多自然川づくり (たしぜんかわづくり)とは、1989年 度から旧建設省 (現在の国土交通省 )が実施している河川事業の一つ。日本のすべての河川の川づくりの基本方針とされている。
旧称は多自然型川づくり (たしぜんがたかわづくり)。1990年 (平成2年)に「『多自然型川づくり』の推進について」として建設省から全国に通達 され[ 1] 、2006年 (平成18年)の国土交通省の通達「『多自然川づくり』の推進について」によって“多自然川づくり”へと発展・改称された[ 2] 。
概要
国土交通省は公式WEBサイト[ 3] で、多自然川づくりを「河川全体の自然の営みを視野に入れ、地域の暮らしや歴史・文化との調和にも配慮し、河川が本来有している生物の生息・生育・繁殖環境及び多様な河川景観を保全・創出するために、河川管理を行うことです。」[ 4] と定義し、その適用範囲を「『多自然川づくり』はすべての川づくりの基本であり、すべての一級河川、二級河川及び準用河川における調査、計画、設計、施工、維持管理等の河川管理におけるすべての行為が対象となります。」[ 4] と述べ、ガイドラインを「多自然川づくり基本指針」[ 4] (2006年(平成18年)10月13日通達別添[ 2] )に示している。従来の治水や水利の観点には欠けていた、河川の生態系と景観の保全・回復・創出を流域の歴史や文化にも目配りした上でおこなうことを日本の河川管理の基本方針として明示した点が特徴的である。
事業の経緯と概念
当初は「多自然型 川づくり」の事業名称で、1990年11月6日に建設省(現・国土交通省)が全国に「『多自然川づくり』の推進について」および「『多自然型川づくり』実施要領」を通達した[ 7] ことに端を発している。
治水 の項にあるように、日本の「多自然型川づくり」は、“近自然的な”河川整備を日本的に咀嚼した河川づくりとされている。この「近自然的河川づくり」とは、1970年代ヨーロッパ のスイス やドイツ 、オーストリア で誕生した「Wasserbau(かわづくり)」という河川整備概念である。Wasserbauの自然 をいかした川づくり概念には2つの種類「naturnah」と「mehr Natur」があり、日本では前者 naturnah を「近自然」、後者 mehr Natur を「多自然」と訳している。関正和ら当時の建設省 河川技術陣は、後者を事業名に採用したとされている。一方の「Naturnaher Wasserbau」の方は、学術用語として「近自然河川工法」という工法名称を生み出した。
Mehr Naturの訳語としての多自然という言葉は、自然が多いという意味ではなく、自然の捉え方、多様性という意味を指している。日本の河川 行政は、上記の建設省通達「『多自然型川づくり』の推進について」(1990年)を転機にして、1997年 (平成9年)の河川法改正 とあわせ、住民参加型の多自然型川づくりの実現が基本方針となった。
2005年 (平成17年)9月、国土交通省は「『多自然型川づくり』レビュー委員会」を設置して15年間の成果を検討し[ 8] 、“多自然型川づくり”の概念が共通認識となっておらず、必ずしも十分な成果は上がっていないとする厳しい評価を含む委員会提言「多自然川づくりへの展開」を受けたことから[ 注 1] 、名称も特定の工法や区間にのみ適用されるモデルケースとの印象を与える「型」を取り除いた“多自然川づくり”に改めた上で、2006年(平成18年)10月13日、新たに「『多自然川づくり』の推進について」および「多自然川づくり基本指針」を全国に通達し、「今後、『多自然川づくり』をすべての河川における川づくりの基本と」する[ 2] と明記されて、現在に至っている。
その後、2016年 (平成28年)12月に国土交通省は「河川法改正20年 多自然川づくり推進委員会」を設置して、1997年の河川法改正から20年、2006年の「多自然型川づくり」レビュー委員会提言から10年を経た多自然川づくりの現状の評価と課題について審議を求め[ 12] 、2017年 (平成29年)6月に提言「持続性ある実践的多自然川づくりに向けて」[ 注 2] が公表された[ 16] 。
多自然川づくりに関連する主な人物
アイウエオ順。
脚注
注釈
^ 2006年5月に提出された「多自然型川づくり」レビュー委員会の提言は、「多自然川づくりへの展開(これからの川づくりの目指すべき方向性と推進のための施策)」(平成18年5月)[ 9] と題され、「提言のポイント」[ 10] とともに国土交通省WEBサイトで公表されている[ 8] 。レビュー委員会の委員構成は、民間委員として山岸 哲 (財団法人山階鳥類研究所 所長)を委員長に、角野康郎(神戸大学 教授)、岸 由二 (慶応義塾大学 経済学部教授)、島谷幸宏(九州大学大学院工学研究院環境都市部門教授)、谷田一三(大阪府立大学 大学院理学系研究科教授)、辻本哲郎(名古屋大学 大学院工学研究科教授)、中村太士(北海道大学大学院農学研究科教授)、森 誠一(岐阜経済大学 コミュニティ福祉政策学科教授)、森下郁子 (社団法人淡水生物研究所所長)の9名、行政委員として、布村明彦(国土交通省河川局河川計画課長)、久保田 勝(河川局河川環境課長)、関 克己(河川局治水課長)、宮本博司(河川局防災課長)、天野邦彦(土木研究所水循環研究グループ河川生態チーム上席研究員)、藤田光一 (国土交通省国土技術政策総合研究所河川環境研究室室長)の6名、その他に事務局として国土交通省河川局職員10名とリバーフロント整備センター 職員2名となっている(肩書きは当時のもの)[ 11] 。
^ 2017年6月に提出された河川法改正20年 多自然川づくり推進委員会の提言は、「持続性ある実践的多自然川づくりに向けて)」(平成29年6月)[ 13] と題され、「概要」[ 14] とともに国土交通省WEBサイトで公表されている[ 12] 。同委員会の委員構成は、山岸 哲((公財)山階鳥類研究所名誉所長)を委員長とし、池内幸司(東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授)、高村典子(国立研究開発法人国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター フェロー)、谷田一三(大阪市立自然史博物館 館長)、辻本哲郎(名古屋大学名誉教授)、中村太士(北海道大学農学研究院基盤研究部門森林科学分野教授)、百武ひろ子(県立広島大学 大学院経営管理研究科教授)の7名となっている(肩書きは当時のもの)[ 15] 。
出典
参考文献
千田 稔 『実用河川計画 : 中小河川改修計画の理論と実際』 理工図書、1977年7月
杉山恵一, 進士五十八 編 『自然環境復元の技術』 朝倉書店 、1992年6月
静岡県静岡土木事務所 編 『「多自然型川づくり」への取り組み』 静岡県静岡土木事務所、1993年2月
武内和彦 『環境創造の思想』 東京大学出版会 、1994年7月
新見幾男 著、三浦孝司 写真 『ヨーロッパ近自然紀行 : スイス・ドイツの川づくりを訪ねて』 風媒社 、1994年10月
森 誠一 『トゲウオのいる川 : 淡水の生態系を守る』 中央公論社 〈中公新書〉、1997年6月
小野有五 『川とつきあう』 岩波書店〈自然環境とのつきあい方 3〉、1997年11月
森 誠一 編 『魚から見た水環境 : 復元生態学に向けて/河川編』 信山社サイテック〈自然復元特集 4〉、1998年6月
田村 明 『まちづくりの実践』 岩波書店〈岩波新書〉、1999年5月
亀岡 徹「Insight インサイト 第4回 住民参加と公共事業 : 住民参加の川づくり」『土木学会誌』第13巻、土木学会、1999年12月。
国土開発技術研究センター 編 『解説・河川管理施設等構造令』 日本河川協会 (発売 山海堂)、2000年1月
玉井信行「多自然型川づくりから自然復元へ」『河川』第57巻第11号、日本河川協会、2001年11月、3-5頁。
杉山恵一 『自然環境復元の展望』 信山社サイテック、2002年10月
福留脩文 『近自然の歩み : 共生型社会の思想と技術』 信山社サイテック、2004年7月
吉川勝秀 編著、妹尾優二, 吉村伸一 著 『多自然型川づくりを越えて』 学芸出版社 、2007年4月
関連項目
日本の環境と環境政策
河川法
治水 - 「治水と河川環境」節がある。
ビオトープ
魚道 - 近自然型といったより自然に近づけた魚道、多自然型魚道と呼ばれる魚道
親水
新郷瀬川 (しんごうせがわ、愛知県犬山市) - 自然環境が比較的良好に保たれており、それを生かして多自然型川づくりの試験施工が行なわれている。
大安寺川 (岐阜県各務原市) - 1990年代後半からの改修工事で植生護岸による多自然型川づくりが行なわれ、自然の豊かな河川となる
揖保川 (いぼがわ、兵庫県)
精進川 (北海道札幌市) - 2000年から2008年に「精進川ふるさとの川事業」を実施。
㹨川 (いたちがわ、神奈川県横浜市栄区) - 都市部における多自然型河川の整備の草分けとして土木雑誌等にしばしば取り上げられるほか、多自然型護岸などを用いるなど、周辺環境との調和に配慮した整備が進められている
河川環境楽園 (岐阜県各務原市) - 多自然型の水路などがある。
ヒナモロコ
公益財団法人リバーフロント整備センター - 主な業務は水辺の空間創造のほか、多自然型河川の調査研究・技術開発。元 国土交通省河川局所管。
ブルースペース
外部リンク