小池 国夫(こいけ くにお、1944年8月23日 - )は、埼玉県川越市出身[1]のプロゴルファー。
来歴
1969年7月の美津濃プロ新人で優勝し[2]、11月にプロ入りする[3]。
1970年の西日本オープンでは藤井義将の2位[4]に入り、1973年の九州オープン[3]では鈴木規夫・川上実を抑えて優勝し[5]、グランドモナークでは山本善隆・鷹巣南雄・謝永郁(中華民国)・大嶋正春・石井裕士と並んでの6位タイ[6]に入った。
1975年の沖縄クラシックでは2日目の好コンディションでアンダーパーが続出する中、68をマークし、鷹巣南雄・三浦勝利と並んでの6位タイ[7] [8]に着けた。
その後も九州オープンでは1985年に6位タイ[9]、1986年には杉田勇・秋富由利夫と並んでの9位タイ[10]に入り、1991年の同大会[11]を最後にレギュラーツアーから引退。
シニア転向後の1994年には緑営グループ杯シニアで内田繁と並んでの8位タイ[12]、2000年のアサヒ緑健カップTVQシニアでは初日18位タイスタートから新井規矩雄・上原宏一・井上久雄・須貝昇と並んでの5位タイ[13]に入った。
2001年のアサヒ緑健カップTVQシニアでは長谷川勝治・謝敏男(中華民国)・河野高明と並んでの4位タイ[14]、2002年のアサヒ緑健カップHTBシニアでは草壁政治・松本紀彦・佐野修一・金井清一と並んでの8位タイ[15]に入った。
霞ヶ関カンツリー倶楽部・玄海ゴルフクラブ・麻生飯塚ゴルフ倶楽部・伊都ゴルフクラブを経て、2012年からはフリーで活動[1]。
2012年の日本プロゴールドシニアでは最終日に追い上げを見せるもバックナインでスコアを伸ばせず、松本に1打差及ばず2位に終わった[16]。
現在は福岡県久留米市の「KSゴルフガーデン」レッスンプロ[1]。
主な優勝
- 1969年 - 美津濃プロ新人
- 1973年 - 九州オープン
脚注
- ^ a b c “KSゴルフガーデンレッスンプロ”. 2024年7月10日閲覧。
- ^ “男子トーナメント年度別一覧表(1926年~1972年)”. www.golfdendou.jp. 2024年7月10日閲覧。
- ^ a b “小池 國夫 コイケ クニオ KUNIO KOIKE”. www.smile-pga.jp. 2024年7月10日閲覧。
- ^ “男子トーナメント年度別一覧表(1926年~1972年)”. www.golfdendou.jp. 2024年7月10日閲覧。
- ^ “1973年度連盟主催上位成績表”. www.guk.jp. 2024年7月10日閲覧。
- ^ 朝日新聞縮刷版p685 昭和48年11月19日朝刊19面「韓長相、1打差で逃げ切る グランドモナーク」
- ^ 毎日新聞縮刷版p413 昭和50年1月18日朝刊11面「上田、一挙トップ 沖縄ゴルフ」
- ^ 朝日新聞縮刷版p463 昭和50年1月18日朝刊15面「上田がトップ 青木らは失格 沖縄クラシック・ゴルフ」
- ^ “フルリーダーボード 九州オープン 1985 - 日本ゴルフツアー機構 - The Official Site”. www.jgto.org. 2024年7月10日閲覧。
- ^ “フルリーダーボード 九州オープン 1986 - 日本ゴルフツアー機構 - The Official Site”. www.jgto.org. 2024年7月10日閲覧。
- ^ “小池 国夫選手 年度別大会成績 - 日本ゴルフツアー機構 - The Official Site”. www.jgto.org. 2024年7月10日閲覧。
- ^ “各日最終成績 94緑営グループ杯シニアゴルフトーナメント”. pga.or.jp. 2024年7月10日閲覧。
- ^ “アサヒ緑健カップ TVQシニアオープンゴルフ”. 2003年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月10日閲覧。
- ^ “アサヒ緑健カップ TVQシニアオープンゴルフ”. 2003年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月10日閲覧。
- ^ “アサヒ緑健カップHTBシニアクラシックオープン”. 2015年3月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月10日閲覧。
- ^ “2012年大会|日本プロゴルフ グランドゴールドシニア選手権 ゴルフパートナーカップ2019|ゴルフのことならゴルフパートナー”. www.golfpartner.co.jp. 2024年7月10日閲覧。
外部リンク