ヴィルヘルム1世(Wilhelm I、1781年9月27日 - 1864年6月25日)は、ヴュルテンベルク王国の第2代国王(在位:1816年 - 1864年)。初代ヴュルテンベルク王フリードリヒ1世の長男で、全名はヴィルヘルム・フリードリヒ・カール(Wilhelm Friedrich Karl)。
生涯
1781年9月27日、ヴュルテンベルク公フリードリヒ3世とその妃であったアウグステ・カロリーネ(1764年 - 1788年)の間に第一子としてリューベン(現在のポーラン領ルビン)に生まれた。1803年に公国は選帝侯国に、後の1806年には王国へ昇格し、ヴュルテンベルク公フリードリヒ3世はヴュルテンベルク王フリードリヒ1世となった。
ヴィルヘルムは1808年6月8日にミュンヘンでバイエルン王マクシミリアン1世の王女カロリーネ・アウグステと結婚するが、彼女とは1814年に離婚した。次いで1816年、サンクトペテルブルクでロシア皇帝パーヴェル1世の皇女で父方の従妹にあたるエカチェリーナ・パヴロヴナ(ドイツ語名カタリーナ、1788年 - 1819年)と結婚し、彼女との間にオランダ王ウィレム3世妃となったゾフィー(1818年 - 1877年)ら2女をもうけた。またこの年、父王の死去を受けてヴュルテンベルクの王位を嗣いだ。
1820年、王妃カタリーナに先立たれていたヴィルヘルム1世は、自身とカタリーナの共通の従妹にあたるヴュルテンベルクの同族のパウリーネと結婚した。彼女との間にはヴィルヘルム2世の母となるカタリーナ(1821年 - 1898年)と、王太子となるカールが生まれた。
ヴィルヘルム1世は1864年にシュトゥットガルトのローゼンシュタイン城で死去し、長男のカール1世が王位を嗣いだ。
子女
2番目の妻エカテリーナとの間に2人の娘をもうけた。
3番目の妻パウリーネとの間に1男2女の3人の子女をもうけた。
系図
関連項目