三和商船

三和商船株式会社
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
863-1901
熊本県天草市牛深町2286番地
設立 1955年4月9日
業種 海運業
法人番号 9330001015195 ウィキデータを編集
事業内容 一般旅客定期航路事業
貸船業
代表者 代表取締役 江﨑 孝
資本金 2,400万円
主要株主 江崎汽船
外部リンク www.ezax.co.jp
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三和商船 (さんわしょうせん)は、有明海島原湾水域に航路を持つフェリー会社。

国道389号線の海上区間として牛深~蔵之元間に500tクラスのフェリー1隻を就航している。 2020年10月の時点で日中10往復運行している。

沿革

  • 1955年(昭和30年)2月 - 長島~牛深航路の集約化により、三和商船株式会社を設立
  • 1966年2月 - 天長丸(166t)を建造し、蔵之元~牛深航路をフェリー化する
  • 1974年
    • 5月 - 蔵之元~牛深航路に、なるしお丸(366t)、うずしお丸(366t)就航。同航路を2隻体制とする
    • 5月 - 牛深港及び蔵之元港に可動橋を開設
  • 1980年1月 - 本渡~水俣航路を譲り受け、霧島丸(130t)乗用車フェリー就航
  • 1984年1月 - 本渡~水俣航路に第8愛媛(199t)カーフェリー就航
  • 1986年3月 - 天長丸(488t)を建造し、蔵之元~牛深航路に就航
  • 1993年(平成5年)2月 - 両頭型フェリー第2天長丸(577t)を建造し、蔵之元~牛深航路に就航
  • 1995年12月 - 本渡~水俣航路廃止
  • 2001年10月 - 蔵之元港待合所全面改築
  • 2008年9月 - 蔵之元~牛深航路を1隻体制(10往復20便)とする
  • 2010年10月 - 翌年3月の九州新幹線全面開通を踏まえ、蔵之元~出水駅までのシャトルバス実証実験運行開始

航路

運航中の航路

過去の航路

船舶

第二天長丸(蔵之元港)

就航中の船舶

  • 第二天長丸
1993年3月11日就航、藤原造船所建造(第122番船)
577総トン、全長53.35m、幅12.5m、深さ3.8m、ディーゼル2基、機関出力1,600PS、航海速力10.2ノット、旅客定員350名、8トントラック10台、乗用車5台

過去の船舶

  • 天長丸 (初代)[3]
1966年竣工、松浦鉄工造船所建造。引退後、個人船主に売船、貨物フェリーに改造され、加計呂麻島航路に就航
全長32.0m、型幅7.6m、型深さ2.6m、ディーゼル1基、機関出力300ps、航海速力9.0ノット、旅客定員200名
  • なるしお丸[4]
1964年10月竣工、1974年就航(買船)、三菱重工業下関造船所建造。もと淡路フェリーボート、1987年徳信に売船[5]
366.41総トン、全長54.31m、型幅9.00m、型深さ3.50m、ディーゼル2基、機関出力1,100ps、航海速力12.0ノット、旅客定員350名、トラック12台
  • うずしお丸[4]
1964年10月竣工、1974年5月23日就航[2](買船)、三菱重工業下関造船所建造。もと淡路フェリーボート、1994年日本船舶明細書より削除[5]
366.49総トン、全長54.31m、型幅9.00m、型深さ3.50m、ディーゼル2基、機関出力1,100ps、航海速力12.0ノット、旅客定員350名、トラック12台
  • 霧島丸
  • 第八愛媛[4]
1969年12月竣工、1984年就航(買船)、吉浦造船建造。もと愛媛汽船
197.21総トン、全長33.40m、型幅7.40m、型深さ2.89m、ディーゼル1基、機関出力600ps、航海速力11.5ノット、旅客定員120名、大型トラック2台、小型トラック4台
  • 天長丸 (2代)[6]
1986年3月竣工、同21日就航[1]、藤原造船所建造
488総トン、全長50.70m、型幅11.60m、型深さ3.50m、ディーゼル2基、機関出力1,200ps、航海速力11.50ノット、旅客定員350名、乗用車3台、大型バス6台

脚注

  1. ^ a b フェリー・旅客船ガイド 2006年春季号 (日刊海事通信社 2006)
  2. ^ a b 全国フェリー・旅客船ガイド 1987年上期号 (日刊海事通信社 1986)
  3. ^ 森田裕一 日本客船総覧 P.447 (1989)
  4. ^ a b c 日本船舶明細書 1985 (日本海運集会所 1984)
  5. ^ a b 世界の艦船別冊 日本のカーフェリー -その揺籃から今日まで- P.277 (海人社 2009)
  6. ^ 日本船舶明細書 1988 (日本海運集会所 1988)

関連項目

外部リンク