マーティン (Martin 、C.F.Martin & Co., Inc. ) 社は、アメリカ のギター ・マンドリン ・ウクレレ メーカー 。アコースティックギター のトップ・ブランドとして知られる。1970年代 に当時の日本 の輸入代理店 であった東海楽器 のカタログ表記では「マーティン 」と表記されているが、「マーチン 」と表記されることもある。
ハンク・ウイリアムス 、エルヴィス・プレスリー 、ジョニー・キャッシュ 、クラレンス・ホワイト 、ポール・サイモン 、ポール・マッカートニー 、エリック・クラプトン 、ボブ・ディラン 、ジョニ・ミッチェル 、ジミー・ペイジ 、クロスビー・スティルス&ナッシュ 、ニール・ヤング など、列挙にいとまがないほど世界中のミュージシャンに愛用されてきた。
日本でも1950年代 後半頃から駐留米軍関係者が持ち込んだ楽器が出回り始め、やがて一部楽器店が取扱いを開始。かまやつひろし は同社のアコースティックギターD-28 を1960年代 前半には入手していた。1960年代中頃からのフォーク ブーム を機に多くのフォークシンガー やギタリスト から愛用されるようになる。スタジオミュージシャンの石川鷹彦 は1966年 製のD-18を、森山良子 は1970年 製の00-45Sを共に使用。
元ガロ の堀内護 (MARK)と日高富明 (TOMMY)、ザ・フォーク・クルセダース やサディスティックミカバンド 等で活躍した加藤和彦 、石川鷹彦らは、日本で最初にD-45 を持ったミュージシャンとも言われている。
1971年 から東海楽器が日本の正規輸入代理店となり1984年 の同社会社更生法 申請まで継続。
1989年 以降、黒澤楽器店 が正規輸入代理店となり2020年 現在も輸入・販売を継続している。
概要
創業
Martin D-18 modell, 1979 (Artist : Jahn Teigen )Foto: Profero 2002
創業者はドイツ人 のクリスチャン・フレデリック・マーティン (Christian Frederick Martin:1796年 -1867年 )。代々家具職人の家に生まれた彼は、15歳の時、当時ウィーン で有名だったギター製作家、ヨハン・シュタウファー に弟子入りした。たちまちギター職人として頭角を現したマーティンは、生まれ故郷でギター製作を始めようとしたが、職人ギルド との関係がこじれて自由な製作活動ができなかった。
1833年 、マーティンは、ギター製作のためにドイツ からアメリカへの移住を決意。ニューヨーク で楽器店を開き、同時にギター製作も始めた。ニューヨークでの事業は決して楽なものではなく、物々交換が横行するなど安定した事業展開は望むべくもなかった。1838年 にはペンシルベニア州 ナザレスに移住し、本格的にギター製作を開始した。
スチール弦ギターの改良
1867年に初代クリスチャン・フレデリックが亡くなった後、かれの息子クリスチャン・フレデリックJRが事業を継いだ。以降、大資本に買収されることなく創業一族による経営が2006年現在(クリスチャン・フレデリック・マーティン4世)まで続いている。
マーティン社は伝統的なデザインの小型ボディーを持つギター[ 1] を製作する一方で、アメリカ大衆音楽 の変化に応じてギターを発展させていった。当時大流行していたカントリー音楽 のバンジョー 奏者が持ち替えて弾けるよう、ガット 弦の代わりにバンジョーと同じスチール弦が張れるよう自社のギターを設計変更し、1920年代から商品化[ 2] 。また現在のスティール弦アコースティックギター (フラットトップギター)のほぼすべてに使われているXブレーシングによる表板の補強も、マーティン社の発明と言われている[ 注釈 1] 。その後00(ダブルオー)、000(トリプルオー)、D(ドレッドノート )と、音量を大きくするためにボディサイズを大きくしたモデルを相次いで発表。なかでもドレッドノート [ 3] タイプは第二次大戦後に大人気となり、現在のアコースティックギターの基礎となった。
なお、戦前に40本製造されたいわゆる“オリジナルOM-45”や91本だけ製造されたいわゆる“プリウォーD-45 ”モデルは、当時のフラッグシップモデルであることに加え多く生産されなかったため、ヴィンテージギターとしては極めて希少価値の高いものである。
経営の盛衰
需要に応じて1900年 頃からマンドリンを、ハワイアンミュージックブーム[ 注釈 2] で1920年 頃からウクレレを量産開始[ 4] したが流行の変化で販売量が低下し製造を中止。
1929年 からの世界恐慌 を端緒とする長引く不景気で1930年 にはギターを4474本製造していたのが1933年 には2494本と生産量が激減してしまい[ 5] 、労働時間の週3日への短縮、他社のヴァイオリンの部品や玩具の製造等で苦境を乗り切った[ 6] [ 7] 。
第二次世界大戦 後、アメリカにおけるカントリーミュージック やフォークソング の大流行に支えられて順調にアコースティックギターの生産量は増加し、1970年 には22,637本[ 5] を製造するが音楽の流行の変化で楽器の人気がエレクトリックギター に移り、やがてシンセサイザー が大流行。アコースティックギターの生産量は急速に減少し、1981年 には6,174本[ 5] に留まった。マーティンでも人員削減が実施され[ 8] 、同業のライバルであるギブソン は1894年 の創業から継続してきたアコーティックギターの生産を1984年 に一旦中断してしまう[ 9] 。
アンプラグド・ブームで再浮上
1989年 に放送開始したMTV のテレビ番組MTVアンプラグド のヒットなどにより、アコースティックギターの人気が再上昇。1994年 には16,473本[ 5] を製造し、急激に業績が回復した。需要が増えるとマーティン社は新たに積極的な商品戦略を展開。過去には一切発売されなかったエリック・クラプトン モデル(000-28EC)などのアーティスト・シグネチャーモデルや戦前モデルの仕様を復活させたヴィンテージシリーズ(HD-28Vなど)、コレクター向きの超高級モデル(D-100 Deluxeなど)、希少材を使用した過去モデルの復刻版(D-28 Authentic 1937など)などを販売している。
近代化と商品ラインナップの拡大
創業以来、職人の手作業による楽器製造を行って来たが1990年代 から機械化がすすめられ、部品切削用のNCルーター 、接着保持用のバキュームクランプ、レーザー彫刻機などの自動工作機械を導入し、伝統的な手作業と機械加工で作業を分担して生産効率を向上する近代化が進められた[ 10] 。
また、従来マーティンでは製造して来なかった初心者にも入手しやすい廉価モデル(1シリーズやROADシリーズなど)を開発、従来の本社・工場の他にメキシコ工場を開設して持ち運びしやすい小型モデル(バックパッカーシリーズ)や廉価版のウクレレ等の製造を開始した。楽器用の木材が僅少になる中でハイプレッシャーラミネートと称する新素材を開発、高級品のラインナップにもエレクトリックアコースティックギター を加えるなど2020年 現在盛業中である。
脚注
注釈
^ 19世紀に他のギター製作家がXブレーシングのギターを製作しており、CFマーティン社の発明か否か異説がある。ドイツ時代のクリスチャン・フレデリック・マーティンは師匠のヨハン・シュタウファー作を始め既存のギターを模倣して製作しており、博物館や個人所有で複数が現存する。
^ アメリカ本土で流行したハワイアン「風」ミュージックの事で、本来のハワイアンミュージック とは異なる。
出典
^ ワイ・ジー・ブック編集部『Martin Guitar BOOK』34頁。室内で少人数の聞き手を対象に演奏するよう設計されており、パーラーサイズと呼ばれる。マーティンでは各サイズを数字で呼称したが規格はまちまちで、1854年 に0(オーと読む)サイズが発売されて小さい順に5・4・3・2・1・0と呼ぶシステムに統一した。サイズを表す番号もしくは記号に使用する木材や装飾を表すスタイルの番号を組み合わせて表記し、現在まで使用されている(例・5-18、2-17、0-15、OM-28、000-18、D-45)。
^ 『Guitar Graphic Vol.5』16頁。ギター製作家のラーソンブラザーズが1900年頃からスチール弦のフラットトップギターを製作しており、マーティンが初めてではない。
^ 『丸ごと一冊マーティンD-28』4頁、5頁。当時の英国 の巨大軍艦 の名前。当時のギターとしては桁外れだったボディの大きさから名付けられた。大手楽器商ディッドソン社向けのOEM 生産品(ディッドソン111型)がそのルーツで、ディッドソン社廃業後に改良した上で1931年 マーティンから発売開始。
^ ヴィンテージ・ギター編集部『マーティンD-28という伝説』36頁、38頁。
^ a b c d 『丸ごと一冊マーティンD-28』133頁。
^ ヴィンテージ・ギター編集部『マーティンD-28という伝説』38頁。
^ ワイ・ジー・ブック編集部『Martin Guitar BOOK』53頁。
^ 『丸ごと一冊マーティンD-28』26頁。
^ ワイ・ジー・ブック編集部『Gibson GUITAR BOOK』57頁。
^ 『丸ごと一冊マーティンD-28』54頁-61頁。
参考文献
『Guitar Graphic Vol.5』〈リットー・ミュージックムック第48号〉リットーミュージック 、1996年。
ワイ・ジー・ブック編集部『Martin Guitar BOOK』シンコーミュージック 、1996年。
ワイ・ジー・ブック編集部『Gibson GUITAR BOOK』シンコーミュージック 、1997年。
ワイ・ジー・ブック編集部『Martin Guitar BOOK2』シンコーミュージック 、1998年。
『丸ごと一冊マーティンD-28』〈Vintage Guitar Vol.1〉枻出版社 、2000年。
『丸ごと一冊マーティン000/OM』〈Vintage Guitars Vol.4〉枻出版社 、2001年。
ヴィンテージ・ギター編集部『マーティンD-28という伝説』〈枻文庫025〉枻出版社 、2003年。
トニー・ベーコン『世界で一番美しいアメリカン・ギター大名鑑 ヴィジュアルでたどるヴィンテージ・ギターの歴史』(DU BOOKS、2013年)ISBN 978-4-92506-472-9
外部リンク