ジョルジュ・クレラン 画、オペラ座 での上演のためのポスター
ル・シッド (フランス語 : Le Cid )は、ジュール・マスネ の作曲したオペラ 。「シッド 」とも表記される。ピエール・コルネイユ の同名の戯曲 を原作とし、脚本はルイ・ガレ (英語版 ) 、エドゥアール・ブロー(Édouard Blau )、アドルフ・デヌリ(Adolphe d'Ennery )による。
作品
1877年 初演の「ラオールの王」(Le Roi de Lahore )でオペラ作曲家として認められたマスネは、オペラ=コミック座 初演の「マノン 」、国民劇場 (英語版 ) でフランス初演された「エロディアード 」(Hérodiade )と次々に人気作を生み出していた[ 1] 。その中、1883年 6月に計画が動き出した本作は「ラオールの王」と同じくルイ・ガレの脚本を用い、オペラ座 での上演を前提としたグランド・オペラ として書かれた。
この作品のもととなったロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール (「エル・シッド」El Cid )の物語はオペラの題材として高い人気があり、ジェイムズ・ハーディング (英語版 ) によれば、マスネはこの題材を扱った史上27人目の作曲家だった[ 2] 。ガレとブローは1873年 前後にも同じ題材に基づく「ドン・ロドリーグ Don Rodrigue 」と題した脚本をジョルジュ・ビゼー のために提供していたが、この作品は未完に終わり、彼らはその一部をマスネのための脚本に転用している[ 3] 。
1885年 11月30日 にオペラ座で初演された作品は成功を収め、1919年 にはオペラ座での150回目の公演を迎えたが、その後、主に配役の難しさによって取り上げられる機会は減っている[ 1] 。ロドリーグ役の経験があるプラシド・ドミンゴ は、「正しく演じられれば非常に大きな劇的可能性を持つ」としながらも、「上演には対価が大きく、また非常に難しい作品」という[ 4] 。
初演を評したヴィクトル・ヴィルデル(Victor Wilder)はグランド・オペラ特有の効果や鋭い対比を操るマスネの技量を評価している[ 5] が、グランド・オペラの様式に則ったマスネの作品はこれが最後となった。これについて新グローヴオペラ事典 は「この台本のスケールをとらえるのに十分な才能が」マスネにあったとし、作品の優れた部分を挙げつつも、英雄的な声の歌手やグランド・オペラ的な大仕掛けよりも「もっと身近な題材を扱うほうが、明らかに彼の性に合っていた」と述べる[ 1] 。
配役
『新グローヴオペラ事典』[ 1] と1885年刊のヴォーカルスコア [ 6] を参照した。
人物名
原名
声域
説明
ロドリーグ(ル・シッド)
Rodrigue (Le Cid)
"Premier Ténor "
シメーヌ
Chimène
ソプラノ ・ドラマティコ
王女
L'infante
ソプラノ
ドン・ディエーグ
Don Diègue
"Première Basse "
ロドリーグの父
王
Le Roi
"Premier Baryton "
ゴルマ伯爵
Le Conte de Gormans
"Première Basse chantante"
シメーヌの父
聖ジャック(聖ヤコブ)
St . Jacques
バリトン
ムーア人の使者
L'envoyé Maure
"Basse chantante"もしくはバリトン
ドン・アリアス
Don Arias
テノール
ドン・アロンゾ
Don Alonzo
バス
合唱:紳士淑女たち、司教と神父・僧侶たち、兵士たち、民衆
バレエ団
物語
初演時のロドリーグの衣装のスケッチ。Ludovic-Napoléon Lepic 画
『新グローヴオペラ事典』[ 1] と『オペラ名曲百科』[ 7] を参照した。
舞台は11世紀のスペイン。フランス・オペラには珍しい、型通りのソナタ形式 による序曲がおかれている。
第1幕
第1場
ゴルマ伯爵の館のサロン。ムーア人を退却させた英雄であるロドリーグが騎士の称号を与えられることに決まり、式典の準備が進んでいる。シメーヌが登場し、ロドリーグを愛していることを父親のゴルマ伯爵に伝えて祝福される。王女が現れ、彼女もロドリーグを愛しているが身分違いのために身を引き、シメーヌを祝福する(「疑いをわたしの心のなかにとどめておいてください」Mets la main sur mon coeur )。
第2場
王宮へ通じる回廊と大聖堂の入口。王はロドリーグを騎士に任じることを民衆の前で宣言し、ロドリーグは授かった剣を手に喜びを歌う(「高貴なる輝く剣よ」O noble lame étincelante )。続けて王は、ドン・ディエーグを皇太子の近衛隊長に任じることを発表する。自分が選ばれるものだと考えていたゴルマ伯爵は憤慨し、ドン・ディエーグを侮辱する。ドン・ディエーグは復讐を誓い、ロドリーグにゴルマ伯爵への報復を託す。恋人の父親と戦わなければならないことにロドリーグは苦しむ。
第2幕
第1場
夜。伯爵の家の近く、ブルゴスの路上。思い悩みながらも伯爵家を訪ねたロドリーグは伯爵と決闘し、相手を殺す。ドン・ディエーグは復讐が果たされたことを喜ぶが、ロドリーグは後悔している。駆けつけてきたシメーヌは、ロドリーグの様子から彼が父を殺したことを察する。
第2場
ブルゴスの王宮の前の広場。民衆は踊りながら春の訪れを喜び、王女を賛美する。シメーヌが駆け込んできて、父を殺したロドリーグへの裁きを王へ乞う。ドン・ディエーグは自分が身代わりに罰せられようとし、場は混乱に陥るが、そこに伝令が現れ、ムーア人からの再びの宣戦布告を伝える。ロドリーグは、裁きは戦いの後にし、敵を倒すために出陣させてほしいと願い出る。
第3幕
第1場
第3幕第1場、シメーヌとロドリーグの対話。イリュストラシオン 紙に掲載された初演の記録
夜、シメーヌの部屋。悲運を嘆くシメーヌ(「わたしの目よ、涙を流しなさい」Pleurez, pleurez, mes yeux )。そこへ別れを告げにロドリーグが現れる。シメーヌは怒りで応えるが、変わらぬ愛を伝えるロドリーグに、彼女は恨みの気持ちと愛情の間で混乱していく。
第2場
ロドリーグの陣営。歌い騒ぐ兵士のもとにロドリーグが現れ、兵士たちの覚悟を改めて問う。
第3場
ロドリーグのテントの中。ロドリーグは勝利を祈る(「君主よ、神よ、父よ」O souverain, ô juge, ô père )。そこへ光とともに聖ジャックの姿が現れ、願いが聞き届けられ、戦いは勝利に終わると啓示を下す。
第4場
再びロドリーグの陣営。朝、兵士たちは戦いに向けて奮い立っている。勝利を確信したロドリーグが出陣していく。
第4幕
第1場
グラナダの王宮の広場。ロドリーグが戦死したとの報を聞き、ドン・ディエーグとシメーヌは嘆き悲しむ(「息子は死んでしまった」Ainsi, mon fils est mort! )。しかし、ロドリーグが生還したと王が告げ、二人は喜ぶ。
第2場
グラナダの王宮の中庭。勝利を収めたロドリーグは歓呼の声に迎えられる。改めて裁きを乞うロドリーグに、王はシメーヌ自らが裁くことを命じる。ためらうシメーヌを見てロドリーグは自裁しようとするが、シメーヌはロドリーグを許し、彼を愛していることを告白する。結ばれた二人は一同に祝福される。
バレエ音楽
第2幕第2場冒頭のバレエ音楽は、単独の管弦楽曲としてよく取り上げられる。ロシタ・マウリ を想定して書かれたもので、彼女の発案によりスペイン各地の「様々な興味深いリズム」が盛り込まれている[ 2] 。以下の7曲からなり、通しての演奏時間は約20分。
Castillane
Andalouse
Aragonaise
Aubade
Catalane
Madrilene
Navarraise
出典
^ a b c d e スタンリー・セイディ編、日本語版監修:中矢一義、土田英三郎『新グローヴオペラ事典』白水社、2006年、pp.327-328。
^ a b Nichols, Roger (2014). Massenet: Orchestral Works (CD). Neeme Järvi, Swiss Romande Orchestra. CHANDOS. CHSA5137。
^ Huebner, Steven (2006). French Opera at the Fin de Siècle: Wagnerism, Nationalism, and Style . Oxford University Press. pp. 75-76
^ Matheopoulos, Helena; Domingo, Plácido (2000). Placido Domingo: My Operatic Roles . Little, Brown and Co.. p. 270
^ Huebner, Steven (2003), “After 1850 at the Paris Opéra: institution and repertory”, in Charlton, David, The Cambridge Companion to Grand Opera , Cambridge University Press, p. 291
^ “Score: Le Cid, Preliminaries and Act 1 ” (PDF). G. Hartmann (1885年). 2017年5月19日 閲覧。
^ 永竹由幸『オペラ名曲百科 上』(増補版)音楽之友社 、1989年、458-460頁。
外部リンク