八田 竹男(はった たけお、1914年〈大正3年〉9月15日 - 1991年〈平成3年〉8月6日[1])は、吉本興業社長。興行師、芸能プロモーター。
来歴・人物
大阪府の生まれ。旧制北野中学校(現大阪府立北野高等学校)、早稲田第一高等学院を経て、早稲田大学法学部中退[2]。俳優の森繁久彌とは北野中学時代からの同級生で同い年であり、早稲田時代には一緒に演劇に熱中した。
戦前の1937年、吉本興業に入社。戦後は事業部、制作部の部長などを歴任。戦後は映画館経営に専念していた吉本興業に演芸部門を復活させ、うめだ花月、京都花月、なんば花月など演芸場を次々と開設し、今日の「笑いのヨシモト」を築き上げた[3]。1977年には橋本鐵彦の後を継いで社長に就任。1986年、健康を理由に社長業を勇退。
演じた人物
関係項目・人物
- その他
- 劇場関係
脚注