石川 哲男(いしかわ てつお、1929年(昭和4年)[1] - )は、昭和(戦後)の裁判官。クリスチャン(日本基督教団)。
人物
1929年(昭和4年)、静岡市生まれ。1946年(昭和21年)、静岡県立静岡中学校四年修了[2][注釈 1]、海軍兵学校77期入学[注釈 2]。1949年(昭和24年)、静岡高等学校 (旧制)文科卒業。1953年(昭和28年)、東京大学法学部卒業。大学院特別研修課程在籍(3年)。1956年(昭和31年)、北海道大学法学部勤務(1年)。1960年(昭和35年)、裁判官任官。地方裁判所(前橋・熊本・福岡・大阪・松山・名古屋)、名古屋高等裁判所勤務。1986年(昭和61年)、名古屋高等裁判所退官。日本基督教団静岡教会会員。
著書
脚注
注釈
- ^ 静中静高第62回の卒業生。62回として同窓会名簿に記されている会員は、戦時特例の4年制中学の第2回卒業生として、1946年(昭和21年)3月卒業。
- ^ 1945年(昭和20年)3月に卒業した第74期生が最後の卒業生。終戦時にはまだ第75期生から第78期生までが在校していた。海軍兵学校が廃校されることになり、同年10月、第75期生に限って卒業扱いにしている。1945年(昭和20年)12月1日までに全校が廃校、消滅している。77期は、1945年(昭和20年)4月10日入校。
出典
外部リンク