タヌージャー(Tanuja、1943年9月23日[1] - )は、インドのヒンディー語映画で活動する女優。ヒンディー語映画界の名門ムカルジー=サマルト家(英語版)の出身で、カジョール、タニシャー・ムカルジー(英語版)の母でもある[2]。主に1960年代から1970年代にかけて活動し、『Paisa Ya Pyar』でフィルムフェア賞 助演女優賞(英語版)を受賞している。
生い立ち
映画監督クマールセーン・サマルト(英語版)と女優ショーバナ・サマルト(英語版)の娘として生まれた[3]。姉ヌータン(英語版)、祖母ラッタン・バーイー(英語版)、従姉ナリーニ・ジェイワント(英語版)はいずれも女優として活動していた[3]。タヌージャーが幼少のころに両親が離婚し、後にショーバナ・サマルトはモーティラールと再婚している。
1972年に出演した『Ek Bar Mooskura Do』で知り合ったショーム・ムカルジー(英語版)と交際を始めて1973年に結婚し[4]、2人の娘(カジョール、タニシャー・ムカルジー(英語版))を出産した[3]。夫ショーム・ムカルジーは2008年4月10日に死去している[4]。
キャリア
1950年に母ショーバナ・サマルトが監督を務める『Hamari Beti』に姉ヌータンと共に子役として出演したが、興行成績は芳しくなかった[5]。その後は海外に留学して英語・フランス語・ドイツ語を学び、帰国後の1960年には再び母が監督した『Chhabili』で姉ヌータンと共演した[5]。1961年は『Hamari Yaad Aayegi』に出演し、1966年に共演した『Baharen Phir Bhi Aayengi』で注目を集め、1967年に出演した『Jewel Thief』ではフィルムフェア賞 助演女優賞(英語版)にノミネートされた。1968年に『Izzat』でダルメンドラと共演し、1969年にはジーテンドラ(英語版)と共演した『Jeene Ki Raah』で興行的な成功を収め、『Paisa Ya Pyar』でフィルムフェア賞助演女優賞を受賞している[5]。
1960年代に入るとベンガル語映画にも活動の幅を広げ、『Deya Neya』ではウッタム・クマール(英語版)と共演した。その後は『Antony Firingee』『Rajkumari』などに出演し、『Teen Bhubaner Pare』『Pratham Kadam Phool』などでショウミットロ・チャテルジー(英語版)と共演している。タヌージャーはこれらの作品では吹替を用いず、自身がベンガル語で演技をしている。
その後は映画への出演を控えていたが、結婚後は助演キャストとして『Pyar Ki Kahani』『Khuddar』『Prem Rog』などに出演し、1986年にはスリランカ映画界(英語版)からの招待でヴィジャヤ・クマーラトゥンガ(英語版)主演の『Peralikarayo』に出演している[6]。その後も『Saathiya』『Rules: Pyaar Ka Superhit Formula』『Khakee』などに出演し、2008年には娘カジョールと彼女の夫アジャイ・デーヴガンと共に『Rock-N-Roll Family』の審査員を務めている。2013年にはニティーシュ・バラドワージ(英語版)のマラーティー語映画『Pitruroon』に出演している。
受賞歴
出典
外部リンク