Ten Little Indians(テン・リトル・インディアンズ、原題 ロシア語: Десять негритят、「10人の小さな黒人」)は、1987年に公開されたスタニスラフ・ゴヴォルーヒン(ロシア語版)監督・脚本のソビエト連邦の映画である[1]。アガサ・クリスティの小説『そして誰もいなくなった』を原作に、オデッサ映画撮影所(ロシア語版)が制作した。
1930年代後半、8月初めのある暑い日。イギリス・デヴォン州の「黒人島」に年齢も職業も異なる8人の男女が招かれた。島では2人の召使いが出迎えたが、召使いの雇用主で8人の招待主でもあるオーエン夫妻は到着していなかった。悪天候で本土との連絡が途絶える中、10人に奇妙な事件が襲いかかる。
イギリスやアメリカで製作されたが、いずれもクリスティ脚本の戯曲版に基づき、生存者がいる結末であったのに対し、本作は小説版に基づき、10人全員が死亡する結末を迎えた初の映像作品である。また小説の初期版に準じ、島の名前を"Негритянский остров"(黒人島)、童話の題名を"Десять негритят"(10人の小さな黒人)とし、殺害に応じて数が減る人形も小さな黒人の人形を用いた。英題名は当初"Ten Little Niggers"であったが、のち"Ten Little Indians"に改められた[3][4]。
原作との違いは真犯人についての描写であり、犯人がかねてから抱いていた殺人願望を動機とし、また真の10人目と見なすことが可能な死者を別に置いた原作小説版と異なり、本作では動機を病的・偏執的なものとせず、犯人自身の死が真の10人目と見なすことのできる形を取っている。
撮影は主にウクライナ・ソビエト社会主義共和国クリミア州で行われた。「孤島の館」は1895年頃にロシアの将軍のために建てられた木製の館「Ластівчине гніздо(ウクライナ語版)[5]」が使われた。黒海を望む岬に建てられていることを利用し、アングルによって海に浮かぶ孤島ように見せている。館は1911年に石油で財をなしたバルト・ドイツ人の実業家によりネオゴシック様式で改築されたため現存しない。現在ではこの新しい館が観光名所となっている。他にも、孤島を再現するため近くの断崖上に建設した撮影用のセットも用いられた。また近隣のガスプラ町とヤルタ市でも撮影を行った。邸宅外観が入るシーンではヴォロンツォフ宮殿(ロシア語版)での撮影も行った[6]。
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