天塩金浦駅

天塩金浦駅
てしおかなうら
Teshio-Kanaura
歌越 (4.8 km)
(4.3 km) 遠別
所在地 北海道天塩郡遠別町字金浦
北緯44度41分15秒 東経141度47分41.2秒 / 北緯44.68750度 東経141.794778度 / 44.68750; 141.794778
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 羽幌線
キロ程 99.0 km(留萠起点)
電報略号 テカ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1958年昭和33年)10月18日[1]
廃止年月日 1987年昭和62年)3月30日[1]
備考 羽幌線廃線に伴い廃駅
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1977年の天塩金浦駅と周囲約500m範囲。上が幌延方面。共成駅と同様に仮乗降場スタイルの石組み土盛の2両程の長さのホームと、ホーム上横に待合室を持つ。周囲は稲作地帯。下側にトマタウシュナイ川が流れる。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

天塩金浦駅(てしおかなうらえき)は、北海道天塩郡遠別町字金浦にかつて存在した、日本国有鉄道(国鉄)羽幌線廃駅)である。電報略号テカ事務管理コードは▲121624[2]。一部の普通列車は通過した(1986年(昭和61年)11月1日改定の時刻(廃止時の時刻表)で、下りのみ2本(うち1本は急行「はぼろ」後継の主要駅停車列車)[3])。

歴史

  • 1958年(昭和33年)10月18日 - 日本国有鉄道(国鉄)羽幌線の初山別駅 - 遠別駅間延伸開通に伴い、開業[1]。旅客のみ取り扱い[1]
  • 1987年(昭和62年)3月30日 - 羽幌線の全線廃止に伴い、廃駅となる[1]

駅名の由来

所在地名「金浦」に、羽越本線金浦駅との区別のため旧国名の「天塩」を付したもの。地名は、同地の小学校長・金野貫一[4](憲一[5]とも)の「金」と、ニシンが取れる海岸を願った「浦」を合成したもの[4][5]、とされている。

駅構造

廃止時点で、1面1線の単式ホームを有する地上駅であった。ホームは、線路の西側(幌延方面に向かって左手側)に存在した。

無人駅となっており、ホーム上の待合所のみで駅舎は存在しなかった[6]

駅周辺

この駅周辺が稲作の北限である。

駅跡

1999年(平成11年)時点では、雪よけの囲いのみが残存していた[7]。2010年(平成22年)時点でも同様であった[8]。当駅の跡地は、草むらになっている。

隣の駅

日本国有鉄道
羽幌線
歌越駅 - 天塩金浦駅 - 遠別駅

参考文献

  • 国土地理院25000分の1地形図

脚注

  1. ^ a b c d e 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日、872頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  2. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、231頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362022年12月10日閲覧 
  3. ^ 時刻表『JNR編集 時刻表 1987年4月号』(弘済出版社1987年4月発行)JRニュース13ページより。
  4. ^ a b 本多 貢 (1995-01-25). 児玉 芳明. ed (日本語). 北海道地名漢字解. 札幌市: 北海道新聞社. p. 71. ISBN 4893637606. OCLC 40491505. https://www.worldcat.org/oclc/40491505 2018年10月16日閲覧。 
  5. ^ a b 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、109-110頁。ASIN B000J9RBUY 
  6. ^ 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)202ページより。
  7. ^ 書籍『鉄道廃線跡を歩くVI』(JTBパブリッシング1999年3月発行)23ページより。
  8. ^ 書籍『新 鉄道廃線跡を歩く1 北海道・北東北編』(JTBパブリッシング2010年4月発行)46-47ページより。

関連項目

外部リンク