祝田 禰宜[注 1](ほうだ ねぎ)は、戦国時代の神主。祝田郷の代表。
人物
蜂前神社の神主であり、この神社からは井伊家に関連する史料がよく伝えられている。永正8年(1511年)の井伊直平が発した、祝田助四郎の土地に関連する文書に禰宜の名前が見られる。享禄3年(1530年)、井伊家家臣・小野貞久から田地寄進される。他方では、小野兵庫助との領地に関連する争いが見られた。天文21年(1552年)、井伊直盛により祝田の市場の特権を得る[2]。
永禄9年(1566年)、今川氏真による徳政令の発令後、今川家家臣・匂坂直興に主張し、小野道好を手玉に取り、2年後の永禄11年(1568年)に井伊氏により実行された。
登場作品
脚注
注釈
- ^ 「禰宜」は神職名であり、実際の名前は不明である。
出典
参考文献
- 「蜂前神社文書」『静岡県史 資料編7 中世三』(静岡県、1994年)
- 小和田哲男『井伊直虎 戦国井伊一族と東国動乱史』洋泉社、2016年。
- 『歴史REAL おんな城主 井伊直虎の生涯』(洋泉社、2016年)
- 引佐町 編『引佐町史』《上巻》引佐町、1991年。