クラウディア・シファー(Claudia Schiffer, 1970年8月25日 - )はドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州ラインベルク (Rheinberg) 出身の女性ファッションモデル、女優である。
経歴
弁護士の父を持つ裕福な家庭に育った[2]。1987年10月、ドイツデュッセルドルフのナイトクラブでパリの有名モデルエージェンシーメトロポリタン (METROPOLITAN MODELS) のボスであるミッシェル・ラヴァトン (Michel Levaton) によってスカウトされた[3]。
パリに移ると、エージェントのアーリンによって直ぐにプロモートが開始された。雑誌ELLEをきっかけにその後、雑誌500冊以上の表紙を飾り一躍トップモデルとなる。また、すぐにシャネルのデザイナーカール・ラガーフェルド (Karl Lagerfeld) によってシャネルの新しい顔としても選ばれた。
そして、1990年代にはシンディ・クロフォード、クリスティー・ターリントン、リンダ・エヴァンジェリスタ、ステファニー・シーモア、ナオミ・キャンベルらと共にスーパーモデルとしてファッション界の一世を風靡した。日本でも当時、婦人服小売大手の三貴が展開する専門店ブティック・ジョイのCMキャラクターとして登場していた。
その甘くグラマラスでセクシーな容姿は「ドイツが産んだブリジット・バルドー」、「生きたバービー人形」とも言われ、スーパーモデルの中で最もパパラッチに囲まれていたとも言われている。長年のレブロンのイメージモデルとしても有名である。
現在でも様々なブランドと共に商品開発に携わったり、自身のDVDや本の出版もしている。また、モデル仲間のナオミ・キャンベル、ステファニー・シーモア、クリスティー・ターリントン、エル・マクファーソンと共にニューヨークでレストラン『Fashion cafe』を経営[4]をしたりと実業家の一面も見せている。
1997年は国際ユニセフ大使になり、2006年にはHIV/AIDSについてアメリカ合衆国のユニセフ大使としても活動をしている。
1999年まで5年間、世界的に有名なマジシャンのデビッド・カッパーフィールドと婚約していたが、2000年秋にガイ・リッチー作品『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』のプロデューサーであるマシュー・ヴォーンと出会い、2002年に結婚している[3]。2003年には息子カスパル・マシュー (Caspar Matthew) を出産。2004年には第2子で娘のクレメンタイン・ド・ヴィア・ドラムンド (Clementine de Vere Drummond) を出産している。2004年からは一家でイギリスのロンドンに住んでいる。2010年5月14日には第3子となる女の子を出産した[5]。結婚に合わせてサフォークのコールドハム・ホールを別荘として購入し、ここで結婚式を挙げたが、後にノッティング・ヒルの自宅を引き上げてサフォークへ完全移住している[6][7][8]。
2006年のFIFAワールドカップ大会開幕式典では、ブラジルの「サッカーの王」ペレと共に優勝トロフィーを持って登場した。
出演した映画作品
出典
- ^ IMDB
- ^ "Biography". Ask Men. Retrieved 19 June 2007.
- ^ a b "[1]". Vogue. Retrieved 6 March 2012.
- ^ "Claudia Schiffer: Biography". MSN. Retrieved 12 June 2007.
- ^ "Claudia Schiffer names new baby daughter", 25 May 2010, Hello Magazine
- ^ Wigham, Helen (2011年5月13日). “May 13”. ヴォーグ. 2018年6月22日閲覧。
- ^ “Jonathan Ross' wife Jane Goldman lets it all hang out as she leads revellers at Kick-Ass premiere party”. Daily Mail (London). (24 March 2010). http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-1259999/Kick-Ass-premiere-Brad-Pitt-joins-Jane-Goldman-party.html 21 January 2015閲覧。
- ^ “クラウディア・シファーが暮らす、イギリスの歴史ある邸宅。”. VOGUE JAPAN (2018年2月24日). 2018年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月22日閲覧。
外部リンク