の原料とする技術、溶鉱炉の排気に含まれる金属ヒューム を回収して炉に戻す技術などもある。炭化水素や硫化水素などの有害化学物質では、活性炭、ゼオライト 、シリカゲル などで吸着する方法がある。ディーゼル車では微粒子を捕集するディーゼル微粒子捕集フィルター (DPF)なども利用される[ 48] 。
集塵では、1mm - 50µm程度の比較的大きな粒子は重力による沈降を利用したもの、100 - 数µmの粒子は気流を制御して慣性 で落下させるものや遠心力 を用いて分離させるもの、高効率のものでは水 の散布で捕集するスクラバー 、機械的に捕集するフィルター 、静電気 で捕集する電気集塵などが、実際に利用されている[ 49] 。
燃焼管理
運転管理では、燃焼に用いる空気の混合比率(空気比)を適切なレベルに制御して燃料を完全燃焼 させて汚染物質を減少させる方法などが挙げられる。燃焼温度を低く抑える事も窒素酸化物の低減につながる。自動車では窒素酸化物低減につながる排気再循環 などがある。ガソリン 給油時の揮発(ガソリンベーパー)には炭化水素が含まれるが、この低減方法として給油時に配管を遮断して揮発を抑える方法がある[ 50] 。
古い技術の置き換え
ばい煙を発生しない電気式暖房(エアコン )
古い技術から新しいクリーンな技術に置き換えることで、多くの場合大気汚染を低減することができる。
発展途上国では調理 や暖房 などに木質燃料 (薪 ・木炭 )や石炭 を使う生活スタイルが依然としてあり、2015年時点で30億人近くがこのような生活をしていると推定され、大気汚染や室内空気質汚染のリスクを有している。より効率的な燃料への変更や燃焼機器の導入などが、汚染を低減させる[ 20] 。
ヨーロッパや北米で利用が再拡大しているストーブ ・暖炉 (薪ストーブ )は、石炭 の使用中止、改良された認定品への買い替え、フィルターの使用、薪や木炭から木質ペレット (ペレットストーブ )への燃料変更、さらに木質燃料からガスや電気を利用した暖房への転換が排出低減につながる。政府から補助金などの支援が行われている例がある[ 20] 。例えば、アラスカ州 フェアバンクス は米国肺協会から「最も汚染された都市」に認定されるほど大気が汚染されていたが、薪ストーブから石油、ガス暖房に切り替えたため汚染の低減に成功している。オレゴン州 ポートランド では薪ストーブを電気式ヒートポンプ に取り替えるよう勧告している[ 51] 。
森林の効果
森林は葉などに汚染物質を吸着するため、一種のフィルタのように作用する
さまざまな地形・植生と比較して、粗度が大きく霧 による樹冠の濡れなどがある森林 は空気中の大気汚染物質を沈着させる効果が大きい。適切な森林管理は焼畑 や薪炭材 の過剰な伐採の抑制を通じて大気汚染軽減に寄与する側面もある。その一方で、沈着が過剰になると植物自身がダメージを受けるほか、植物自身が出すイソプレン やテルペン 類などのBVOCも光化学反応を通じてオゾンや有機エアロゾルなどの汚染質に変化する作用があることも無視できない[ 52] [ 53] 。
主に汚染の発生域と居住地との間に設けて汚染を軽減する方法として、緑化 によりグリーンベルト や公園 などの「緩衝緑地」を設ける方法がある。粉塵・粒子状物質を沈着させ、二酸化炭素を始め気体を吸収する効果がある。(張、2002年)によると、北京において疎林の緑地帯を通過する大気の粉塵減少率は、夏が61%あるのに対して冬は約20%に減少する。ただし、緑地帯の植物や土壌、水質に対しては逆に汚染をもたらすので、本質的には総排出量の削減が最も効果のある大気汚染対策である[ 2] [ 7] [ 54] 。
教育
空気質の浄化
家庭用空気清浄機の例
Smog Free Tower
個人レベルでは空気清浄機 を導入することで室内汚染を低減することができる。汚染が深刻な地域では、宿泊施設 などで空気清浄機の提供が重要なサービスのひとつになっている例がある[ 47] 。
都市以上の規模では大規模な空気清浄機を設置する例があって、"Smog tower"、または"Air purifier Tower"などと呼ばれる。中国 やインド の例が有名である。これらは都市部に設置され、実際にある程度効果が出ているというが、稼働のための電力が石炭 などの燃料に頼っているため郊外では汚染はよりひどくなっているとの批判がある[ 55] 。
交通計画
総排出量の削減の為には、一つの都市の開発に当たって、地下鉄 や鉄道 などの環境負荷の低い公共交通機関 や、自転車 などの排気ガスを出さない軽車両 の交通を円滑にする為の自転車専用道路 といった道路網の整備などを、都市計画 の段階で予め織り込んでおく事も重要である。これは網の目状に良く整備された高速道路網と郊外型の住宅地、そして貧弱な公共交通機関事情が組み合わせられた結果、「事実上自動車が無ければ都市内の移動が困難である」事態が発生した事により、史上最も早くから自動車の排気ガスに起因する「白いスモッグ」の発生に苦しめられたロサンゼルス の都市計画の失敗例を教訓とするものである[ 56] [ 57] 。
規制
排出量の規制
総量規制は工業地帯などの汚染が深刻な地域において、大規模排出源である工場などを対象に、その地域で環境基準を達成するために許容できる各工場の排出量を求めて割り振り排出枠を設定する方式。日本では1972年に三重県 が硫黄酸化物を対象に条例で導入、1974年に大気汚染防止法 でも導入されている[ 58] [ 59] 。また、一定規模以上の汚染質排出がある工場では大気関係公害防止管理者 を置くことが定められている。
国際協定
大気汚染に関する主な国際協定は以下の通り。
環境基準
先進国では1950年代 - 1970年代に大気汚染物質の環境基準が設定された。世界レベルでは、1987年に世界保健機関 (WHO)ヨーロッパ地域事務局が"Air Quality Guidelines for Europe"(ヨーロッパ空気質指針)を策定し27種類の物質の基準を定め、1999年にはこれを拡張して全世界に適用できるよう調整した"Guidelines For Air Quality"(空気質指針)を発表、その後2000年に37物質、2005年に4物質の基準を変更・追加している[ 64] [ 65] 。
各国ごとの大気汚染基準値
主な大気汚染物質の各国の基準値 単位:µg/m3 (ppm等で定められているものも換算して表示)[ 66]
二酸化硫黄
二酸化窒素
PM10
PM2.5
オゾン
1年
24時間
1時間
10分
1年
24時間
1時間
1年
24時間
1年
24時間
8時間
1時間
WHO(2005年)
-
20
-
500
40
-
200
20
50
10
25
100
-
EU (1999/30/EC, 2008/50/EC)[ 67]
-
125
350
-
40
-
200
40
50
25
-
120
-
アメリカ (連邦政府) (NAAQS、2012年)[ 68]
-[ 注 3]
-[ 注 3]
0.075ppm =*3 200
-
0.053ppm =*3 100
-
0.1ppm =*3 188
50
150
*1 12/15
35
0.075ppm =*3 150
-
アメリカ カリフォルニア州 (CAAQS、2009年)[ 69]
-
0.04ppm =105
0.25ppm =655
-
0.03ppm =56
0.18ppm =338
470
20
50
12
65
0.07ppm =137
0.09ppm =180
日本(2009年)[ 70]
-
0.04ppm =105
0.1ppm =262
-
-
0.06ppm =113
-
-
100
15
35
-
*2 0.06ppm =118
ブラジル (1990年)
80
365
-
-
100
-
320
50
150
-
-
-
160
メキシコ (2006年)
78
341
-
-
-
-
390
50
120
15
65
*157
216
南アフリカ (2004年)
50
125
-
500
94
188
376
60
180
-
-
-
235
インド (1994年) (高リスク者/住宅地/工業地)
15/60/80
30/80/120
-
-
15/60/80
30/80/120
-
50/60/120
-
-
-
-
-
中国(1996年) (1級/2級/3級[ 注 4] )
20/60/100
50/150/250
150/500/700
-
40/40/80
80/80/120
120/120/240
40/100/150
50/150/250
-
-
-
120/160/200
*1:高リスク者/一般。*2:光化学オキシダントの基準値。*3:[ 注 5] をもとに換算。
WHO空気質指針
以下は、1999年、2000年、2005年発表のWHOの「空気質指針」(WHO AQG(1999), WHO AQG(2000), WHO AQG(2005))にリストされている大気汚染物質の一覧である。異なる物質同士の値の大小で単純に害の大小を比較することはできない。またこの値は、個々の物質について独立に健康影響を評価した指針値であり、複数の物質が混合した場合の相乗効果などについては考慮していない[ 71] [ 72] [ 73] [ 64] 。
WHO空気質指針(発がんリスク 以外に基づくもの)(注記なきものは2000年) [ 64] [ 72]
種類
物質
世界規模の 平均的濃度範囲 (µg/m3 )
ガイドライン
備考
時間平均値 (µg/m3 )
曝露時間
古典的 大気 汚染 物質
硫黄酸化物 (SOx )
-
-
-
二酸化硫黄 (SO2 )
5-400[ 71]
500[ 74]
10分
-
1時間
日本:0.1ppm [ 70] =約262µg/m3 [ 75]
20[ 74]
24時間
日本:0.04ppm[ 70] =約105µg/m3 [ 75]
50
1年
[ 71]
窒素酸化物 (NOx )
-
-
-
二酸化窒素 (NO2 )
10-150[ 71] [ 注 6]
200[ 74]
1時間
-
24時間
日本:0.04-0.06ppm[ 70] =約113µg/m3 [ 75]
40[ 74]
1年
光化学オキシダント (OX)
-
-
1時間
日本:0.06ppm=約118µg/m3 [ 70] [ 75]
オゾン (O3 )
10-100[ 71]
100[ 74]
8時間
粒子状物質
-
-
-
浮遊粒子状物質 (SPM)
-
-
1時間
日本:200µg/m3 [ 70]
-
24時間
日本:100µg/m3 [ 70]
PM10
数十-数百程度[ 注 7]
50[ 74]
24時間
20[ 74]
1年間
PM2.5
数十-数百程度[ 注 7]
25[ 74]
24時間
日本:35µg/m3 [ 70]
10[ 74]
1年間
日本:15µg/m3 [ 70]
有機物
一酸化炭素 (CO)
60-140[ 注 8]
100,000(90ppm)[ 76]
15分
60,000(50ppm)[ 76]
30分
30,000(25ppm)[ 76]
1時間
10,000(10ppm)[ 76]
8時間
日本:20ppm[ 70]
-
24時間
日本:10ppm[ 70]
ホルムアルデヒド
0.001-0.02[ 注 9]
100
30分
エチルベンゼン
1-100
22,000
1年間
[ 71]
スチレン
1以下-20[ 77]
70
30分
260
1週間
トルエン
5以下-150[ 78]
1,000
30分
260
1週間
キシレン
1-100
4,800
24時間
[ 71]
870
1年間
アクロレイン
15
50
30分
[ 71]
アクリル酸
-
54
1年間
[ 71]
テトラクロロエチレン
1以下-5[ 79]
8,000
30分
日本:1年平均値200µg/m3 [ 70]
250
24時間
1,2-ジクロロエタン
0.2-1程度[ 注 10]
700
24時間
ジクロロメタン
5以下程度[ 注 11]
3,000
24時間
日本:1年平均値150µg/m3 [ 70]
二硫化炭素
10-1,500[ 80]
20
30分
100
24時間
フッ化物
0.5-3程度[ 注 12]
-[ 注 13]
1年間
硫化水素
- [ 81]
7
30分
150
24時間
無機物
鉛
0.15-0.5程度[ 注 14]
0.5
1年間
カドミウム
- [ 82]
0.005
1年間
IARC分類1[ 82]
マンガン
0.01-0.07[ 注 15]
0.15
1年間
無機水銀
0.002-0.01[ 83]
1
1年間
日本:(水銀)一年平均値40ngHg/m3 (指針値)[ 84]
バナジウム
0.01-0.2[ 注 16]
1
24時間
注:平均的濃度範囲は、出典中の掲載文に記載されている、屋外における年間平均での目安。 原則は世界平均で、欧米など限られた地域のみの平均データには「程度」と付記している。
WHO空気質指針(発がんリスクに基づくもの)(注記なきものは2000年) [ 64] [ 73]
種類
物質
世界規模の 平均的濃度範囲 (µg/m3 )
ガイドライン
IARC発がん性分類
備考
ユニットリスク(UR)値 (1µg/m3 における値)
有機物
アセトアルデヒド
5
(1.5 - 9)x10-7
2B
[ 71]
アクリロニトリル
[ 注 17]
2x10-5
2A
日本:一年平均値2µg/m3 (指針値)[ 84]
ベンゼン
5-20[ 85]
6x10-6
1
日本:1年平均値3µg/m3 [ 70]
多環芳香族炭化水素 (PAH)
-
ベンゾ[a]ピレン
0.001以下-0.01程度[ 注 18]
9x10-2
1[ 注 18]
アンタントレン
-
(2.4 - 2.8)x10-2 [ 71]
-
ベンズ[a]アントラセン
-
(1.2 - 13)x10-4 [ 71]
-
ベンゾ[b]フルオランテン
-
(0.87 - 1.2)x10-2 [ 71]
-
ベンゾ[j]フルオランテン (英語版 )
-
(0.4 - 0.87)x10-2 [ 71]
-
ベンゾ[k]フルオランテン (英語版 )
-
(8.7 - 87)x10-4 [ 71]
-
クリセン
-
(8.7 - 870)x10-5 [ 71]
-
シクロペンタ[cd]ピレン
-
(1 - 8.7)x10-3 [ 71]
-
ジベンゾ[a,e]ピレン
-
8.7x10-2 [ 71]
-
ジベンズ[a,c]アントラセン
-
8.7x10-3 [ 71]
-
ジベンズ[a,h]アントラセン
-
(7.7 - 43.5)x10-2 [ 71]
-
ジベンゾ[a,l]ピレン
-
8.7[ 71]
-
ジベンゾ[a,e]フルオランテン
-
8.7x10-2 [ 71]
-
ジベンゾ[a,h]ピレン
-
(8.7 - 10.4)x10-2 [ 71]
-
ジベンゾ[a,i]ピレン
-
8.7x10-3 [ 71]
-
フルオランテン
-
(8.7 - 87)x10-5 [ 71]
-
インデノ[1,2,3,-cd]ピレン
-
(5.8 - 20.2)x10-3 [ 71]
-
ビス(クロロメチル)エーテル
-
8.3x10-3
1
[ 71]
クロロホルム
0.3-10
4.2x10-7
2B
[ 71]
1,1,2,2-テトラクロロエタン (英語版 )
0.1-0.7
(0.6 - 3.0)x10-6
3
[ 71]
トリクロロエチレン
1-10[ 86]
4.3x10-7
2A
日本:1年平均値200µg/m3 [ 70]
塩化ビニル
0.1-10[ 87]
1x10-6
1
日本:(塩化ビニルモノマー)一年平均値10µg/m3 (指針値)[ 84]
無機物
ヒ素
0.001-0.03[ 88]
1.5x10-3
1
石綿 (アスベスト)
-
[ 注 19]
1
六価クロム
0.005-0.2[ 89]
4x10-2
1
ニッケル 粉末
1-180[ 90]
4x10-4
1
日本:(ニッケル化合物)一年平均値25ngNi/m3 (指針値)[ 84]
混合物
ディーゼル排気ガス
1-10
(1.6 - 7.1)x10-5
2A
[ 71]
受動喫煙 (環境たばこ煙 )
1-10[ 91]
1x10-3
-
監視と予測
大気汚染モニタリング
観測所
大気汚染によるタバコ の葉の白斑
オゾンの濃度上昇を知らせる看板、アメリカテキサス州 ヒューストン
汚染物質を定量的に表すのは、大気中における濃度 (重量 比や体積 比)、単位時間 ・単位面積 当たりの沈着(堆積)量や落下(降下)量である[ 2] 。大気の汚染状況を監視するためには長期的に連続して観測することが必要であり、PM、SOx 、NOx 、OXなどの主要汚染物質の観測には自動で連続観測できる測定装置を設置することが多い[ 92] 。
粒子状物質は世界的にはPM10とPM2.5が指標として用いられる。PM10は粒子径10µmで50%の捕集効率を持つ分粒装置を通過する微粒子、同様にPM2.5は2.5µmである。初期にはろ紙 を用いるBS法、次にハイボリュームエアサンプラーを用いる方法(例としてアメリカでは1980年代後半まで)が用いられたが精度が高くなく、現在はローボリュームエアサンプラーを用いる方法、フィルタで集めた粒子をベータ線 照射や振動により測定する方法や、EPA のPM2.5サンプラーなどが用いられている。WHOの資料(2005年)によると世界の人口10万人以上の都市3,400のうちPM10の測定が行われているのは216都市にとどまり、そのほとんどが北アメリカやヨーロッパであるように、測定地点が少ないことが指摘されている[ 92] [ 93] 。
ガス状物質の測定法は物質によりさまざまであるが、連続的に測定するものとしては溶媒 へ吸収させて導電率 や光の透過率を測定する方法、赤外線照射で得られるスペクトルから分析する赤外分光法 、同様に紫外線・可視光線・近赤外線照射を用いる紫外・可視・近赤外分光法 などが用いられ、連続測定が難しく採取分析を行うものではガスクロマトグラフィー などが用いられる[ 70] [ 92] 。
特に観測点が乏しい場合や、計器観測点の間隔よりも小さな規模の汚染を調べる場合などには、大気汚染の生物指標 として、樹木の葉の様子や、樹木に着生する大気汚染に弱い地衣類 の様子を観察・利用する場合がある。マツ の葉の断面は、気孔周辺に煤が溜まりやすいことが知られている。
越境輸送のモニタリング
越境汚染問題においては、国境を越えて輸送される大気汚染物質の動向を明らかにするため、高濃度汚染時の風向による簡単な解析の他に、地域ごとの排出量と沈着量から他の地域からの流入を推定する方法、汚染物質中の同位体 比をトレーサー として発生源を推定する方法、長距離輸送モデルによる解析などが用いられる[ 25] 。
トレーサーとしては硫黄 、鉛 、ラドン などの同位体が用いられる。産地により固有の値をとる石炭や石油の硫黄分の硫黄同位体比により硫黄酸化物の発生源を推定できる。また工業製品に含まれる鉛も産地により値が異なることから発生源を推定できる場合がある。半減期が約10.6時間の212 Pb と約3.8日の222 Rn など、片方がもう一方の崩壊生成物でかつ半減期の異なる同位体の比率を用いても発生源を推定できる[ 25] 。
長距離輸送モデルでは、ヨーロッパでは酸性雨の原因物質である硫黄酸化物を中心に研究が進んで"RAINS-Europe"というモデルが開発されているほか、温室効果ガスの解析用として"GAINS"というモデルが開発されている。アジアではRAINS-Europeを応用した"RAINS-Asia"などが開発されている。ただし、モデルにより大きな誤差が出て議論になる場合もある[ 25] 。
予報
また、急性の健康被害をもたらすような高濃度汚染を防止することを目的に、大気汚染予報も行われる。高濃度汚染の活性する可能性を「大気汚染気象ポテンシャル」または「大気汚染ポテンシャル」といい、行政が行う汚染物質排出動向の調査に基づく排出予測と、気象学 の理論を用いた汚染物質の動きの予測を組み合わせて、数値などでその大きさを求める。汚染物質の動きは数値予報モデル (主に大気拡散モデル )で算出される予報資料などを用いる[ 94] [ 95] 。
大気汚染予報で用いる主な数値には、混合層高度(Mixing Depth)、移送風速、滞留示数(Stagnation Index)などがある。混合層高度とは、地表から高度数百mまでの混合層 の頂上の高度のことで、この上には水平 風が強い層がある。混合層高度が高いほど大気汚染物質が上下に混合され上層で水平風により拡散されやすいことを示す。普通はその日の気温が最も高くなる頃に最も高くなり、これを最大混合層高度(Maximum Mixing Depth)という。これに対して混合層高度が最も低くなるのは日の出の頃で、高層気象データをプロットしたエマグラム 上でも算出できる[ 注 26] 。移送風速は混合層内の水平方向の風速 である。滞留示数は複数の気象要素から空気の滞留の度合いを示すもので、地上の降水量 や湿度 、850hPa(高度約1,500m)風速、500hPa(高度約5,500m)渦度 などの要素を用いる[ 94] [ 96] 。
このような予報が開始されたのは、ヨーロッパやアメリカでは第二次世界大戦後から1950年代、日本では1960年代、中国では1980年代である[ 7] 。
指標・警報
大気汚染の状況を空気質 の指数で発表している地域や、一定以上の汚染が発生しているとき・予想されるときに警報などを発表する地域がある。
アメリカ - 空気質指数(Air quality index , AQI)を発表。"Good","Moderate","Unhealthy for Sensitive Groups","Unhealthy","Very Unhealthy","Hazardous"の6段階で、1時間値や12時間値などを基に算出している。予報も行う[ 97] 。
カナダ - 空気質健康指数(Air Quality Health Index , AQHI)を発表。"Low health risk","Moderate health risk","High health risk","Very high health risk"の4段階。予報も行う[ 98]
EU - 域内の空気質指数(Air quality index, AQI)を発表。5段階[ 99] 。
イギリス - 空気質指数(Air quality index, AQI)を発表。4段階。予報も行う[ 100] 。
フランス - 観測値と予報を発表[ 101] 。
日本 - 高濃度が観測されたまたは予想される場合、大気汚染注意報 を発表。その多くは光化学スモッグ注意報[ 102] 。
中国 - 空気質指数(环境空气质量指数(AQI))を発表。7段階[ 103] 。
香港 - 空気汚染指数(Air Pollution Index , API)を発表[ 104] 。
インド - 空気質指数(Air quality index, AQI)を発表。5段階[ 105] 。
日本の状況
東京の大気汚染
日本 においては、明治 初期(19世紀 終盤)から産業による大気汚染が発生し始めた。
早期に製鉄所 ができた八幡 や釜石 では高炉からの煤塵による大気汚染が起きた。栃木・群馬の足尾銅山鉱毒事件 では、水質汚染 とともに銅の精錬所から排出される二酸化硫黄 が植物に被害を与えている。愛媛の別子銅山 でも精錬所からの二酸化硫黄が農業被害を起こし紛争となっている[ 106] [ 107]
1883年から1884年(明治16-17年)には大阪市 で煤煙による広域汚染が問題となり、大阪府が煤煙を規制する通達を出して以降、市や府による対策やメディアによる報道も行われたが、大気汚染は悪化した。この時期大阪市は別名「煙の都 」とも呼ばれていた。1922年(大正11年)には大阪市立衛生試験所が大気の広域的な調査を開始するなど、調査研究もこの頃からいくつか行われ始めている[ 106] [ 107] 。
天を覆う蒙々たる黒煙は我が大阪市の有する特徴の最たる ものにして、又最大なる悩みなり。煤煙により市民が蒙る 被害の甚大なるは…(中略)…煤煙防止方策の如何は実に 焦眉の急務と云わざるべからず。
大阪市立衛生試験所『事業成績概要』、 1926年(昭和2年)[ 106]
同様の汚染は隣の京都や兵庫、また東京や神奈川、福岡でも生じた。工場周囲での汚染、ばい煙による広域汚染に、自動車の排気なども加わり、大気汚染は拡大していった[ 106] [ 107] 。
第二次世界大戦 中には休止した工場もあったが、戦後は再操業・増産を行うなど産業の復興に伴い大気汚染が再び深刻化した。工業地帯では、煤煙や製鉄所からの酸化鉄 ヒュームが空を覆い「太陽が赤く染まる」ほどの汚染ともいわれ、洗濯物が汚れ、視程 が悪化するなど生活に影響を与えた。こうした汚染に対して住民の苦情も増し、1949年(昭和24年)に東京都、1950年(昭和25年)に大阪府、1951年(昭和26年)に神奈川県で、それぞれ公害防止条例 が制定されている。
1960年代 に入ると、国に対する規制を求める世論も高まり、1962年(昭和37年)には煤煙の排出の規制等に関する法律 が制定され、京浜工業地帯 、阪神工業地帯 、北九州工業地帯 などの指定地域のすすや粉塵等の規制が開始された[ 108] 。しかしこの法律では、電力 ・ガス事業 が対象外とされたほか、硫黄酸化物 の問題をほとんど考慮していなかった[ 106] [ 107] 。
1960年頃から三重県 四日市市 に誘致された四日市コンビナート による大気汚染のため、四日市ぜんそく の被害が深刻化し始める[ 109] 。またそれに先出ち、1950年代 から京浜工業地帯 で川崎ぜんそく が社会問題となっていた。
1967年(昭和42年)には公害対策基本法 、翌1968年(昭和43年)には煤煙の排出の規制等に関する法律に代えて大気汚染防止法 が制定された。大気汚染防止法は、硫黄酸化物の排出規制に関して煙突が低いほど上限が低くなる「K値規制」[ 110] 、初めての自動車排出ガス規制 を含むものであった。しかし二酸化硫黄の濃度はしばしば高濃度となって「緊急時措置」が執られた[ 106] [ 107] 。
1970年代 に入ると大気汚染の深刻化に世論が高まり、1970年(昭和45年)の通称「公害国会 」で大規模な法改正が行われた。この改正により、窒素酸化物 (NOx)、炭化水素 、鉛 などの有害物質 が規制対象に加えられ、電力・ガス事業も対象となり、工業地域 などに限定されていた規制が国内全域に拡大されるなどしている。また被害の顕著な都市部では、自治体が条例により独自に上乗せ規制を行うところも出てきた。また1972年(昭和47年)には四日市公害訴訟 で被害者側が勝訴し、1973年(昭和48年)の公害健康被害補償法 の制定につながる[ 106] [ 107] 。
夏のスモッグ、東京都中央区(2006年)
1970年代 を境に集塵装置や脱硫装置の開発・普及が進み、煤塵や硫黄酸化物の濃度は低下して20年で5分の1程度になった[ 2] [ 7] [ 106] [ 107] 。2010年の時点で硫黄酸化物の濃度は99%以上の測定地点で環境基準を達成している[ 111] 。二酸化窒素の濃度は1970年代に減少してから横ばいが続いていたが、自動車排出ガス規制 や都市部での総量規制などが始まって以降、2000年代から緩やかに減少している[ 107] [ 112] 。
その後もコンビナート 地帯や大都市の幹線道路 沿いなどの大気汚染が完全に解消されたわけではなく、四大公害訴訟(水俣病 ・第二水俣病 ・イタイイタイ病 ・四日市ぜんそく)が終わった1970年代 後半以降も、京葉工業地帯 のある千葉市 (1975 - 1992年)、大阪市 有数の工業地域における西淀川公害訴訟 (1978 - 1998年)、川崎公害訴訟 (1982 - 1999年)、水島臨海工業地帯 周辺の倉敷・水島 (1983-1996年)、阪神工業地帯 のある尼崎市 (1988-2000年)、名古屋南部(1989-2001年)、東京大気汚染訴訟 (1996-2007年)など、各地で大気汚染訴訟が提起されている。この中には、公害健康被害補償法下で指定されていた汚染地域が1988年にすべて解除され、補償対象となる患者認定が新規に行われなくなったことが関係している訴訟もある。その後、基金などを設立する動きも出ている[ 107] [ 113] 。
有害大気汚染物質は、2000年施行のPRTR法 やダイオキシン対策特措法 で排出管理が厳格化された。
排出ガス規制の遅れていたディーゼル自動車 に対しては、自動車NOx・PM法 が段階的に強化されたほか、都市部でのディーゼル車規制条例 [ 107] 、一定年数を過ぎた使用過程車への自動車税 の割増措置(スクラップインセンティブ )が行われている。また、運送業(例:ヤマト運輸 の宅急便 配達)など企業によっては自動車の使用抑制として環境負荷の軽い自転車 の活用促進なども行われている。
1970年7月18日に東京都杉並区 などで発生した被害が大きく取り上げられて以降、主に自動車排ガス中の炭化水素と二酸化窒素に由来する光化学スモッグ が深刻化した。国内の光化学スモッグ注意報 などの発表延べ日数は、1973年(昭和48年)に300日を超えてピークに達した後、1984年(昭和59年)に100日以下に減少したがその後100-200日前後を推移、2000年と2007年には200日を超えている[ 114] 。光化学オキシダントの濃度も、2006年から2010年の5年間で環境基準を達成している地点は0.2-0%とほとんどなく、平成24年の環境白書でも「依然として低い水準」とされている[ 115] 。また2000年 前後から、対馬 などの離島や西日本 、日本海側 などで大陸(主に中国 )から越境輸送された汚染物質が影響したと推定される光化学オキシダントの高濃度事例が発生している[ 116] 。
これに関連して、原因物質である窒素酸化物や非メタン炭化水素(NMHO)[ 注 27] の濃度が緩やかに減少しているにもかかわらず、光化学オキシダントの濃度は年間約1%の割合で緩やかに上昇しているという結果が出ている。この原因として、アジア からの越境輸送が広域的に広がり濃度を押し上げているとの指摘がある[ 116] [ 117] 。また、2010年には雨の国内平均水素イオン濃度 (pH)は4.78で酸性雨だが、植物被害などは発生していない。ただし、酸性雨の発現には時間差があることから、アジアでの汚染物質排出量が増大しているのに伴って、将来酸性雨による被害が発生する恐れがあるとされている[ 118] 。
中国、朝鮮半島からの越境汚染
野焼き
日本に沈着する汚染物質の発生源の解析では、1990年頃は硫黄酸化物の4-5割が国内、1-3割が中国、1割前後が朝鮮半島 であった。なお、冬季には北西季節風により中国から排出の寄与度が全体の半分以上に増加するという解析結果がある。また窒素酸化物の発生源(1990年頃)は65-75%が国内、13-18%が中国、10-15%が朝鮮半島とされる[ 25] [ 119] 。ただし、越境汚染は2010年代 をピークとして減少しつつあり、硫黄酸化物の減少幅が大きい。一方で、相対的に国内で従来から行われている野焼き による排出の寄与が割合を増してきているという報告がある[ 120] [ 121] 。
脚注
注釈
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参考文献
関連項目
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