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ウェイン・オデスニク Wayne Odesnik |
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ウェイン・オデスニク |
基本情報 |
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国籍 |
アメリカ合衆国 |
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出身地 |
南アフリカ共和国 ヨハネスブルク |
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生年月日 |
(1985-11-21) 1985年11月21日(39歳) |
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身長 |
180cm |
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体重 |
77kg |
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利き手 |
左 |
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バックハンド |
両手打ち |
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ツアー経歴 |
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デビュー年 |
2004年 |
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引退年 |
2015年 |
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ツアー通算 |
0勝 |
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シングルス |
0勝 |
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ダブルス |
0勝 |
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生涯通算成績 |
45勝61敗 |
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シングルス |
41勝58敗 |
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ダブルス |
4勝3敗 |
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生涯獲得賞金 |
$1,155,255 |
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4大大会最高成績・シングルス |
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全豪 |
2回戦(2010) |
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全仏 |
3回戦(2008) |
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全英 |
1回戦(2008・09・12・13) |
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全米 |
2回戦(2007・08) |
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4大大会最高成績・ダブルス |
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全米 |
1回戦(2009) |
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キャリア自己最高ランキング |
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シングルス |
77位(2009年4月13日) |
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ダブルス |
393位(2008年5月12日) |
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ウェイン・オデスニク(Wayne Odesnik, 1985年11月21日 - )はアメリカ合衆国の元男子プロテニス選手である。自己最高ランキングはシングルス77位。左利き。バックハンド・ストロークは両手打ち。
経歴
3歳のときに家族とともに南アフリカ共和国からアメリカに移民として渡米、7歳でテニスを始めた[1]。
2001年にプロとなり、2003年にジャマイカで開かれた大会で優勝した。2004年にはワイルドカードエントリーから全米オープンに出場を果たした。
2005年にはハワイで行われた大会で2週連続優勝した[2]。
2007年には当時世界ランク11位のイワン・リュビチッチ、2009年には同36位のイーゴリ・クニツィンを破った。
2009年にヒューストンで行われた全米男子クレーコート選手権で準優勝。決勝でレイトン・ヒューイットに敗れた。
2010年全豪オープンでヒト成長ホルモンの所持により当初2年間の出場停止処分を受けたが[3]、その後出場停止期間は短縮され、2011年1月にATPツアーに復帰した[4]。
2014年12月競技外のドーピング検査でアナボリックステロイドが検出された。2015年3月に歴代最長となる15年間の出場停止処分を受け現役引退を発表した[5]。
ATPツアー決勝進出結果
シングルス: 1回 (0勝1敗)
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サーフェス別タイトル
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ハード (0–0)
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クレー (0-1)
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芝 (0-0)
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カーペット (0-0)
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4大大会シングルス成績
- 略語の説明
W
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F
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SF
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QF
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#R
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RR
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Q#
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LQ
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A
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Z#
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PO
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G
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S
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B
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NMS
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P
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NH
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W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.
脚注
外部リンク