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四酸化三鉄 (磁鉄鉱)のX線光電子分光スペクトル(サーベイスキャンモード)。横軸は照射したX線を基準としたときの光電子 のエネルギー、縦軸は観測された光電子の個数である。
X線光電子分光 (エックスせんこうでんしぶんこう)は、光電子分光 の1種である。略称はXPS (X-ray Photoelectron Spectroscopy) または ESCA (Electron Spectroscopy for Chemical Analysis, エスカ)。サンプル表面にX線 を照射し、生じる光電子のエネルギーを測定することで、サンプルの構成元素とその電子 状態を分析することができる。他にもPES、PS等とも呼ばれる。
原理
物質に数keV程度の軟X線 を照射すると、原子軌道 の電子が光エネルギーを吸収し、光電子 として外にたたき出される。この光電子は
E
=
h
ν ν -->
− − -->
E
B
− − -->
ϕ ϕ -->
{\displaystyle E=h\nu -E_{B}-\phi }
(
E
B
{\displaystyle E_{B}}
は電子の結合エネルギー、
ϕ ϕ -->
{\displaystyle \phi }
は分光器の仕事関数 )にしたがったエネルギー値をもつため、X線のエネルギーが一定であれば(すなわち単一波長であれば)、
E
B
{\displaystyle E_{B}}
を求めることができる。
電子の結合エネルギーは元素によって固有なので、元素分析ができる。また結合エネルギーの微妙なシフトは、その元素の化学状態や電子状態(酸化数など)を反映しているため、化学状態を調べることができる。
ターゲットが原子番号の大きな元素の場合、スピン軌道分裂 によって2つのピークが出現する。
定量
光電子の強度(個数)
I
{\displaystyle I}
は以下の式で表される。
I
=
F
(
E
)
X
0
N
τ τ -->
(
E
)
σ σ -->
cos
-->
θ θ -->
{\displaystyle I=F(E)X_{0}N\tau (E)\sigma \cos \theta }
ここで
F
(
E
)
{\displaystyle F(E)}
は装置によって異なる装置透過関数、
X
0
{\displaystyle X_{0}}
は入射X線強度、
N
{\displaystyle N}
は原子密度、
τ τ -->
(
E
)
{\displaystyle \tau (E)}
は非弾性平均自由行程と相関する減衰長さ、
σ σ -->
{\displaystyle \sigma }
は光イオン化断面積、
θ θ -->
{\displaystyle \theta }
は光電子取り出し角度。
したがって装置と測定条件が一定であれば、これらのパラメータを感度係数に含めることで定量ができる。i成分の濃度を
N
i
{\displaystyle N_{i}}
、光電子強度を
I
i
{\displaystyle I_{i}}
、相対感度係数を
S
i
{\displaystyle S_{i}}
とすると
N
i
∑ ∑ -->
N
i
=
I
i
/
S
i
∑ ∑ -->
I
i
/
S
i
{\displaystyle {\frac {N_{i}}{\sum {N_{i}}}}={\frac {I_{i}/S_{i}}{\sum {I_{i}/S_{i}}}}}
と表せる。
化学シフト
結合エネルギーのずれは化学シフト と呼ばれる。核磁気共鳴 における化学シフトと同様に、周囲の原子との相互作用に由来する。
単体元素Aを基準にしたときの化合物Bの化学シフト
Δ Δ -->
E
A
B
{\displaystyle \Delta E_{A}^{B}}
は次のように表せる。
Δ Δ -->
E
A
B
=
K
(
q
A
− − -->
q
B
)
+
(
V
A
− − -->
V
B
)
{\displaystyle \Delta E_{A}^{B}=K(q_{A}-q_{B})+(V_{A}-V_{B})}
K
q
A
=
q
A
/
r
A
,
V
{\displaystyle Kq_{A}=q_{A}/r_{A,V}}
V
A
=
∑ ∑ -->
q
A
/
R
{\displaystyle V_{A}=\sum {q_{A}/R}}
ここで
K
{\displaystyle K}
はカップリング定数で内殻電子と価電子の2電子積分、
q
{\displaystyle q}
は価電子の有効電荷、
V
{\displaystyle V}
はマーデルングポテンシャル (イオン結晶中の各格子点の静電ポテンシャルを表す)、
r
{\displaystyle r}
は価電子殻の平均軌道半径である。この式の第1項目は内殻電子と価電子との電子-電子相互作用の差に相当する。
特徴
Si(2p)の高分解能スペクトル.結合(束縛)エネルギー(Binding Energy,BE)の異なるSi(2p)電子が存在している,つまり酸化数の異なるSiが存在することが読み取れる.
利点
ほぼあらゆる元素の種類、およびその電子状態がわかる(例えば、Fe(II) とFe(III) が区別できる)。結果にはある程度(有効数字で一桁ほどではあるが)の定量性がある。
物質のごく表面(数ナノメートル )の元素分布がわかる。また、アルゴン エッチング を適宜行うことで深さ方向の元素分布を知ることができる。
導体、絶縁体、無機物、有機物のいずれも測定可能。
欠点
水素 とヘリウム は測定できない。
高真空 中で固体として安定なものでないと測定できない。
絶縁体 は測定中にチャージアップ が起こるので再現性が悪い。
X線によって試料がダメージを受けるため、正確に状態を反映しないことがある。
炭素化合物の定量は難しい(装置内を高真空に保つためのポンプ 由来のオイルミストや試料に付着した一般的な汚れ(高級脂肪酸などの炭化水素系物質)の存在による)。
装置
XPS測定装置。右上に見える静電半球形アナライザで光電子のエネルギーおよび個数を測定する。
X線源
一般的な実験設備ではX線管から発せられるMgKα 線(1253.6eV) やAlKα線 (1486.6eV)などの軟X線 を照射する(軟X線は表面感度が良い)。但し、老朽化したX線源を用いるとMg やAl が酸化物になっており、酸素 の特性X線も同時に発生することがあるため注意が必要。X線の取り出し窓にはアルミニウム薄膜が用いられる。電子の脱出深さが一定であることから、試料表面と電子レンズとの角度を15°程度にすることによりさらに表面感度を上げることができる(バルク由来のバックグラウンドが減る)。高分解能が要求される場合は、シンクロトロン放射光 を用いる。
単色化されたX線を光源として用いると、化学状態を詳細に解析できる。単色化X線源を用いると光電子スペクトルがシャープになり、X線源のサテライト線やKβ線も除去されるため、S/B比が良くなる。単色化X線源では、ローランド円 上にX線源(Alなど)と分光結晶を配置させる。
真空ポンプ
XPSでは試料の表面汚染を防ぐため、10^-7Pa以下の超高真空 が必要となる。試料導入部ではターボ分子ポンプ とロータリーポンプ を組み合わせる。測定部ではオイルを使わないイオンポンプ とチタンサブリメーションポンプ などを組み合わせる。他にも拡散ポンプ やクライオポンプ も使われる。
エネルギー分析器
XPSでは静電型エネルギー分析器が用いられる。電場により光電子の飛行軌道を偏向させ、電場強度と偏向量の関係から光電子の運動エネルギーを測定する。
同心半球型アナライザー(concentric hemispherical analyzer, CHA)がエネルギー分解能が高いため一般的に用いられている。CHAの手前には入射レンズが付いており、CHAの入口スリットへ光電子を集光すること、エネルギー分解能の調整などが行われる。またCHAの他にも同筒鏡型のエネルギー分析器も用いられることがある。
検出器
検出器には、電子倍増管(チャンネルトロン 、マルチチャンネルトロン、マイクロチャンネルプレート )が用いられる。
測定方法
測定モード
ワイドスキャン(サーベイスキャン)モード
表面元素の定性分析を行うためのモードで、0 - 1500 eV程度の幅広いエネルギー範囲を、数分間でスキャンする。
ナロースキャンモード
表面元素の定量と化学状態や電子状態を分析するためのモード。サーベイスキャンで得られた元素ピークについて、高エネルギー分解能で測定する。
深さ分析モード
固体表面を、アルゴン やキセノン などの希ガスイオンでスパッタリング しながら元素分析や状態分析を行うモード。
数nm程度の深さ分析を行うときは、試料と検出器がなす角度(光電子取り込み角)を変化させることで測定深さを変化させることができる。
マッピングモード
試料を移動させながら分析したり、イメージングプレートを使用することで、一次元の線分析や二次元の面分析を行うモード。
補正
分析するに当たり、仕事関数・チャージアップの補正を行う。上述の欠点で触れたオイルミストや汚れ由来のC1sピークを逆に利用して補正を行うなどする。シクロヘキサン のC1sは285.2eVであり、これをオイル・汚れの炭化水素 鎖のC1sとして、スペクトル中のC1sピークを285.2eVに合致するように調整することにより補正を行う。
参考
Annotated Handbooks of Monochromatic XPS Spectra, PDF of Volumes 1 and 2 , B.V.Crist, published by XPS International LLC, 2005, Mountain View, CA, USA
Handbooks of Monochromatic XPS Spectra, Volumes 1-5 , B.V.Crist, published by XPS International LLC, 2004, Mountain View, CA, USA
Surface Analysis by Auger and X-ray Photoelectron Spectroscopy , ed. J.T.Grant and D.Briggs, published by IM Publications, 2003, Chichester, UK
Practical Surface Analysis by Auger and X-ray Photoelectron Spectroscopy , 2nd edition, ed. M.P.Seah and D.Briggs, published by Wiley & Sons, 1990, Chichester, UK
Practical Surface Analysis by Auger and X-ray Photoelectron Spectroscopy , ed. M.P.Seah and D.Briggs, published by Wiley & Sons, 1983, Chichester, UK ISBN 0-471-26279-X
Surface Chemical Analysis -- Vocabulary , ISO 18115 : 2001, International Organisation for Standardisation (ISO), TC/201, Switzerland, [1]
Handbook of X-ray Photoelectron Spectroscopy , J.F.Moulder, W.F.Stickle, P.E.Sobol, and K.D.Bomben, published by Perkin-Elmer Corp., 1992, Eden Prairie, MN, USA
Handbook of X-ray Photoelectron Spectroscopy , C.D.Wagner, W.M.Riggs, L.E.Davis, J.F.Moulder, and G.E.Mullenberg, published by Perkin-Elmer Corp., 1979, Eden Prairie, MN, USA
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