商家「駒屋」

商家「駒屋」
Merchant House Komaya
商家「駒屋」
商家「駒屋」の位置(愛知県内)
商家「駒屋」
商家「駒屋」の位置(日本内)
商家「駒屋」
情報
用途 文化交流施設
旧用途 商家
事業主体 豊橋市
管理運営 豊橋市
敷地面積 355,000 m² [1]
竣工 1814年(文化11年)
開館開所 2015年(平成27年)11月
改築 2014年(平成26年)3月
所在地 441-3155
愛知県豊橋市二川町字新橋町21
座標 北緯34度43分25.1秒 東経137度27分11.1秒 / 北緯34.723639度 東経137.453083度 / 34.723639; 137.453083 (商家「駒屋」
Merchant House Komaya
)
文化財 豊橋市指定有形文化財[2]
指定・登録等日 2003年5月[2]
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商家「駒屋」(しょうか こまや)は、愛知県豊橋市二川町字新橋町21にある歴史的建造物である。旧東海道二川宿にある。豊橋市指定有形文化財。

歴史

田村家の歴史

元禄4年(1691年)、田村家は遠江国敷知郡中之郷村(現・静岡県湖西市)から二川宿へ移った家である[3]。当初は医業を行い、後に米穀商や質屋となった[3]。明和7年(1770年)以降、松音寺の門前にある瀬古町から新橋町の枡形北側に移転した[3]。田村家の屋号は駒屋であり、歴代の当主は田村善蔵を襲名した[3]。田村家は二川宿の宿役人や村役人を勤め、安政2年(1855年)には苗字を名乗ることが許された[3]

天保元年(1830年)に生まれた9代当主の田村善蔵苗政は、書道、華道、南画、茶道、俳諧など様々な教養を持った文化人でもあった[3]。幕末の万延2年(1862年)に生まれた10代当主の田村善蔵(田村邦三郎)は二川郵便局長や渥美郡会議員などを歴任した[3]。1889年(明治22年)に生まれた11代当主の田村憲造は薬学者(医学博士)となり、東京帝国大学教授を務めた[3]

  • 初代当主 田村祐節 - 医師。
  • 2代当主 田村祐見 - 医師。
  • 3代当主 田村周学 - 医師。
  • 4代当主 女子
  • 5代当主 田村隆節 - 医師。
  • 6代当主 田村善蔵重明 - 二川宿組頭・名主。
  • 7代当主 田村善蔵常政 - 二川宿年寄・問屋役。
  • 8代当主 田村善蔵憲政 - 二川宿年寄・問屋役。
  • 9代当主 田村善蔵苗政(1830年~1891年) - 二川宿年寄・取締役。
  • 10代当主 田村善蔵(田村邦三郎、1861年~1921年) - 二川郵便局長。渥美郡会議員。
  • 11代当主 田村憲造(1889年~1953年) - 医学者・薬理学者(医学博士)。東京帝国大学教授。
  • 12代当主 田村善蔵(1922年~2008年) - 薬学者(薬学博士)。東京大学教授。

江戸時代末期には東駒屋が分家し、1910年(明治43年)頃に西駒屋も分家し、いずれも味噌・醤油の醸造業を始めた[4]

商家「駒屋」

2000年度(平成12年度)に建物の調査が行われると、2002年度(平成14年度)には田村家から建物が豊橋市に寄付され、豊橋市は土地を購入した[5]。2003年(平成15年)5月には主屋など8棟が豊橋市有形文化財に指定された[5]。2012年(平成24年)9月には全8棟の改修復原工事に着工し、2014年(平成26年)3月に竣工すると、2015年(平成27年)11月に一般公開を開始した[5]。2016年(平成28年)には都市景観大賞(都市景観部門)を受賞した[1]

建築物

  • 主屋
  • 土蔵
    • 南土蔵
    • 中土蔵
    • 北土蔵
  • 茶室
  • 離れ座敷
  • 世古道

参考文献

  • 豊橋市二川宿本陣史料館『田村家文書』
  • 豊橋市二川宿本陣史料館『商家駒屋修復工事報告書』、2015年3月.

脚注

  1. ^ a b 平成28年度 都市景観大賞”. 「都市景観の日」実行委員会. 2019年5月12日閲覧。
  2. ^ a b 商家「駒屋」”. 豊橋市二川宿本陣資料館. 2019年5月12日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h 商家「駒屋」田村家の歴史 豊橋市二川宿本陣資料館
  4. ^ 「しょうゆ屋建物 国文化財登録へ 豊橋 町並み保存へ後押し」『中日新聞』2014年3月19日
  5. ^ a b c 商家「駒屋」とは 商家「駒屋」

外部リンク