荻野 三七彦 (おぎの みなひこ、1904年3月18日 - 1992年8月12日[1])は、日本古文書学者。早稲田大学名誉教授。
来歴
1904年、文化財保護行政の荻野仲三郎の次男として東京市本郷区(現・東京都文京区)に生まれる[2]。1929年、早稲田大学文学部史学科卒業[3][4]。東京帝国大学文学部史料編纂所嘱託[3]、1948年「聖徳太子伝古今目録抄の基礎的研究」で早稲田大学文学博士[5]。1935年早稲田大学文学部講師、1942年助教授、1946年教授、1952年教務部長、1968年早稲田大学理事、1970年図書館長を歴任。1974年定年退職[2]、名誉教授。1992年、死去[2]。大学外では、聖徳太子奉讃会理事[3]、永青文庫理事を務めた[3][6]。
古文書学を確立し、日本古文書学会の設立に尽力した人物である[2]。古文書学は原本資料に基づくべきとの信念のもと、日本史の各時代・ 各階層にわたる標本的な古文書を精力的に収集した[7]。早稲田大学在職中から中世を中心とした古文書の収集に力を注ぎ、その成果は早稲田大学図書館に「荻野研究室収集文書」として収められた[2]。さらに死後、遺族の手によって、重要文化財3件を含むコレクションが早稲田大学に寄贈された[2]。
編著書
単著
共編著
脚注