エンリケ・ベラ・ロドリゲス(Enrique Vera Rodriguez、1948年10月21日 - )は、メキシコのプロレスラー。ハリスコ州グアダラハラ出身。
素顔の重量級リンピオとして活躍した[2]。実弟がザ・キラーことホセ・ルイス・ペレス・ロドリゲス(ルイス・ベラ)[3]、実の子にエル・イホ・デル・エンリケ・ベラ[4]。
来歴
地元グアダラハラのディアブロ・ベラスコのジムでトレーニングを積み、1968年2月24日に同地でデビュー。地元でオクシデンテ・ライトヘビー級王座を奪取(年代、相手不明)[2]した後、メキシコシティに進出[2]。
1972年6月18日、ラウル・マタ(英語版)を破りナショナル・ライトヘビー級王座を獲得[5]。1973年10月26日にはメキシコシティでアンヘル・ブランコからナショナル・ヘビー級王座を奪取した[6]。
1977年3月、新日本プロレスにベラ・ロドリゲスのリングネームで初来日し、『第4回ワールドリーグ戦』に出場[7]。坂口征二、吉田光雄、マスクド・スーパースター、ニコリ・ボルコフ、ロベルト・ソト、トニー・チャールズらと対戦したが、リーグ戦を棄権したジョニー・パワーズからの不戦勝以外は全敗の戦績に終わった[8]。
アメリカのNWA圏にも出場しており、1978年11月23日にはカリフォルニア州サクラメントにてロン・スターと組み、エド・ウィスコスキー&バディ・ローズからサンフランシスコ版のNWA世界タッグ王座を奪取している[9]。
1983年5月、エンリケ・ベラとして新日本プロレスに再来日。『IWGP決勝リーグ戦』に中南米代表でカネックと共に出場し、アントニオ猪木、アンドレ・ザ・ジャイアント、ハルク・ホーガン、ビッグ・ジョン・スタッド、キラー・カーン、ラッシャー木村、前田日明とも対戦したが、今回も勝ち星は負傷帰国したオットー・ワンツからの不戦勝のみで結果を残せなかった[2][10]。
その後、1983年10月23日にカネック&ドス・カラスとのトリプル・スレット・マッチを制しUWA世界ヘビー級王座を獲得[11]。同年にはUWA世界ジュニアヘビー級王座にも戴冠している[12]。
1985年5月には新日本プロレスに3度目の来日。シングルマッチではザ・コブラ、スーパー・ストロング・マシーン、ヒロ斎藤らと対戦し、若手時代の武藤敬司からは勝利を収めた[13]。その後はWWAにてWWA世界ライトヘビー級王座を獲得した[14]。
2010年12月23日に引退[1]。
得意技
獲得タイトル
- EMLL / CBLL
- ナショナル・ヘビー級王座:2回[6]
- ナショナル・ライトヘビー級王座:1回[5]
- NWA
- LLI
- WWA
- その他
脚注
外部リンク