ヴァル・リュートン(Val Lewton、1904年5月7日 - 1951年3月14日)は、アメリカ合衆国の映画プロデューサー。『キャット・ピープル』を手がけたことで知られている[2]。
経歴
1904年5月7日、ヤルタに生まれる[3]。サイレント映画時代に活躍した女優のアラ・ナジモヴァは母方の叔母にあたる。1909年、家族とともにアメリカ合衆国へ移り住む[1]。コロンビア大学を卒業した[3]。
ジャーナリストや小説家の職を経たのち、MGMにてデヴィッド・O・セルズニックの作品に関わる[1]。1942年より、RKOにて低予算のホラー映画を製作する[1]。当時は編集技師だったマーク・ロブソンとロバート・ワイズを監督に起用した[1]。また、ジャック・ターナーと最良のパートナーシップを発揮しており、ターナー監督の『キャット・ピープル』は、オーソン・ウェルズ監督の『市民ケーン』と『偉大なるアンバーソン家の人々』の興行的な失敗で破綻しかけていたRKOの経営を救うことになる[1]。一方、ホラー以外の製作作品では、必ずしもスタジオの期待に応えられたわけではなかった[1]。
1951年3月14日、ロサンゼルスにて死去[3]。心臓発作による46歳という若さでの死だった[1]。『アパッチの太鼓』が遺作となった[4]。
フィルモグラフィー
長編映画
- キャット・ピープル Cat People (1942年) - 製作
- 私はゾンビと歩いた! I Walked with a Zombie (1943年) - 製作
- レオパルドマン 豹男 The Leopard Man (1943年) - 製作
- キャット・ピープルの呪い The Curse of the Cat People (1944年) - 製作
- ナチスに挑んだ女 Mademoiselle Fifi (1944年) - 製作
- 死体を売る男 The Body Snatcher (1945年) - 製作・脚本
- 吸血鬼ボボラカ Isle of the Dead (1945年) - 製作
- 恐怖の精神病院 Bedlam (1946年) - 製作・脚本
- アパッチの太鼓 Apache Drums (1951年) - 製作
脚注
外部リンク