現代の「シャルマネセル」という語形は聖書におけるヘブライ語形(שלמנאסר[5]、šlmnʾsr)から来ている[5][4]。このヘブライ語形にはそれ自体意味があり、元々のアッシリア語と同一ではない。ヘブライ語名の「シャルマネセル(Shalmaneser)」はshalem(全体をまとめる、完全にする)および'asar(括る、縛り付ける)から派生したものであり、実質的には「平和の鎖(peace in chains)」または「報酬の契約(covenant of recompense)」という類の意味を持つ[5]。
後の『アッシリア王名表』では、サルゴン2世はティグラト・ピレセル3世の息子(即ちシャルマネセル5世の弟)とされているが、この系譜はサルゴン2世自身の碑文には現れず、彼はアッシュル神によって呼び出され個人的に王に任命されたと述べている[31]。サルゴン2世がティグラト・ピレセル3世の息子であるという考えは相当注意深くではあるものの多くの現代の歴史学者に採用されているが[32]、サルゴン2世がシャルマネセル5世の後に来るべき正当な後継者であったとは考えられていない[33]。J・A・ブリンクマン(J. A. Brinkman)のような幾人かのアッシリア学者は少なくともサルゴン2世は直接王族に連なる系譜を持ってはいなかったと考えている[34]。サルゴン2世の孫エサルハドンの治世である前670年代にもなってから、「かつての王族の子孫」が王位を奪おうとしているかもしれないという言及が存在することは、サルゴン2世が打ち立てたサルゴン王朝がそれまでのアッシリアの君主たちと必ずしも十分な繋がりを持っていなかったことを示している[35]。バビロニア王名表はサルゴン2世と彼の後継者たちをティグラト・ピレセル3世とシャルマネセル5世とは別の王朝として分離している。即ち、ティグラト・ピレセル3世とシャルマネセル5世は「バルティル(Baltil)の王朝」として記録され、一方でサルゴン王朝の王たちは「ハニガルバト(Ḫanigalbat)の王朝」として記録されている。恐らくこの名称は「ハニガルバトの王」という称号の下で総督としてアッシリア帝国の西部地域を統治した中アッシリア時代の王家の支族とサルゴン王朝の王たちを結びつけたものである[36]。もしもサルゴン2世がシャルマネセル5世と関係を持っておらず、完全に王族でもない簒奪者であったならば、シャルマネセル5世の廃位と死はベール・バニ(英語版)の即位以来、ほぼ1,000年にわたってアッシリアを統治したアダシ王朝(英語版)の終わりを意味する[37]。
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