ある個体群において、時刻 t に個体数が N 体が存在しているとする。実際の生物個体数は不連続な値(整数)をとるものであるが、数学的扱いを簡便にするために、個体数は連続な値(実数)をとるものとする(1.5体といったような値も含める)ことがしばしば行われる[18]。実際の生物でいえば、個体数が多かったり各個体の世代が重なったりしていれば、このような近似も妥当性を帯びてくる[19][20]。個体数を連続な値とすれば、個体数の増加率は N の時間微分dN/dt で表すことができる[21]。
さらに話を単純化するために、個体は環境を出入りしないという状況を想定する[22]。この場合、個体の出生と死亡という2つの要因のみによって個体数は増減する[22]。個体群の出生率が死亡率を上回っていれば、個体数は増え続けるということになる[10]。さらに簡略化するために出生率と死亡率を常に一定であるとする[10]。個体数当たりの出生率を b、個体数当たりの死亡率を d とすれば、個体数の増加率は差し引きした b − d に個体数 N を掛け合わせた値となる[23]。よって個体数増加率 dN/dt は
このような式で表される個体数増加は t の指数関数となり、人間でいえば、あっという間に人口爆発を引き起こすことになる[25]。このような個体群成長のモデルは、生物個体(人口)の増加が幾何級数的であることを最初に指摘したトマス・ロバート・マルサスに因んでマルサスモデルと呼ばれる[26]。比例定数 m もマルサスの名からマルサス係数と呼ばれ、単位は一個体当たりの増加率となる[4]。
上記のようにマルサスモデルは非現実的な面を持つ。個体数が多くなると増加率が抑えられることを表現するために、個体数 N が増加するにつれて増加率 m が減少するモデルが考えられる[32]。また、個体数がある上限を超えたら増加率は負となり、個体数は減少に向かうと考えられる[1]。これらの点を簡単に表せば、比例定数 m を
と置ける[28]。すなわち、m の値は個体数がゼロに限りなく近いときに最大値で、その後は N の値の増加に比例して m の値は減少するというモデルである[33]。これをマルサスモデルに代入して、次の微分方程式を得ることができる。
この微分方程式をロジスティック方程式と呼ぶ[20]。個体群成長モデルの一種としてロジスティックモデルとも呼ばれる[5]。この微分方程式は、数学的には n = 2 のベルヌーイの微分方程式にも該当する[34]。
ロジスティック方程式の K は環境収容力と呼ばれ、その環境が維持できる個体数を意味する[28]。r の単位は上記のマルサス係数と同じく一個体当たりの増加率だが[35]、特に内的自然増加率と呼ばれ、その生物が実現する可能性のある最大増加率を示している[36]。通常のロジスティック方程式では、K と r は時間に関わらず一定とみなし、正の定数と考える[37]。
マルサスモデルからロジスティック方程式へ拡張したときに行ったことは、個体群生態学における密度効果を取り入れたことに相当する[38]。上記では N を個体数として説明したが、ロジスティック方程式では有限な環境を前提にしているので、N は単位面積当たりの個体数である個体群密度でもある[39]。個体群密度がその個体群自身の変動に影響を与えることは、密度効果という名称で呼ばれる[40]。特にロジスティック方程式では、個体群密度が高くなると増加率に負の効果を与える種類の密度効果となっており、これをロジスティック効果と呼ぶ[41][42]。
ロジスティック方程式における個体数増加率 dN/dt と個体数 N の関係に着目すれば、この関係は初等教育でも習う二次関数そのものとなっており、dN/dt と N のグラフは放物線を描く[45]。方程式を解析的に解かなくとも、N と dN/dt がどのような変化を起こすのかを、以下のようにグラフから読み解くこともできる。
まず、N = 0 と N = K のとき、dN/dt = 0 となる。すなわち、いくら時間が経過しても個体数は増加も減少もしない状態となる。このような状態を定常状態や平衡状態と呼ぶ[46]。N の値が 0 < N < K の範囲にあるとき、 dN/dt の値は様々だが、値が正なのか負なのかで言えば、正の値であることがわかる[47]。N の値が K < N となると、dN/dt は同じように負の値である[47]。言い換えれば、個体数が環境収容力内では常に個体数は増加するが、環境収容力を超えると個体数は減少へ転ずる、ということである[47]。
この解の関数をロジスティック関数(英語:logistic function)[53]、この解によって描かれる曲線をロジスティック曲線(英語:logistic curve)と呼ぶ[42]。この曲線に従う個体群成長は、ロジスティック成長やロジスティック増殖とも呼ばれる[54][55]。関数は t → ∞ の極限で N → K となり、マルサスモデルと異なり発散しないことが確認できる[56]。
曲線の形状
横軸を t、縦軸を N とした平面上にロジスティック関数のグラフを描くと、曲線が描かれる。この曲線は前述のとおりにロジスティック曲線と呼ばれる。初期個体数が3つの範囲 N0 < 0, 0 < N0 < K, K < N0 のどれに該当するかによって、曲線の形状は大きく異なってくる[57]。ただし、N0 < 0 の範囲は負の個体数というものを意味するので、生物のモデルとしてはあまり意味がない[56]。時間 t = 0 から t → ∞ の極限までのロジスティック曲線の様相は、それぞれの N0 の値ごとに、以下のようになっている。
まず N0 が環境収容力の半分以下(0 < N0 < K/2 )の場合、初期状態の点 (t = 0, N = N0) から始まる曲線は、ゆっくりと右肩上がりに登っていく[58]。t が増加するにつれて、曲線の傾き(個体数増加率)は増加していき、曲線は加速度的に立ち上がっていく[48]。しかし、ある時点で曲線は変曲点を迎え、傾きの増加は止む[59]。その後は、傾きは減少しだし、曲線は横倒しになっていく[60]。そして最終的には、傾きは0になり、曲線は水平な直線となる[48]。結局、曲線は、変曲点前では下に凸の曲線、変曲点後では上に凸の曲線となっており、全体としてアルファベットのSのような形を描く[48]。このため、S字型曲線やシグモイド曲線という名称でも呼ばれる[49]。間にある変曲点は個体数増加率が最大となる点で、前述の dN/dt と N のグラフの頂点に相当する[48]。変曲点における個体数は前述のとおり N = K/2 で、このときの時間は t = ln (K/N0 - 1)/r である[42]。ここで ln は自然対数である。最終的に t → ∞ で漸近する水平な直線は N = K の直線であり、時間が経過すると最終的には、個体数は環境収容力の値に収束するということである[48]。
初期個体数が N0 = K/2 の場合は、曲線は最初から変曲点から始まる。K/2 < N0 < K のときは最初から変曲点を過ぎた曲線になる[48]。 初期個体数が環境収容力に一致している場合、N0 = K のときは、その値のまま一定となる[46]。N0 = 0 のときも同様に、N = 0 のままである[46]。
次に、初期個体数が環境収容力を上回っているとき、すなわち N0 > K の場合は、この場合の曲線はS字型ではなく、全体として下に凸の曲線となる[48]。N は N0 から単調に減少しつづけ、この場合も、時間経過に従って K に収束していく[55]。
最後に、生物個体数のモデルとしては無意味であるが N0 < 0 の場合も見てみると、この場合 N は時間発展に従って減少し続け、有限時間内で −∞ へ発散する曲線を描く[56]。
平衡状態の安定性
上記で、N = 0 および N = K のときはいくら時間が経過しても個体数 N は増加も減少もしないことから、これらの状態を平衡状態や定常状態と呼ぶことを説明した。平衡状態では、N = 0 または N = K という一点に留まり続ける。数学の力学系分野では、このような点を不動点や平衡点と呼ぶ[61]。平衡状態には安定な平衡状態と不安定な平衡状態がある[62]。安定な平衡状態とは、 その平衡状態の点から少しずれたとしても、時間が経過すれば平衡状態へ戻り、収束することを意味している[62]。また、不安定な平衡状態とは、平衡状態の点から少しずれたとき、時間経過すると平衡状態とのズレはどんどん大きくなっていき、平衡状態に戻らないことを意味している[63]。ロジスティック方程式の場合は、N = K 時の平衡状態が安定、N = 0 時の平衡状態が不安定となっている[64]。すなわち、初期個体数 N0 が K または 0 であれば、時間経過によらず常に同じ値を取り続けることは同じだが、N0 が平衡状態から少しずれたときの挙動は正反対となる[65]。
この安定・不安定の様子は、ロジスティック曲線の傾きをベクトル場として表すことで読み取ることができる[57]。時間経過に従って、全ての解は、これらのベクトルの矢印に沿って動いていく[66]。初期個体数が N0 > 0 であれば、t → ∞ で N は K に収束し、N0 < 0 であれば、t → ∞ で N は −∞ に発散することが分かる[57]。
あるいは、上記で説明した個体数 N と増加率 dN/dt の関係曲線からも、安定か不安定かの判別が可能である[67]。N = K の点の右側に点があるとき、dN/dt の値は負なので、N は減少していき、K に近づくことになる。N = K の点の左側に点があるときは、dN/dt は正なので、N は増加していき、同じく K に近づくことになる[47]。N = 0 の点についても、左右にずれたときの dN/dt の値の正負から、0 の点から離れていくことが理解できる[47]。
あるいは、安定性理論における線形安定性解析の考えにもとづいて、より一般的に安定性を判別することもできる。dN/dt = f(N) 、その N による微分を d(f(N))/dN = f ′(N)、平衡状態の点を Ne と置くとする。このとき、f ′(Ne) < 0 ならば Ne は安定な平衡点で、f ′(Ne) > 0 ならば Ne は不安定な平衡点であると判別できる[68]。ロジスティック方程式の場合は、
なので、
となり、f ′(K) = −r < 0, f ′(0) = r > 0 となることが確認できる[69]。
ロジスティック方程式は、非常に簡単な生物学的意味からモデルを導くことができる[77]。r と K の2つのパラメータに種の特性に関わる議論を集約して、とても簡明なモデルを構成している[103]。また、式の特徴である個体数密度の上昇が増加率を抑えるロジスティック効果は、個体群生態学における基本原理ともいわれる[42]。個体数が少ない内は指数関数的に増殖し、個体数が増えてくると増加が止むという現象自体は、正確に前提条件に当てはまらないような個体群成長であっても、広く認められる現象であり、この一般的傾向をロジスティック方程式は上手く表しているとも評される[104]。
フェルフルストは、1845年の論文で、"Nous donnerons le nom de logistique à la courbe"(参考訳:私たちはその曲線にロジスティック "logistique" という名前を与える)と述べ[113]、ロジスティック方程式の解による曲線を logistique と名付けた[42]。これが、式が"ロジスティック"方程式、その解曲線が"ロジスティック"曲線と呼ばれる由来である[114]。しかし、フェルフルストは logistique という語を使った理由を説明しなかったので、それ以上の由来は分かっていない[115][39][2]。
ロジスティック方程式では、ある時刻の個体数 N(t) が同時刻の個体数増加率 dN(t)/dt に瞬間的に影響を与えるというモデルになっている[29]。しかし、妊娠期間や性成熟までの期間などが存在するため瞬間的に影響が出るというのは非現実的でもある[131]。よって、モデルの中に影響の時間遅れを含ませることが考えられる。遅延時間を T とすると、ロジスティック方程式に時間遅れの効果を取り込んだモデルとして
がよく用いられる[131]。この式はジョージ・イヴリン・ハッチンソンが発案したためHutchinson方程式とも呼ばれる[132][133]。このモデルでは、ロジスティック方程式におけるブレーキ効果の部分に、現時点での個体数 N(t) ではなく、時間 T だけ前の時点での個体数 N(t − T) が入力されている。
時間遅れを持つロジスティック方程式でも N = 0 または N = K が平衡状態であることに変わりはない[134]。しかし個体数が環境収容力 K に達しても、T 時間前における個体数は K よりも小さいか大きいので、増加率は0とならない。そのため、個体数は環境収容力を通り過ぎてしまう。環境収容力を上回った(下回った)個体数が継続すると、増加率は個体数を環境収容力に収束させる方向に働く。しかし、それによって個体数が環境収容力に戻っても、再度同じ現象が起き、また環境収容力を通り過ぎる。このように平衡状態を行き過ぎたり戻り過ぎたりしながら個体数が振動する現象が、このモデルでは起こり得る[135]。より詳細にいえば、解の振る舞いは rT の値によって変化する。rT が π/2 を超えるとホップ分岐を起こし、解は平衡状態を回るリミットサイクルとなる[136]。周期変動を実際に起こすヒツジキンバエ(英語版)の実験データに対して、ロバート・メイがこの式の当てはめを行って良好な結果を得ている[137]。
ロジスティック方程式では、時間 t を連続な実数として個体数変動をモデル化した。しかし、世代の交代が同期的に起こり、世代の重なりがないようなときには、時間を飛び飛びの時間間隔(離散時間)でモデル化する方が妥当である[138]。ロジスティック方程式型の離散時間モデルにはいくつかの種類があるが、一例として次のような差分方程式がある[139]。
これらの差分方程式はロジスティック方程式と一見似ているが、解の様相は全く異なり、個体数の変動はロジスティック方程式よりも遥かに複雑な振る舞いを見せるようになる[141]。r(または a)が小さい内は、これらの解はロジスティック方程式と同じように安定な平衡状態に収束する[142]。r が大きくなってくると、個体数は多くなったり少なくなったりを交互に繰り返すようになる。さらに r が大きくなると、カオスと呼ばれる非周期的で極めて複雑な振る舞いを起こすようになる[143]。
ケトレーから教えを受けたこともあり、友人でもあったフェルフルストは、ケトレー自身からケトレーのモデルに関する研究を勧められた[39]。ケトレーの考えをもとにして、人口が人口自体によって増加する一方で、人口増加を抑制する何らかの機構が働く数学的なモデルを思案した[42]。1838年、フェルフルストは、"Notice sur la loi que la population poursuit dans son accroissement"という題で研究成果を発表し、この論文の中でロジスティック方程式が提案された[165]。この論文の中でフェルフルストが実際に提案した式は、
ロジスティック方程式における r は個体群密度がとても低いときの増加率で表しており、密度が低いときにどれだけ素早く繁殖できるかを意味している[188]。また、K はその環境下で生存できる個体数あるいは個体群密度の上限を示す[189]。1967年、ロバート・マッカーサーとエドワード・オズボーン・ウィルソンは、この r と K に着目して、島における生物個体群の定着と絶滅に関する理論を発案した[190]。彼らの理論によれば、ある生物の島への定着が成功するには大きな r を持つことが重要であり、絶滅の回避には大きな K を持つことが重要であるとし、それぞれの方向へ淘汰されることを r淘汰、K淘汰と呼んだ[191]。この説はr-K戦略説と呼ばれ、生物の生活史の進化に種内競争の観点から説明を与えた[192]。
^Ruan, S. (2006). “DELAY DIFFERENTIAL EQUATIONS IN SINGLE SPECIES DYNAMICS”. In Arino, O.; Hbid, M.L.; Dads, E. Ait. Delay Differential Equations and Applications: Proceedings of the NATO Advanced Study Institute held in Marrakech, Morocco, 9-21 September 2002 (1 ed.). Springer Netherlands. pp. 479. doi:10.1007/1-4020-3647-7
^Masaaki Morisita (6 1965). “The fitting of the logistic equation to the rate of increase of population density”. Researches on Population Ecology (Springer-Verlag) 7: 52–55. doi:10.1007/BF02518815.
^コーエン 1998, pp. 113–114より引用。出典での引用元は、Pearl, Raymond, and Lowell J. Reed. 1924 The growth of human population. In Studies in human biology, ed. Raymond Pearl. Baltimore: Williams and Wilkins, pp. 584-637.のp.585より.
Sharon Kingsland (March 1982). “The Refractory Model: The Logistic Curve and the History of Population Ecology”. The Quarterly Review of Biology (The University of Chicago Press) 57 (1): 29–52. doi:10.1086/412574. JSTOR2825134.