内田 三郎(うちだ さぶろう、1899年10月21日 - 1983年1月28日)は、日本の実業家。キヤノン社長を務めた。
経歴
岡山県倉敷市出身[2]。1925年に東京帝国大学法学部政治学科を卒業し、同年に山一證券に入社。
1933年に吉田五郎とともに精器光学研究所を設立し、1936年にハンザキヤノンの発売を開始した。1954年には社長に就任した[2]。
1983年1月28日、肺水腫のために死去[3]。83歳没。
脚注
- ^ a b 日本の創業者 p94
- ^ 1983年 2月1日 日本経済新聞 朝刊 p27
参考文献
- 人事興信所 編『人事興信録 第28版 上』人事興信所、1975年。