(ゆう)とは、儒教における徳目のひとつ。勇気(おそれない心)のこと。儒学においては、三徳のひとつに数えられる。

概要

四書のひとつ『論語』に「智の人は惑わず、仁の人は憂えず、勇の人は恐れず」[1]とあり、孔子は、勇者は心が強く道義にかない虚心坦懐であるから、何事に対してもおそれないとして、「」・「」とならんで「勇」を大いなると見なし、「義を見てなさざるは勇なきなり」[2]とも記している。ただし、『論語』には「勇にして礼無ければ則ち乱す」(勇気も度が過ぎると乱暴なだけである)、「徳ある者は必ず言あり、言ある者は必ずしも徳あらず。仁者は必ず勇あり、勇者は必ずしも仁あらず」(徳ある人は必ずや言葉が優れているが、言葉の優れる人が必ずしも徳があるというのではない。仁者は必ず勇気をもつが、勇者が必ずしも仁徳を備えているとは限らない[3])の文言もある。

同じく四書のひとつである『中庸』には「好学近乎知、力行近乎仁、知恥近乎勇」[4]とあって、「智仁勇の三者は天下の達徳なり」と述べ、「三達徳」(時代や身分を超えて、どんな場合にも通じる3つの徳)としている[注釈 1]

脚注

注釈

  1. ^ 『中庸』では、「三達徳」に対し、世の中のどこでも通用する5つの道として「五達道」としている。これは、『孟子』のいう「五倫の道」と同じである。

出典

  1. ^ 『論語』巻第五・鄕黨第九
  2. ^ 『論語』為政第二
  3. ^ 『論語』憲問篇
  4. ^ 『中庸』二十章

関連項目

外部リンク